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御曹司なのに不採用!? ~冷徹女社長と始めるゼロからの恋と成長録~  作者: 優里


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御曹司、試用期間を設けられる







ここ数日、蓮は現場に顔を出し、

言われた仕事を黙々とこなした。


最初は社員から「お坊ちゃんが何を」と

冷ややかに見られていたが、

蓮は気にせずに作業に集中した。


資料の整理、配送の手伝い、取引先との簡単な対応。


小さなことだが、着実に積み上げていった。


「……星野さん、昨日の件、早く片づけてくれて助かりました」


「おお、ありがとう」


そう言ってくれる社員が少しずつ増えた。


今まで見たこともなかった視線が、蓮に向けられている。


(……これが、具体的な行動ってやつか)


心のなかで小さく呟きながら、

蓮は書類を抱えて優里のオフィスへ向かった。



ドアをノックすると、

机に向かっていた優里が顔を上げた。


その顔には深い疲れが刻まれていた。


目の下には薄い隈、唇の色もどこか悪い。


「例の資料まとめました。……って、なんだその顔」


「……え、なにがですか?」


無理に笑おうとするが、その笑顔はあまりにも弱々しい。


蓮は思わず眉をしかめる。


「また寝んのか? 昨日も途中で落ちたくせに」


小言のように言いながら資料を差し出した瞬間、

優里の体がふらりと揺れた。


「っ……ちょ、何してんだ」


次の瞬間、優里が蓮の肩に寄りかかってきた。


「お、おい! ふざけんなよ……俺をバカにしてんのか!?」


怒鳴るように言いながらも、蓮の体は熱を帯びていく。


肩に伝わる体温が、妙に意識を掻き立てた。


(……は? なんだこれ。俺、変な意味で意識してんのか?)


蓮は心臓の鼓動が早まるのを必死に抑えようとした。


しかし、すぐに違和感に気づく。


(……いや、違う。これは……俺じゃない)


そっと優里の額に手を当てる。


熱い。驚くほどの熱だ。


「おい……、熱出てんじゃねえか!」


蓮の声が思わず大きくなる。


「大丈夫です……ちょっと疲れてるだけだから」


「大丈夫なわけあるか! 顔真っ赤だぞ! ……バカかよ、無理しすぎだろ」


蓮の胸の奥に、怒りと同時に何か別の感情が湧き上がる。


優里はもう抵抗せず、彼の肩に体重を預けていた。


蓮は資料を机に置き、そっと彼女の体を支えた。


(バカにしてんじゃねえ……でも、放っておけるかよ)


その瞬間、蓮のなかで確かに何かが変わった。


ただ採用されたいという気持ちではなく、

彼女を守りたい、支えたいという思いが、

初めて芽生え始めていた。


蓮は優里の肩を抱き支えながら、オフィスを出ようとした。


「とにかく、病院に行こう。お前、無理すんなって……」


優里は弱々しく首を振る。


「……大丈夫、ちょっと休めば……」


「大丈夫なわけねえだろ! 顔真っ赤だぞ!」


蓮は声を荒げ、腕に力を入れた。


そのままタクシーを捕まえて連れて行こうとした瞬間、

会議室の扉が静かに開いた。


松本だった。


黒いスーツに身を包み、冷静な視線で二人を見下ろす。


「……蓮くん、それはちょっと早計じゃないか?」


松本は歩み寄り、優里の肩にそっと手を添える。


「優里を一番よく知ってるのは、俺だ。君が一方的に連れ出すのは良くない」


蓮は一瞬目を見開き、心臓が跳ねた。


(……な、なんだと? 何であいつが……)


松本の指先は柔らかく、優里の肩を支えている。


「……お、お前が……?」


悔しさが胸に押し寄せ、言葉が詰まった。


優里は少し戸惑いながらも、松本の腕に軽く身を預けた。


「……松本さん、ありがとうございます」


その瞬間、蓮の胸の奥で熱いものが渦巻いた。


(……くそっ……俺だって……! 俺だって優里を守りたいんだ!)


松本は蓮を冷ややかに見つめ、落ち着いた声で告げる。


「蓮くん、こういうときは感情より冷静さだ。焦って突っ走るな。優里のためにも」


蓮は拳を握りしめ、視線を逸らした。


怒りと悔しさ、焦燥と自己嫌悪が入り混じる。


(……勝手に感情で動いて、ただの自己満足だった……! 優里を苦しめていたのは俺だったのか……)


松本は優里をタクシーに乗せると、蓮に一瞥をくれた。


「行くぞ」


蓮は何も言えず、後ろから二人を見送る。


体の奥が熱く、心臓が痛い。


悔しさと、まだ見ぬ自分の弱さを痛感する瞬間だった。





病院の受付で、松本は少し手間取っていた。


書類の確認や保険証の手続きに手こずり、

優里を支えながらも少し焦りの色を見せる。


「……あれ、ここのフォーマットって、初めて見るタイプだな」


「松本さん、無理しなくていいですよ……」


優里の声は弱々しく、かすれていた。


顔色は青白く、肩を支えられながらも力なく座っている。


「だ、大丈夫だ。すぐに終わる」


松本は必死に手続きを進めるが、

明らかに普段の落ち着きが薄れていた。


そのとき、入口の自動ドアが開き、蓮が駆け込んできた。


「おい、何してんだ!」


「あ、星野蓮……!」

優里は一瞬目を見開いたが、すぐに弱々しく微笑む。


「…フルネーム呼びかよ!」


蓮はふてくされたようにほほを膨らませた。


「俺が……来るって、聞いてたのか?」


松本が軽く眉をひそめる。


「偶然です。晴人がここにいて、彼女のことを見かけたので、すぐに連絡をもらいました」


実はこの病院は、

星野グループが経営するグループの病院だった。


晴人は広報の仕事で滞在しており、

たまたま優里を目撃していたのだ。


優里の肩にそっと手を添え、蓮は松本に視線を向ける。


「……任せるぜ。けど俺も側にいる」


松本は蓮を一瞥し、静かに頷く。


「わかった。だが、手続きは任せろ」


優里は診察室へと案内され、蓮はその後ろについて歩く。


「大丈夫、優里……」


声をかける蓮の手は少し震えていた。


診察室のドアが閉まると、

蓮は優里のそばに腰掛け、手を握った。


「……昨日は本当にすまなかった。」


優里は微かに笑う。


「……気にしないでください。仕事ですから」


その言葉に、蓮の胸が熱くなる。


(……俺、こんなに大事に思われてたのか? いや、思ってたのは俺の方か……)


ほどなく看護師が入室し、診察の準備が始まった。


「蓮様、優里様は本日、優先的に診察を受けていただけます。蓮様のご権限で手配済みです」


蓮は少し照れくさそうにうなずいた。


(俺の権限か……少し役に立ったな)


医師が入室し、問診と検査が進む。


優里は少しずつ呼吸が落ち着いてきたが、

まだ熱で顔がほてっている。


「無理しちゃだめだよ、優里……」


蓮は声をかけながら、そっと肩に手を添える。


(……こんな笑顔を、守らなきゃいけないんだ……)


診察と処置は順調に進み、点滴を受ける優里に蓮は付き添い続けた。


「何か飲むか? 水でもジュースでも……」


優里は首を振る。


「……大丈夫です。星野さんがそばにいてくれるだけで」


その言葉に蓮は少し顔を赤らめる。


(……そばにいてくれだけでって……そんなの、反則だろ……)


診察が終わる頃、

優里は少しだけ目を閉じ、ベッドに身を預ける。


「疲れた……」


蓮は優しく背中を支え、肩に手を添えたまま見守る。


(……これまで俺、自己満足で動いてただけだった……でも、今は……今は本当に、優里のために動けてる……)


優里は軽く頭を上げ、蓮の方を見た。


「……ありがとうございます。今日、来てくれて」


蓮は無言で頷き、優里の手をぎゅっと握り返した。


その瞬間、二人の間に言葉以上の

信頼と絆が生まれたことを、蓮は確かに感じていた。


(……これからは、俺の全力で、優里を支える……)


点滴のチューブに手を添えたまま、

優里はベッドに身を預け、目を瞑っている。


呼吸は少し荒いが、落ち着きを取り戻していた。


蓮はそっとベッドサイドの椅子に腰掛け、

視線を優里に向ける。


「……寝てていいぞ。無理すんな」


声は低く、でも柔らかく。


優里は反応を示さず、目を閉じたままだ。


蓮はその無防備な姿に一瞬息を飲む。


(……こんなにも小さく、弱いんだな。俺が守らなきゃいけない存在だ……)


蓮はそっと優里の肩に手を添えながら、

心のなかで自分に言い聞かせる。


(俺が無理させてたのは昨日だけじゃない。あの子のスケジュールも知らずに、自分の自己満足で動いてた……)


ベッドに寄り添いながら、蓮は独り言のように話し始める。


「昨日は、ほんと……ごめんな。」


「……」


目を閉じたままの優里は反応しない。


だが、その静かな呼吸に安心感を覚える。


蓮は続ける。


「俺は……ちゃんと考えてなかったんだな。これまでは、自分のことしか見てなかった。けど、もう違う。俺は、優里を支えるためにここにいる」


優里は眠ったふりをしているのか、

本当に休んでいるのか、わからない。


だが、蓮は気にせず、心の内を吐き出す。


(俺の気持ちも、行動も……全部、伝えたい。伝わるまで、俺はあきらめない)


時折、優里の微かな寝息が耳に届く。


そのたびに蓮の胸は熱くなる。


(……この子を守ること、それが俺にとっての使命なんだな)


夜の静かな病室。


チューブの微かな音と優里の寝息だけが響く。


(……目を覚ますまで、俺はここにいる。絶対に守る)


優里の寝顔を見つめながら、蓮はつい口を開いた。


「……はぁ……」


普段なら絶対に声に出すことのないため息だった。


自分でも驚き、少し肩をすくめる。


「俺……こんなに頑張ってるつもりなのに、何も変わらなくて……バカみたいだな」


言葉が自然に口をついて出る。


優里が聞いていないと思うだけで、

抑えていた感情が一気に溢れてきた。


「周りからは何でもできるって思われてるし……父さんにも、期待されてる。でも、俺……ほんとは全然ダメなんだ」


蓮は握った手を見つめる。


震えてはいないつもりだったが、わずかに力が入っていない。


「遊んでばかりで、誰のためにも本気になれなかった。全部、自己満足だった……」


普段の自分なら、こんな弱音は絶対に吐けない。


誰かに心配されるのも、責められるのも怖かった。


だが、優里の寝顔を前にすると、不思議と口から出てしまう。


「……優里にだって、迷惑かけてる。昨日だって……ちゃんと見てなかった」


ぽろぽろと涙がこぼれそうになるのを、

蓮は慌てて手で押さえる。


「……俺、こんな情けない奴だったのか……」


でも、心のどこかで、

吐き出すことで少し楽になった気がする。


(……この子の前なら、俺も素直になれるんだ……)


深く息をつき、蓮は小さくつぶやいた。


「……でも、これからは変わる。俺は、優里のために、ちゃんと動く……絶対に」


夜の病室は静かだ。


点滴の機械の微かな音だけが響き、

蓮の心臓の高鳴りが耳に届く。


寝ている優里に向かって、蓮は自分の決意を密かに誓った。


(安心して過ごせるように……俺が絶対に守る)


そう心のなかで誓った瞬間、蓮はふと視線を上げた。


すると、ベッドの上で微かに目が開いている優里と目が合った。


「……え?」


蓮は思わず声を出してしまう。


「いつから……聞いてたんだ?」


優里は眠そうな目を細め、かすかに微笑む。


「寝てていいぞ。無理すんな。あたり…からかな……?」


声は昨日のあの鋭さではなく、柔らかく、優しい。


蓮は心臓が跳ね上がる。


(……な、なんだこの声……! こんな優しいのか……!)


普段の冷徹でキリッとした優里しか知らなかった蓮には、

想像もしていなかったギャップだった。


「ちょ、ちょっと……目開けてたのかよ!」


焦りと動揺が混ざった声で告げる。


優里は小さく肩をすくめ、目を半分閉じながら言う。


「……星野さんこそ、昨日も、今日も、ちゃんと休んでほしいです」


蓮は胸の奥が熱くなるのを感じた。


(……これが、ギャップ萌えってやつか? 頭では理解できないけど……心臓がバカみたいに高鳴ってる……)


言葉を出そうとしても、蓮は一瞬黙ってしまう。


普段なら威勢よく話す俺が、

今はただ、目の前の優しい声と柔らかな笑顔に釘付けになっていた。


優里の微かな寝息まじりの声が、蓮の緊張と動揺を和らげる。


(……俺、守るって……言ったばかりなのに……)


蓮は心のなかで自分に突っ込みながらも、

自然と手を優里のベッドの横で握りしめた。


優里はその手を見て、再び微笑む。


「……そのままでいいですよ。今は休んでください」


蓮は内心、もどかしさと喜びが交錯する。


(……この子のために……俺は、絶対に本気にならなきゃ……!)


優里は再び眠りについてしまった。


その様子はまるで眠り姫のよう。


優里の寝顔を横目に見ながら、蓮は深く息をついた。


(もう、ただ情熱を叫ぶだけじゃダメなんだ……)


これまで父や周囲の期待に応えてきた自分は、

言葉だけで何も変わらなかった。


肩書きや財力で解決できると信じていたが、

優里はそんなものには動かされなかった。


「……俺がやるべきことは、行動で示すことだ」


言葉にせずとも、体が勝手に熱を帯びる。


ふと窓の外を見る。


夜明け前の空がうっすらと明るくなっている。


(よし……今日からだ。やるしかない)


蓮はそっと優里の肩に手を置いた。


「……俺が本気になったら、必ず見てくれ。誰よりも、優里のために……」


その瞬間、蓮のなかで何かが変わった気がした。


弱音を吐き、心をさらけ出したことで、

行動する決意がより鮮明になった。


(これまでの俺じゃない。俺は……俺自身として、ここで戦う)


ベッドを離れ、窓の外を見つめる蓮の背中は、

昨日までの自信過剰で無邪気な御曹司ではなく、

初めて本気で挑む青年の覚悟に満ちていた。




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