第37話/心の折れる音
メローネアクアンの蜜袋を集めた翌日。
今日はメロンソーダの味の調整をするらしい。
いろいろな花の蜜や果物の果実だけでなく虫の体液まであって困惑する。
「これ、虫の体液って何に使うんですか?」
「これかい? いい色だろう。果実だけで着色しようとすると値が張ってしまうからね、こういうものも使って節約してるんだ。まあ正体を知ったら多少嫌な気分にはなるだろうけど、味にもほとんど影響なく綺麗な色に染めるにはこれしかなくて……」
ファミレスで売っていたメロンソーダはかなり高いと思っていたが、それでも節約を考えて作られているらしい。
「まあ、いちごみるくの赤色も虫を使って染めてるらしいですしね、仕方ないですよ」
「あはは、懐かしいな。ちなみにうちのいちごみるくは花の蜜で染めてるんだよ。この世界では甘いいちごが高価すぎてちょっと飲み物には使えないからね」
「ああ、確かにパフェに乗ってたけど結構酸っぱかったですもんね」
グリムが食べていたいちごパフェを少しもらったが、値段の割にいちごが酸っぱくて驚いたのを覚えている。
と言っても、この世界に来てからユーツが食べてきたいちごは皆酸っぱくて、練乳を掛けて食べるのが一般的だった。
「だろう? とりあえず練乳をかけてなんとかごまかしてはいるが、あれもどうにかしたいんだよねぇ」
「品種改良が上手くいくのを祈るしかねぇよ」
「そうなんだよねぇ。異世界で食べ物を再現するのって、本当に手間がかかって難しいんだよ」
勇者様は困ったようにため息をつきながら空中から取り出したメローネアクアンの蜜袋にナイフで切れ目を入れ、中身をそっと大きな瓶に移す。
「とりあえず一回そのまま飲んでみてもらおうかな」
またしても空中から取り出したお玉で蜜水を掬い、コップに注いで手渡される。
「炭酸水だ!……味はほとんどしないけど、何か甘い香りがするような……」
「そうそう、だからうちの炭酸水は皆これをベースに作られてるんだ。ここにコアクの果汁とカリツゥナの果汁を少々、タッタイの果汁を隠し味に入れるとかなり黄色になっちゃうから、最後にさっきの虫の青い体液を数滴注いで……うん。メロンソーダの出来上がり!」
「おお〜……」
「まあこの世界にはメロンなんて果物はないし、自己満足なんだけどね。それでもこれが出来たときは感激したよ」
新しく取り出したコップに作ったメロンソーダを手渡され、ユーツは不思議そうに匂いを嗅ぐ。
ごくりと一口飲むとファミレスで飲んだときよりも炭酸が強くて感動する。
「やっぱり出来立ては違いますね! 個人的にはもう少しメロンシロップ濃いめのが好きですけど」
「そう、僕もそこをどうにかしたいんだよね。だからそれをベースにどうにかして濃いめになるよう試行錯誤してるんだけど、どうしても今のバランスを崩すとメロンじゃなくなっちゃうんだよね」
「あたしには言ってることがいまいちわかんねぇし、もうこれで良くね?」
めんどくさそうにメロンソーダを見つめるイグニカに、二人はやれやれと肩をすくめる。
「より本物に、より美味しく。これがユウシャ・コーポレーション食品開発部門のモットーだよ」
「そのホンモノがお前にしかわかんねぇんだから難しいんだよ!」
イグニカは呆れたように机を叩きつつも、メロンソーダと表紙に書かれた分厚い帳面を取り出す。
「メロンソーダひとつに一体どれだけこだわるんだよ。もう三年だぞ」
「え!? 三年!?」
「そーだよ、こいつはこだわりだすとキリがねぇからな。コーラだって完成まで二年はかかったんじゃねぇか? そっちは最近ようやく完成したってのに、メロンソーダはまだまだ違うって言うんだから付き合いきれねぇよな」
「そうは言いつつもイグニカは付き合ってくれるじゃないか」
「お前に自由にさせてると毎日メロンソーダに集中しやがるからだよ! ジンジャーエールとか言うのも作りてぇんだろ?」
「そうなんだよねぇ。生姜の辛さとあの喉越し……。パラライズフラッグとかの麻痺毒にヒントがありそうなんだけどなぁ」
「パラライズフラッグの麻痺毒って飲んでいいんですか!?」
飲料の話のはずなのについ最近倒したばかりのモンスターの名前が出てきて、ユーツは驚きながら虫の体液が入ったビーカーのラベルを確認しだす。
「コーラにはスラッジスパイダーのヘドロ毒を限界まで薄めたものが入ってるよ」
「なんっ、え、そ、いや、なんでそんなものを入れようと思ったんですか!? ていうかなんで味を知ってたんですか!?」
「若いねぇ。そんなことを気にしてたら食品再現なんて出来ないよ。気になったものはなんだって味見してみないと、何が合うか分からないだろ?」
「こいつ芋虫の体液とかも平気で啜りやがるからな。元の世界が恋しすぎてイカレてんだよ」
ギャハハ! と笑うイグニカにバンバンと背中を叩かれながら、勇者様が恥ずかしそうに微笑む。
勇者様は話しやすいし、仕事もそんなに難しくない。しかもユーツの家族であるイグニカもいる。
ここでならばもしかしたら上手くやっていけるのでは、と思い始めていたユーツの心がポキリと折れる。
「ま、ここで働くっつーならユーツもいずれ同じ感じになるだろ」
「一緒にメロンソーダを完成させよう、ユーツくん!!」
よく見たら勇者様の瞳孔が開きまくっていることに気付き、ユーツの脚が無意識に震え始める。
「グリーンアントとかグリーンキャタピラーの体液って緑色だし、薄めたらメロンソーダに合いそうじゃない?」
「や、辞めます……」
「そ、そんなぁあ〜……」
震えながら突然辞退を呟いた弟に、イグニカは大声で笑い転げた。




