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第36話/勇者様のチートスキル

「おはようございます!!」

「おはよう」

「おう、おはよ」

 ユーツの職業体験三日目、元勇者の商品開発部。

 緊張しながら扉を開けたユーツを、勇者様とイグニカがのんびりお茶を飲みながら出迎える。


「今日は昨日説明した通り、メロンソーダの材料を狩りに行くんだけど、装備はそれで大丈夫?」

「はい! 言われた通りにいつも探索してる装備で来たんですけど、メロンって畑とかで育てるんじゃないんですか? あ、もしかして道中が危険だとか、そういう……?」

「畑……?」

 一瞬ぽかんとした後で、勇者様はようやくユーツの勘違いに気付く。


「あはは、実はうちのメロンソーダはメロンから作ってるわけじゃないんだ」

「そもそもメロンって略語だぞ。お前メローネアクアンも知らねぇのか」

「め、メローネアクアン?」

「獣人領の水が綺麗なところに住んでる希少なモンスターだよ。首の周りにブドウみたいな形の袋がいっぱい付いているんだけど、水分をそこに溜めてしっかり熟成したらその袋を切り離して保存しておく習慣があるんだ。その中にはフルーティーな炭酸水がたくさん入っていて、それにいろんな果実や甘味を加えたりしてメロンソーダやコーラを作ってるんだ」


「へぇ、そんなモンスターが……。だから炭酸のジュースってファミレスでしか売ってないんですね」

「そうそう。たくさん摂りすぎてもメローネアクアンが困っちゃうからね。獣人領と共同でメローネアクアンの保護や養殖も挑戦してみてるんだけど、どうも清らかな天然の湧き水じゃないと美味しい炭酸水にならないらしくて、あまり上手くいってないんだ」

 ファミレスという名前がついている割にユーツ達の稼ぎではメロンソーダ一杯ですら頼むのを躊躇するような値段だったのだが、どうやら高額な商品にはそれなりの理由があるらしい。


「ていうか、一応遠征用の荷物も持ってはきましたけど、ここから獣人領までどのくらいかかるんですか? あんまりかかるとイオス達に心配させちゃうかもしれないんで……」

 希少なモンスターを狩りに行くとなれば守秘義務みたいなものがあるのだろうかと緊張しているユーツに、勇者様が驚いたように瞬きする。

「僕のスキルで現地までファストトラベルが出来るから、夕方には帰って来れると思うよ」

「ファストトラベル!? とんでもないチートスキルじゃないですか!!」

 すごいすごいと大騒ぎするユーツに、勇者様が小声で話しかける。


「……ちなみに君のチートスキルって聞いてもいい?」

「……あ、ありません……。家族に恵まれたのと、魔力が人よりもそこそこ高いくらいですね……」

「か、家族……? ああ、でも確かにそれも普通にすごいことだよね」

「そうなんですよね。勇者様のおかげでこの世界も平和だし、チートもらってまで僕がやらなきゃいけないことなんてないですし」

「あはは、頑張った甲斐があるよ」

 チートスキルが羨ましくないといえば嘘になる。けれどいくらチートスキルをもらったところで、勇者として仲間を集めて魔王を倒すなど、人見知りのユーツには不可能に近い。

 この世界の主人公が自分じゃなくて良かったと思いながら、ユーツは改めて心の中で感謝した。

 勇者様がいたおかげで、自分はときに太い実家に甘えつつスローライフのような気ままな探索者生活が出来るのだ。


「コソコソコソコソ、随分と仲良くなったじゃねぇか」

「まあね。ユーツくん最初はちょっと怖い子なのかなって思ったけど、結構話しやすいね」

「あたしに似てる弟が怖いわけねーだろ」

「いやあ、本当にそっくりだったから怖いのかなって……」

「なんだって?」

「ヒッ! な、なんでもないよ!」

 長く伸ばした髪の間から見える片目でギラリと睨みつけ、イグニカが舌打ちする。

 顔は母とそっくりなのに、あまりにも性格が違いすぎる。母の澱んだ泥のような三白眼ともまた違う、燻る炎のような過激さを秘めた三白眼。

 同じ三白眼なのにここまで味わいが違うとは、やはり奥が深い。今更ながらユーツは自らのギザ歯三白眼がますます好きになった。


「遅くなってもなんだし、準備が出来たなら行こうか」

 からかい半分でつっかかってくるイグニカを宥めながら、勇者様が二人に手を差し出す。

「僕に触れてないと一緒に飛べないから、念のため手を繋いでね」

「おうよ」

「よ、よろしくお願いします!」

 不安になってぎゅっと勇者様の手を握ると、しっかりと握り返してくれた。


「ファストトラベル」

 勇者様がスキルを唱えたと同時に体が浮いたと思ったら次の瞬間には目の前がジャングルになっていて、ユーツはぽかんと口を開けた。

「ほ、本当にファストトラベルした……」

「あはは、初見だと結構びっくりするよね。それじゃあメローネアクアンの群れの縄張りに向かうから、なるべく大きな音は立てないようにね」

「はい……!」

 しぃ、と口元に人差し指を当てた勇者様にこくりと頷きを返し、ユーツは慎重に二人の後をついて行った。


 少し歩くと森の中に恐竜のように巨大で首の長い、のっそりとしたモンスターの群れが現れる。

 葉っぱを食んでいる新緑のような色をした巨大な体をよく見ると、その喉元には黄色い袋が複数個ぶら下がっている。勇者様がその中で首元の袋が枯葉色のようになっている個体を指差す。

 何かあるのかと息を殺して観察していると、その個体はのそのそと群れの隅に行き、器用に前足で土を掘り返しだした。

 そしてある程度穴が大きくなったところで体を屈めると、ぶるぶると首を振って枯葉色の袋を中に落とした。

 その後は袋を潰さないように前足で軽く土と葉っぱを掛け、また群れの中に戻って行った。


「とまあ、メローネアクアンはこんな感じで首周りの蜜袋を埋めて追熟させてるんだ」

「それをあたし達が少しだけ頂いていくって寸法よ」


 足音を立てないように穴に近付いて土や葉っぱを避けながら、勇者様が蜜袋に手を伸ばす。

「でも、こんな大きいものどうやって持って帰るんですか?」

 ユーツが言い終わるか終わらないかの辺りで突然蜜袋がポツポツと消え始め、またポカンと口を開ける。

「あ、びっくりしたかな? マジックボックスって言って……」

「ああ〜……、チートスキル……」

「そうそう」

 あはは、と笑いながら半分ほどマジックボックスに蜜袋を収納すると、勇者様は土や葉っぱを戻して穴を埋め直す。

「こうやって埋めに来たやつを半分くらい頂いて帰るのが今日の仕事だよ」

「あいつらすぐうろうろしやがるからな。手分けして観察するぞ」

「な、なるほど。頑張ります……!」


 その日は日が暮れるまで三人でメローネアクアンを観察し、ひたすら蜜袋を集め続けた。

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