第35話/異世界転移者と異世界転生者
「やあ、こんにちは。職場見学だっけ? 大変だね。僕は元勇者のチュート・リアルです」
にこにこと笑う眼鏡のおじさんこと元勇者様。異世界転移をしてきた元青年であり、魔王を倒して和平を築いた偉人だ。その上、マヨネーズだけでなくメロンソーダまで作り出してくれた。
ファミレスのおかげでかなり尊敬度が上がり、憧れの表情で勇者を見つめているユーツに咳払いをして、エリオットは黒髪の女性へと視線を向ける。
「ユウシャ・コーポレーションの商品開発のほとんどは彼が行なっている。そしてその向かいにいるのが助手を務める我が妹、ユーツの姉のイグニカだ」
「どーも、イグニカ・ヴァレンタインでーす。あっはは、本当にユーツ来てんじゃん。ようやく就職する気になったのか? ん?」
「……げっ、いや、やっぱり今はまだ探索者がいいかなって思ってるかな……」
「ふーん、まあアンタは魔法が得意だしね。いいんじゃない?」
「え!?」
イグニカは見た目こそ母にそっくりだが、片方だけ出している目はいつでも炎が宿っているようにギラついている。一度怒ると手が付けられず、小さい頃のユーツは何度も泣かされていた。
未だにユーツの中では烈火の如く怒鳴り散らしては髪の毛を掴んでくる彼女が脳裏に焼きついて離れないが、今日はどうにも様子がおかしい。
かなり丸くなったと言える彼女の態度に慌ててエリオットに視線を向けると、小声で囁かれる。
「勇者様はかなり我慢強くて温厚な方でね。一緒にいると誰でもこうなるんだ」
「え、すごい……」
ますます感動して尊敬の眼差しで勇者様を見つめるユーツをよそに、イグニカはイオスを指差す。
「で、そっちの彼女は? まさかユーツの彼女ってことはないよな?」
突然の言葉とニヤニヤした表情にユーツが固まるが、エリオットがため息をつきながら眼鏡をカチャリと持ち上げる。
「からかうのはやめてやれ。こちらはイオス・アイオライト嬢。ユーツの仲間だ。むしろギルバートの彼女……だったりするのか?」
「はぁ? あのギルバートの!?」
突然二人に距離を詰められて困惑したものの、イオスは慌てて首を横に振る。
「そのような事実はない。私はただのユーツのパーティーメンバーだ」
「ンだよ。変な勘違いしてんなよな、エリオット」
「いや、確かにギルバートの方は好意を持っていると思うんだが……」
「おいおいおい、マジかよ!!」
ギャハハハハ!! と大きな笑い声を上げるイグニカと、困ったようにオロオロするイオス。勝手に確信しているエリオット。
盛り上がる三人をよそに、ユーツは小声で勇者様に話しかけた。
「あの、勇者様って異世界転移者なんですよね? 僕は異世界転生してきたんですけど、出身って日本だったりします……?」
ユーツ自身が異世界転生者であることは、母と父しか知らない。
初めて他人に打ち明ける行為にはかなり勇気が必要だったが、おそらくこの人は大丈夫に違いない。
そう信じて打ち明けたユーツに、勇者様の瞳が輝きだす。
「え? もしかして君も日本から? えーっと、漫画って読んでた? 狩人×狩人って漫画知ってるかな、あれって完結した?」
「読んでました読んでました! あれ本当に面白いですよね。でも残念ながら僕が死んだときはまだ完結してなかったんですよね……」
「うわぁ……。やっぱ狩人って完結しないのかな……」
「いや、僕はいつか完結させてくれると信じてますよ。最後まで見届けられなかったのは悔しいですけど……」
「そうだといいなぁ。……あ、いきなり漫画の話しちゃってごめんね!」
丸っこい眼鏡をカチャカチャと直しながら、勇者様が恥ずかしそうに頭を掻く。
「本当は君が異世界転生者だってのはレメディオルから聞いてたんだけど、皆には内緒らしいし、どうやって話しかけたらいいか分からなかったから助かったよ。しかも同じ日本出身だとは思わなかったからつい嬉しくなっちゃって」
「あはは、分かります。しかも僕と同じでおたくっぽくて結構安心しました」
「……あー、だとしたら僕って結構君の邪魔しちゃってるかな。前世の知識で商売して生活って結構定番だから、やりたかったよね?」
「いえ、全然いいんです。おかげで生まれたときから食卓にマヨネーズとかありましたからね、むしろ感謝してますよ。僕だけだったら絶対メロンソーダまで辿り着けませんからね」
「あ、最近の商品なんだけどもう飲んでくれたんだ? ありがとう! でもまだちょっと駄菓子屋のメロンソーダっぽいよね」
「まあ若干そっち寄りですよね。でも十分美味しかったですよ!」
「あはは、ありがとう。まだまだ開発途中だから期待してて」
わぁ、と感動したように瞳を輝かせたユーツは、その場がいつの間にか静かになっていたことに気付く。
「……はーっ、あのユーツがこんなに人と楽しそうに喋れるとはね。お前もあたし達と一緒に商品開発するか?」
「ああ、それはいいかもね。ユーツ君の意見は僕の助けにもなりそうだし」
「え、あ、その、それは……ありがたいんですけど。でも、僕じゃ味見しか出来そうにないし……」
「僕だってあまり料理はできないよ。僕がこういう感じって伝えたものを形にしてくれてるのはイグニカだから」
「おうよ。意見が増えればあたしもイメージしやすくなって仕事が捗るってもんよ」
突然降って湧いたチャンスに、ユーツはかなり焦っていた。
勇者様はいい人だし、異世界人が前世の知識で商品開発は定番だ。一人では出来なかったことでも、ここでなら成し遂げられるかもしれない。
「不安なら、試しに少しの間だけ働いてみないかい?」
へにゃりと笑う勇者様の笑顔は頼りなくて、親近感が湧く。
「……お試しでも、いいのなら……」
散々職業体験を嫌がっていたはずのユーツがこくりと頷いたのを見て、三人は目を丸くした。
「やっぱり勇者様って人たらしだわ……」




