表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/44

第34話/目標を真ん中に入れて焼き印

「昨日はお疲れ様。さて今日は工房見学に行こう」

「帰りたい……」

「よろしくお願いします」

 たった数時間。されど数時間。

 転生前の学生時代ぶりに接客販売の仕事をしたユーツは、文字通り死にそうになっていた。

 ピシリと背筋を伸ばしたエリオットとイオスについていきながら、どこか逃げられる道はないかと視線を巡らせる。

 しかしここで逃げられるほど神経が図太ければ、仕事一つでここまで苦しんだりはしない。

 限界が来ても言い出せず、体が壊れるまで頑張って頑張って、それでも何も言えぬまま足手纏いとして見捨てられていく。

 またあの挫折を味わうのか……と暗くなっているユーツに、エリオットがため息をつく。


「一応言っておくが、僕も父もユーツを無理矢理就職させようとしているわけじゃない。いろいろ見繕ってはみるが、どれも合わないと思ったのなら探索者に戻ったっていい」

「え?」

「誤解するな。父やギルバートは楽天的で天才肌だが、僕はそうじゃない。たまたま数学が好きだったから努力して今の地位にしがみついているだけだ。そのお前にとっての「好き」は魔法なんだろ? だから無理は言わない。気軽に体験だけしていってくれ」

「エリオット兄さん……」

(昨日は無理矢理僕をたい焼き屋に放り込んだのに……?)


 安心すればいいのか警戒すればいいのか分からず、ユーツは複雑な表情でエリオットの方を見つめる。

 いつでも笑顔のギルバートとは違い、エリオットはいつも真顔で表情が読めない。

 けれどユーツは無表情の理由を知っていた。

 ユーツが恐る恐るニチャリと笑顔を浮かべると、エリオットもニチャリと笑顔を返してくる。

 そう、エリオットは父似でもあり母似でもあるのだ。

 驚くイオスの顔を見るとすぐにスッと無表情になり、エリオットの頬がじわじわと赤く染まる。

 ギルバートは隙のないイケメンだが、なぜか同じ顔であるはずのエリオットは完全に笑顔が終わっていた。

 親近感を得て少し落ち着いたユーツは、ふうとため息をついて肩の力を抜く。


「兄さんの笑顔、僕は好きだよ」

「そんなことを言うのは家族だけだ」

 カチャリとメガネの位置を直し、エリオットはスタスタと歩き出す。

「そんなことないよ。人によっては見慣れるみたいだし。ね、イオス」

「そうだな」

 なんでもないことのように頷き合う二人を見て、エリオットは意外そうに腕を組む。

「母からの手紙を読んだときは半信半疑だったが、本当にお前にも心を許せる仲間が出来たんだな」

「まあ、ね」

 ニチャニチャと照れくさそうに笑うユーツに釣られて、エリオットもニチャリと微笑む。


「やはり今は無理をしてまでうちで仕事を探す必要はないな。探索者を引退したくなったらまた来るといい」

「え? でも父さんとかギルバートが……」

「父さん達も本当は分かっているはずだよ。それでも万が一があるかもしれないと思ってしまうのは、お前のことが大事だからだ。僕だってできればここで何か出来る仕事を見つけて欲しいとは思ってるよ」

「……ごめん」

「気にするな。母さんを見てれば分かる。無理なものは無理なんだ」

 ユーツ達の母・ヴィオレッタは息子であるユーツの目から見ても生粋の引きこもりであった。

 過去に何度か愛する父のいる王都への移住を決意したこともあったらしいが、結局母は今でもヴィオランティアを出ていない。

 そう考えれば自分は頑張っている方だなと、ユーツは少しだけ自信を取り戻した。


「しかしまあ、せっかく来たのだから職業体験はしてもらおう。帰りには粗品もあるぞ」

「ええええ……」


 そこから先は地獄だった。


 どら焼きの皮に餡子を乗せたものをイオスから受け取り、ユーツがどら焼きの皮を被せて隣の人に渡す。

 油に投入されたドーナツをイオスが掬い上げ、ユーツが粉砂糖をふりかけて隣の人に渡す。

 アンパンに胡麻を振りかけ、チーズケーキに焼印を押し、カステラにも焼印を押し、どら焼きにも焼印を押して押して押しまくった。


「お疲れ様。案外上手くできたみたいだな」

「…………」

 どれもそこまで難しい作業ではなかったが、興味のないことには全く集中できないユーツにとってはまさに地獄のような時間であった。

 大量にもらったどら焼き達を嬉々としてマジックバッグに詰め込むイオスが信じられず、ユーツはぐったりと座り込んだ。


「やはり単純作業は辛そうだな。次は商品開発部でも見学しに行くか」

「いやいや、もう少し手加減してもらえない!? もう今日は無理だから!!」

「終わったらご褒美にファミレスに連れていってやろう。もちろん僕の奢りだ」

「最後までついて行きます!! お兄様!!」

 ファミレス、奢りと聞いて急にやる気を出したユーツに、イオスが呆れた顔をする。

「少しは遠慮した方がいい。あそこはそうそう気軽に行っていい店ではない」

「構わない。どうせこれが終わったらまたどこかへ行ってしまうんだろう? しかしここでファミレスの味を覚えさせておけば、また帰ってくるかもしれないしな」

「うっ……」

 

 就職する気がない以上、父の屋敷に留まり続けるのは気まずい。

 早々に退散しようと候補地を考えていたものの、ファミレスの存在がユーツの後ろ髪を引いていた。

 まだ一般流通はしていないがカレーやシチューの類は粉状の簡易ルーが存在すると知った。しかし炭酸飲料だけはまだ量産も保存もできず、ファミレスで飲むしかない。

 前世のそれなりに長い時間を共に生きてきた炭酸飲料。

 久しぶりに飲んだら体が驚いて咳き込んでしまったが、それでもあのシュワシュワした爽快感のある飲み心地は唯一無二だった。

 自分にも出来る仕事があればいずれ就職するのも悪くないかもしれない、などと思ってしまうくらいには。

 思った以上に兄に見抜かれているのが悔しくて、ぐぬぬと唸りながらもユーツは大人しくエリオットの後をついて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ