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第32話/ファミリーレストラン

「すっっげええええええ!!! 炭酸だああああああ!!!!」

 ゲホッ、ゴホッ、と時折咳き込みながらもシュワシュワした緑色の飲料をがぶ飲みするユーツに、全員が引いていた。


「随分と気に入ったようだが、もう少しゆっくり飲みたまえ」

「かっ、カレーライス!? え、王都はお米が紫色じゃないの!?」


 王都に到着し、せっかくだからとギルバートが案内してくれた高級食堂、その名も「ファミリーレストラン」、略して「ファミレス」。

 名前を聞いた時点でユーツが予想した通り、異世界転移者である勇者発案の元で作られたこだわりの空間だった。

 壁には造花や絵画が飾られており、転生前に聞いたことがあるような懐メロに似たオルゴール調の音楽がさりげなく流れている。

 メニューは厚紙に簡単なイラストや説明と共に載っており、あまりの懐かしさにユーツの目元が潤む。


「勇者様ってほんとすごい! 勇者様大好き!!」

「ははは、ここは彼の肝いりの店だからね。彼が聞いたらきっと喜ぶだろう」


 メニューの値段を見て固まるイオスに、ギルバートがにこやかに微笑む。

「今回は私の奢りだ。値段は気にせず好きなものを頼むと良い。これでも私はそれなりに高給取りだからね」

「じゃあ僕はポークカレーとチョコレートパフェ!! あとコーラ!!」

「グリムはオムライスといちごパフェと、えーっと、いちごミルクと、ホットケーキ?」

「ははは……、よく食べるね。さあ、イオス嬢も遠慮せずに好きなものを頼みたまえ」

 本当に遠慮なく好きなものを選ぶ二人にギルバートは若干頬を引き攣らせるが、それでも笑顔は崩さない。


「しかし……」

「どうしても気になるようだったら、後日で構わないから私的な外出に付き合ってくれないかい? 以前から気になっていた雰囲気のいい酒場があるんだが、どうにも一人では行きづらくてね」

「行く行くー! お兄様大好き!」

「ははは……、落ち着きたまえ」

 完全にテンションがおかしくなったユーツに抱き付かれ、ギルバートは苦笑いしながら背中をぽんぽんと叩く。


「個人的なおすすめとしては、ビーフシチューだな。赤ワインでじっくりと煮込まれた肉は口の中に入れると柔らかく解けるのだ。一緒に柔らかいパンが付いてくるのだが、それにシチューを付けて食べるとよく味が染みて美味しいんだ」

「……では、それをいただこう」

「やば、ビーフシチューもいいかも。でもやっぱりポークカレーかなーー」

 ストローに息を吹き込んでメロンソーダをぶくぶくとさせながら、ユーツは必死に頭を悩ませる。

「ふふ、まるで小さな頃に戻ったようだな。早く決めねば注文してしまうぞ」

「うーーーん、やっぱポークカレー!!」

 もはや完全におかしくなってしまった弟を微笑ましく見守りながら、ギルバートは軽く手を上げて注文する。


 その後もユーツは全員分のメニューを一口もらい、何度も涙をこぼした。

「こんなに喜んでくれるのならば、もっと早めに王都に呼ぶべきだったな」

 そこまでユーツが食べ物に興味があるとは思っていなかったので、ギルバートは意外な反応に少し戸惑っていた。

 以前から勇者発案の調味料やお菓子を好んでいたものの、お祭りや工房見学などに誘っても一度も頷いてくれたことはなかった。

 それなのにこの食いつきようときたら、父や母が知ったら驚くに違いない。

 この店に関しては敷居が高くほとんど利用したことはなかったし、今回はダンジョン踏破記念も兼ねてたまたま足を運んだだけなのだが。こんなにも幸せそうに食事をする弟を見たのは初めてで、ギルバートは心の底から彼らを連れてきて良かったと笑顔を浮かべた。


「まあ、こんな店があるって知ってたら来たかもね。ちょっと気軽には来れない価格帯なのが残念だけど……」

「王都でも指折りの高級店だからね。たしか屋台村の方に勇者様の関わる屋台も出ているはずだから、そちらなら比較的手に取りやすい価格の商品もあるだろう」

「え、どんな商品を出してるの!?」

「確かクレープとか、魚の形をしたパンケーキのようなものだったかな? 結構手広くやっていてね。興味があるなら明日にでも見に行こうか」

「す、すごい!! 勇者様って天才かも……!!」


「ははっ、ユーツは勇者様と味覚も近そうだし、食品関連の仕事に向いているかもしれないね」

 ギルバートがそう返すと幸せそうだった笑顔が一瞬で引っ込み、ユーツがいつものどんよりとした表情で目を伏せる。

「……いや、僕料理とかあんまり出来ないから」

「そうなのかい? よく母のお手伝いをしていたし、練習すれば出来るようになるかもしれないよ」

「そこまで卑下することはない。ユーツはそこそこ料理ができる」

「ユーツも鍋作れるよ!」

「そのレベルなら誰でも出来るって……」


 正直に言えばユーツは料理にそこまで興味もないし、苦手ではないが得意でもない。

 それよりも料理に関わるとなると好き嫌いが多いことの方が致命的になってくる可能性が高い。

 無理な理由ばかりを探していては何も出来ない。

 前世で何度も言われた言葉が頭をよぎるが、上手くいかないと分かっているのに無理をして頑張っても後が続かないのだ。

 体に支障が出る限界まで頑張って、限界が来たら終わり。

 そしてまた初めから。

 何度も何度も味わってきた挫折と心が折れる感覚は、生まれ変わった程度で消えることはない。


 先ほどとは打って変わって無言になってしまった弟にどう言葉をかけていいのか分からず、ギルバートはそっとメニューを差し出した。

「工房では商品開発もしているので試食も出来るらしいのだが、一度でいいから見学に行ってみないかい?」

「……行く」


 新商品。試食。


 数々の挫折がユーツの心にもたらした傷は大きく、決して消えることはない。

 けれどそれと同時に、長く人生を共にしたメロンソーダとの思い出も消えることはないのだ。

 クリームソーダを追加注文しながら、ユーツは覚悟を決めたのだった。

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