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第3話/昔は本当に良かったなって

疲れたユーツの脳内による過去回想(出会編)です。

 生まれたときのことはあまり覚えていない。

 最初のうちは目もろくに見えなかったし、頭が上手く回らず言葉も理解できなかった。

 ただ匂いだけはなんとなく分かったので、毎日一番安心できる匂いにずっと縋り付くようにして生きていた。

 赤ん坊なんてそんなものだろう。


 2歳とか3歳あたりだったか。

 多少物心がついて、単語の一つや二つが理解できるようになった辺りでようやく気がついたのだ。


(僕、異世界転生してない……?)


 ニチャリと歪な……慈愛に満ちた笑顔を浮かべて僕を見つめてくる母は、明らかに人間ではない。

 やたら青白い肌に、毒々しい黒い爪。

 耳の先はエルフのように尖っていて、歯はまるで肉食獣のようにギザギザだ。

 重たい前髪でつねに隠している目は、どこに出しても恥ずかしくない立派な三白眼。


(要素盛りすぎ!! 明らかに魔族!!)

 身内として多少贔屓目に見たとしてもあまり一般ウケしない容姿ではあるのだが、正直嫌いじゃない。

 むしろほとんどそっくりそのまま容姿を受け継いでる身としてはかなり感謝している。

 体があまり大きくなさそうなことだけは気になるが、それを補って余るほどのクセの強いビジュアル。

 しかも僕達が住んでいる魔族領の領主でもあるのだ。

 魔王が勇者に倒されるまでは、四天王の一人としてダンジョンマスターをしていたという。

(盛りすぎ盛りすぎ)


 前世ではごくごく平凡でなんの能力も特徴もない、つまらない人間だった僕が。

 まるで漫画やゲームの登場人物みたいな個性的な外見をしていて、その容姿にぴったりの魔法を自在に操れるのだ。

 僕をこの家に転生させてくれた神と、この世界の両親には感謝してもしきれない。


 前世の実家の何倍もの広さがある部屋の中を軽く見渡すだけでも、本棚から溢れて床にまで積んであるたくさんの魔導書。

 それにいろいろな色をしたポーションらしきファンタジー薬瓶。禍々しい呪いの道具っぽいものに、露骨なデスサイズ。さまざまな装飾が施された杖に、魔法の鞄に……。

 まさに夢のような光景が飛び込んできて興奮する。


「あら、そろそろ絵本やおもちゃ以外にも興味が出てきたのかな?」

 母がニチャァと引き攣ったような笑みを浮かべながら僕を抱き上げる。

 そして部屋にあるものを軽く見せてもらいながら、僕も満面の笑みでニチャァと微笑み返す。


 住む世界や種族が変われば価値観も変わるのだろう。

 前世では散々気持ち悪いと言われた僕の歪な笑顔も、家族にとってはかわいらしく見えているらしい。

 ……年中厚い雲に覆われた仄暗い窓の外を見るだけで大体察しがつくものの、おそらくここが人間界ではないから感性がおかしいだけなのでは?

 という不安は若干残るが、現状暮らしていく上で問題はないのだから気にする必要はないのだろう。多分。



 ――そんな感じで物心がついた後の僕は。

 かなりやる気に満ちた、積極的な子供として思いっきり異世界を楽しんでいた。


 僕が魔法を覚えるたびに母はまるで自分のことのように喜んでくれたし、望むままいくらでも新しいことを教えてくれた。

 前世では元々重度のコミュ障であった僕にとって、同じように人付き合いの苦手な母の存在は救いだった。


 普段は単身赴任をしていてたまにふらりと帰ってくる父親は、元勇者パーティーの聖騎士でありとんでもないコミュ強なのだが。敵対していたはずの母と結婚しただけあって、分け隔てなく誰とでも穏やかに辛抱強く接してくれるとんでもない聖人だった。

 最初こそは底抜けに明るい父を恐れていたのだが、彼は焦れることなくゆっくりと僕の心が解けるのを待ちながら、たくさんの愛情を注いでくれたのだ。


 コミュ障で陰のオーラがすごい、根っからの魔族な母と。

 コミュ力カンストしていて、聖騎士を引退し会社を起こした今もなお神々しい光を放つ父。

 あまり喋るのが得意ではないので詳しいことは知らないけれど、きっとなんらかの壮大な物語を経て二人は家族になったのだろう。

 いつか聞いてみたいとは思っているのだが、どうにも気恥ずかしくて触れられないでいる。



 転生してまだ数年しか生きていないけれど。

 この環境はどんなチート能力をもらうよりも素晴らしい価値がある。

 この世界でなら、今度こそ僕は僕としてきちんと自分の人生を生きられるかもしれない。



 長年患っていたコミュ障を克服して、今度は普通に生きよう。勇気を出して頑張ってみよう。

 なんで転生したのかはさっぱり覚えていないが。

 この物語は、コミュ障ニートが転生して普通の人間を目指す物語なのだ……!



 しかし普通とは言ったものの、今僕が住んでいる土地は元魔王領だ。

 全体的に住人は陰鬱としていて笑顔はほぼ全員ニチャニチャしているし、決してこちらに深く踏み込んではこない。

 必要な時に名乗って挨拶さえできれば誰からも不審に思われることなく、むしろ積極的で礼儀正しいなどと遠回しに褒められる始末。

 コミュ障としてはかなり暮らしやすいのだが、これで大丈夫なのかはさっぱり分からない。


 少し様子はおかしいがそれなりに余裕のある家庭でぬくぬくと育ち、心の傷を癒す物語なのか?

 多少疑問に思いつつも剣と魔法の世界は楽しくて。

 スポンジのようにスカスカだった僕の脳は、毎日寝落ちするまで貪欲に知識を吸収していった。



 そうして優しい家族に大事にされながら好きなことだけをする、ぬるま湯のような生活を送っていたある日。

 少年から青年にさしかかっていた頃に、僕は運命を変える出会いをしたのだ。

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