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第19話/薬草の匂い香草の匂い

「うわぁっ!」

 ドシャッと派手な音を立てて転んだユーツに、グリムは慌てて駆け寄る。

「ご、ごめんね、引っ張りすぎちゃったかも」

 心配そうにオロオロする幼女の頭を撫で、ユーツは安心させるようにニチャリと笑う。

 途端に周りにいた住民から短い悲鳴があるが、ユーツは聞こえないふりをした。結局それが一番お互いに気まずくならなくて済むと学習したのだ。

「大丈夫だよ。ほら、行こう」

 ユーツは母であるヴィオレッタに瓜二つの陰気で邪悪な顔をしている。

 黒髪でギザ歯に三白眼の呪術師と、びっくりするくらいにキャラが立って内心自分のヴィジュアルを気に入っているのだが、どうにも怯えられることが多くていまいち納得できなかった。

 魔族であれば個性で済ませられるのだが、ここは人間が多い街だ。仕方ないのかもしれない。

 鍛錬を兼ねて町内を毎日走っていたからか、イオスとグリムは声を掛けられることが多い。

 イオスはあまり口数が多くないだけで、とても優しく人当たりもいい。グリムは誰にでも分け隔てなく挨拶するような明るい子だし、そちらも子供達を中心に挨拶を交わしている。


「……すっ、」

 二人に合わせてぺこりと会釈。これがユーツの精一杯だった。ヘロヘロになってる姿を励まされ、感謝の笑顔を浮かべては一瞬引き攣った顔をされる。

 悪意などはないからすぐに取り繕ってくれるが、それもまた難しい。

 引き攣った顔を見るのは心苦しくもあるが、それでもユーツはやはり母に生き写しのこの顔を気に入っているんだから仕方がない。どうせこうやって走り込みがてら毎日顔を見せていれば、いつかはイオス達のように慣れてくれるに違いない。

 知らない土地でもこういう風に前向きでいられるのも、イオス達が一緒にいてくれるおかげだ。

 一人で買い物に出るときは、フードを深く被って最低限の会話で済ませたくなってしまうのに。

 なんとなく自分の成長を感じて嬉しくなりながら、ユーツはへろへろの脚で走り出す。

 イオスやグリムは街の周りを何周かするらしいが、どう考えても自分には一周が限界だ。

 一足先に宿屋に帰ってベッドにダイブすべく、必死で重たい腕を振るった。



「ただいまー。ユーツ大丈夫?」

「おかえり……。まあ、なんとか。腕とか脚とか千切れそうだけど」

「無理はするなよ。午後からは薬草採取などを受注して、余裕があれば盾の使い方でも練習しよう」

 素材屋で冬の話をされたからか、少し早いがイオスは時間を無駄に出来ないと判断したらしい。

 いつもであればギルドの訓練場で訓練していたのに、依頼を受けて街の外に出ようとしている。

「分かった。じゃあ下でご飯食べたら行こう」

「やったー!! 今日は何にしようかな!」

 元気に部屋を飛び出して行ったグリムを追いかけるべく、ユーツものそのそと起き上がる。

「それにしても薬草採取なんて初めてじゃない? また一角兎かなにかの狩猟を受けると思っていたよ」

「今の状態のユーツに一角兎は荷が重いだろう。また二角兎が混じるようなことがあったら困るし、念のためな」



 軽い気持ちで薬草採取の依頼を受けたものの、ユーツ達は意外と苦戦していた。

 狩猟しても連日一角兎の依頼が出ているなとは思っていたが、薬草の類が食い荒らされていた。

 納品には綺麗な状態の薬草が必要なのだが、どれも齧り跡があり痛んでいる。

「これは……。一角兎の狩猟の方を受けるべきだったか」

「でも一角兎が増えてるなら、もしかしたらまた群れの中に二角兎もいるかもしれないし」

「それもそうだな」

 モンスターが出にくいとされる街の近くでは無事な薬草を見つけられず、ユーツ達は相談の末少しだけ森の中に踏み込むことにした。

「フィールドサーチ」

 念のためサーチ魔法を掛けるが、周りにめぼしいモンスターの気配はない。

「大丈夫そうだけど、草がいっぱいありすぎて薬草を見つけるのが大変そうだね」

「そこは私とグリムがいるから問題ない。獣人の嗅覚は鋭いからな」

「便利そうでいいよね」

 ヘラヘラと笑いながらそう返した後で、ユーツは重大なことに気付く。

(僕、獣人からしたら臭いとかあるかな…!?)

 朝の鍛錬の後はテキトーに井戸水に浸した布で上半身を拭いただけだし、抗菌作用があるという母の言葉を信じてローブはあまり洗っていない。

「あ、あの、さ。ちょっと聞きたいんだけど、僕って臭かったりする……?」

 一生懸命薬草を探している二人が、きょとんとした顔でユーツを見つめる。

「変な匂いするよ」

「変な匂い!?」

「グリム……。ユーツがというか、おそらく衣服の抗菌に使用している香草の類だろう。他では嗅いだことはないが、魔族領ではよく使用されていたからな」

「へぇ……。あの草、よく嗅がないと匂いなんてしないと思ってたけど、獣人はすごいね」

「正直獣人の中では好き嫌いが分かれそうな匂いではあるがな」

「え!?」

 ユーツの故郷であるヴィオランティアで衣服の抗菌に使用されている香草は、すり潰すと独特な匂いがするものの、煮込むと匂いが完全に飛ぶと言われていた。

 今まで全く気にしていなかった指摘に、ユーツの頭は混乱する。

「二人はこの匂い大丈夫? あと、えっと、汗臭いとかはない?」

「探索者だろう、汗の匂いなどいちいち気にするな」

「気にするなー」

「え? え? つまり、どっちなの!?」

「あ! 見て、薬草あった!!」

 二人にとって自分の匂いはどうなのだろうか。平気だと言われない時点でまずいのか。

 脂汗をかいているユーツをよそに、グリム達はようやく無事な薬草を見つけたのだった。

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