第18話/重たい小さな盾
一角兎の進化系、二角兎の角と毛皮は傷がある割にはそこそこの値段で売れた。普通の一角兎の角とは違い、二角兎の角には魔力がこもっているらしい。色の入り具合によっては武器や防具だけでなく装飾品として扱われることもあるそうだ。残りの一角兎も少しばかり体格が良かったのもあって、前回に比べるとかなり色を付けてもらえた。
今回は半分近くを干し肉にも加工できたし、いろいろな意味でダメージは負ったものの、身入りはだいぶ大きかった。
それと同時に、ユーツにも少し変化が起きていた。今までは後方にいれば問題ないからと避けていた体力作りと盾の扱い方をイオスに習うことにしたのだ。
「ユーツの性格を考えると腕に装着できるガントレットか小型のラウンドシールドがいいだろう。ガントレットは常に身につけていれば鍛錬にもなるし、置き忘れることもない。ラウンドシールドなら小型のナイフか杖を内側に括り付けておくのもいいかもしれんな」
普段ならぼんやり眺めているだけの防具屋で小さな丸い盾とガントレットを手に取り、重さを確かめながらイオスの方を見る。
「こんなに小さい盾で攻撃を受けられるの?」
「これは攻撃を受けるものではない。基本的には攻撃を受け流すのに使うんだ。どうしようもない場合は受けてもいいだろうが……」
盾を買いにはきたものの基本の戦闘方針は変わらないし、ユーツが前に出ることはない。あくまでも心のお守りを買いにきたのだと思っていたイオスは、ユーツの真剣な顔を見て口を噤んだ。
「今はこの盾が精一杯だろうが、この先体を鍛えたら私のような小盾を持つのも有りだろう」
魔術士のユーツが前に出る必要はないのだが、二角兎との戦闘で何か思うところがあったのだろう。せっかく出たやる気を削ぐ必要はない。
ドラゴンが掘り込まれたド派手なロングソードに目を奪われているユーツの背中をぽんぽんと叩き、二人で真剣に盾を選ぶことにした。
「お、重い……!」
結局店で一番軽い木製の盾を購入したものの、それでも貧弱なユーツにはまともに扱えそうになかった。
「これから鍛えていけばいいさ」
すでに購入してしまった以上、今更無理とは言い出せない。それにこの盾があれば、いざというときに役立つに違いない。今は扱えなくても、これから毎日装備をし続ければ必ず体に馴染んでくるだろう。そしていざというときが来たら、今度こそかっこよく切り抜けて見せるのだ。
いざというときなど、二度と来ないにしたことはないが。
盾を装備した左腕をなんとか持ち上げながら、ユーツは決意を新たにした。
次の日の早朝。朝の走り込みにまで盾を装備してきたユーツに、イオス達が目を丸くする。
「早く慣れるにはなるべくずっと装備してたほうがいいかと思って……」
しかもいつもは手の先が隠れるくらいの袖が長いローブを着込んでいるのに、今日は七部丈だ。それどころか皮の腕装備まで付けて、今にも討伐に行けそうな格好である。
「最初からそんな負荷をかけては体力が持たないのではないか?」
「そうも思ったんだけど、盾のある感じに早く慣れておきたくて……」
身軽な格好をしているイオスとグリムはお互いに視線を合わせ、心配そうに眉を下げる。
「二角兎のことなら、もー大丈夫だよ! 次があったら絶対油断しないから!」
ヒールで治したグリムの脚は特に問題なく以前のように動いているが、ユーツの傷はまだうっすらと痛んでいる。つまり三人とも痛くないわけはないのだが、イオスも気にせず腕を動かしているのを見ると、獣人は魔族よりも少し傷の治りが早いのかもしれない。
だとしても、イオスの顔の傷のように、長時間放置をすれば跡が残ってしまうことがあるのだ。
これ以上この子達に傷は増やしたくない。ましてや自分のせいでなどとは絶対に考えられないので、これからはもっと自分をしっかりと持って、必要なときにきちんとヒールをかけられるような魔術師にならなくては。
「それじゃあ行こうか」
それぞれ探索用の靴を履き、手ぶらのグリム、最低限の護衛用の武器を持った比較的身軽なイオス、完全装備のユーツがまったりと街の外周を走り始めた。
今日はユーツの初日であるので、走り込みの前には熱心にストレッチを重ねた。ただ走ればいいだけだと思っていたユーツはストレッチの時点で疲労感を見せていたが、そこで甘やかしては訓練にはならない。
「今日は初めてだから、いきなり走り込みはせず街の外周を早歩きでぐるっと回ろう。その間、ユーツはなるべく左手を胸の高さに持ち上げていると腕の筋肉にしっかり効くだろう」
リハビリと休憩を兼ねたゆったりとした鍛錬は、完全に自分のためのものであり、ユーツは少しだけ罪悪感を抱く。
けれど同時に怪我をした二人をそこそこの鍛錬で休ませることができるのなら、一石二鳥かもしれない。
などとユーツは完全に余裕な態度でいたものの、実際に歩き出したら相手が早歩きだとしても、ものすごく呼吸が乱れて一つも追いつけなかった。
「遅いよー、引っ張ってあげるから早いこう!」
「えっ、ちょっと、マジでっ、無理かも、待って、き、聞いてる……!?」
汗だくになりながら必死で追いつこうとするヘロヘロのユーツの右手をぎゅっと握りしめ、グリムは楽しそうに走り出した。