第16話/二度目の油断
二度目の一角兎狩り。
一度目のときは上手く群れから離れていた個体から狙えたが、今回はそう上手くいきそうになかった。
十頭近くの群れで草を食んでいる一角兎を遠くから観察していたものの、離れていきそうな個体はいない。
しかも中心に一匹だけ体の大きな個体がいるのを見ると、最初のときのように簡単にはいかない気がして、三人は慎重に作戦を練り直すことにした。
しかし結局作戦としては前と変わらず群れごと泥沼に追い込んで呪いで動きを縛り、その間にトドメを指すのが無難だろうということで話は終わった。
「アーススラッジ」
追い込むのにちょうどいい草むらを探して、地面を泥沼に変える。
もしもこの中に囲いを外れるような個体が現れたら大変なことになってしまうが、念のためユーツも最低限の防具は身につけているし、回復魔法は呆れられるほどに練習を重ねてきたのでかなりの自信がある。
なんとなく、フラグを立ててしまった感があって一人で焦るユーツをよそに、イオスがグリムに合図を送った。
泥沼以外への逃げ道を塞ぐように二人が一角兎の群れを追い立てる。
計算通り最初の数匹は背の高い草の向こうにある泥沼にボチャボチャと嵌っていくが、何かに気付いたのか大きな個体が突然踵を返した。
「え? わぁ! このッ!!」
体格のいいイオスを避けたのか、小さなグリムの足元を数匹がすり抜け、続けて大きな個体が角を突き刺そうと突進する。
慌ててその場を飛び退くと、最初にすり抜けた一角兎達が狙い澄ましたかのようにグリムの細い脚に角を突き立てる。
「痛ッ! もう、やめて!!」
血が滴るのも気にせず勢いよく体を回転させ、グリムは蹴りを入れるように一角兎達を吹き飛ばす。
一角兎達を吹き飛ばしているグリムの足元を今度は体格の大きな個体が狙うが、その攻撃はイオスの小盾で防がれた。
「私が相手をするから、ユーツに治してもらえ」
「やだ。こいつ倒してからにする」
珍しく瞳をギラつかせているグリムに少し驚きながら、イオスは無言で頷いた。
先ほどグリムが吹き飛ばした雑魚個体達が全て息絶えているのを確認し、イオスはジリジリと距離を詰める。
「あわ、あわわわわ……!」
泥沼に嵌った一角兎に毒と呪いをかけるだけの簡単なお仕事だったはずなのに。
草むらから二人と一匹の攻防を見ながら、ユーツはオロオロしていた。
グリムが大人しく下がってきてくれれば回復してあげられたのだが、実際には毛皮も靴も血まみれのまま一角兎のボス個体と対峙している。
一角兎達は体格だけを見てグリムを一番倒しやすいと判断したらしいが、本当に一番倒しやすいのはユーツだ。
ここで姿を見せればそれを見抜かれて自分が襲われてしまうかもしれない。
二度目だし完全に余裕だと思っていた小型モンスターを相手に完全に震え上がり、ユーツは声も出せない状態になっていた。
万が一自分が刺されることになってもすぐに回復すればいいと思っていたが、それをするには怪我をしても呪文を唱えられる程度に冷静でいなければならない。
痛みに顔を歪め、血を飛び散らせながら一角兎に襲いかかるグリムを見ているだけで気絶しそうなのに。
カチカチと歯が鳴って、まともに言葉が出てこない。
軽さと速さを重視するグリムは胸元位しかまともな装備を着けていないが、ユーツは足元も頑丈な革製の装備を装着しているというのに。
「うっ」
小さな呻き声が耳に飛び込んできて、ハッと顔を上げる。
盾を装備する左腕を角で抉られ、イオスの顔が歪む。
(まずい、まずい、まずい)
一角兎にも確実にダメージを与えているものの、いかんせんグリムは脚を怪我していて小回りが効かない。
盾で攻撃を受け流しながらカウンターを返すタイプのイオスも、このままではさらに怪我を負わされてしまうかもしれない。
雑魚モンスターと侮っていたが、小さくて素早いということがこんなにも恐ろしいとは思わなかった。
呪術系がメインであるユーツの魔法は素早く動く敵とはあまり相性が良くない。
今まではそれを二人のおかげで補ていたが、今はそれも難しくなってきた。
けれどこのまま魔法を唱えたところで、すぐに居場所がバレて刺されてしまうに違いない。
土魔法で壁を作ったところで、迂回されれば終わりだ。
ぐるぐると考えているうちに状況が悪くなっていく。
どうにか出来るものはないかとマジックバッグを漁るが何も思い浮かばない。
こうなったら、刺されるのを覚悟して飛び出すしかない。
正直に言って今すぐに逃げ出したいが、イオス達を見捨てるのだけは絶対に嫌だった。
もしもここで二人を見殺しにしてしまったら、自分はもう二度と実家から出られなくなる。
ゆっくりと深呼吸をしながら、ユーツはマジックバッグからイオスの予備の盾を取り出し、左腕に装備した。
重くて左腕がまともに持ち上がらないが、体を横に向けるなりなんなり、一度攻撃を受けるくらいは出来るはずだ。
唱える魔法は決まっている。
ジリジリと草むらの縁に近寄り、勢いよく一角兎の後ろに飛び出す。
「アース、あっ、あす、アースっ、あ、あ」
唱える呪文は決まっている。
決まっているのに、口が回らない。
突然現れた異物に対し、一角兎は「ヴーーーーッ!」と恐ろしい威嚇の声を発し、地面を強く蹴って襲いかかった。
死の瞬間はスローモーションに見えるというが、まさしく全てがゆっくりと、鮮明にユーツの目に飛び込んできた。
驚いて走り寄ってくるグリムとイオス、よだれを撒き散らし、狂ったような目付きで襲いかかってくる一角兎。
その鋭い角が脇腹に当たり、ぷつりと体に穴が開く。
そこから角がゆっくり入ってきて、じわじわと燃えるように患部が熱くなっていく。
「いッぎいいい!! ぎゃあああああああ!!」
ユーツが構えていた盾は何の意味もなく、脇腹に突き刺さる一角兎目掛けてイオスが切り掛かる。
「イッぎあああああああ!!!」
首が切り落とされた感覚が角越しに伝わってきて、つまりは角で内臓を掻き回されて。
ユーツは失禁しながら意識を手放したのだった。