第15話/初めてのファンタジー市場
「カッケェ……」
地元では呪われていそうな禍々しい装飾品しか見たことがなかったユーツにとって、プラチナのような輝きのある銀色の装飾品は目に毒だった。
よくよく考えれば父や兄はこういう色の装飾品を多少身につけていたような気もするのだが、今までアクセサリーの類に興味がなかったユーツの目には全てが新鮮に映る。
こんなときいい感じの女の子と一緒であれば似合いそうなネックレスの一つでもプレゼントするところであるが、残念ながらユーツは一人ぼっちだった。
「何か気になるものでもあったかい?」
にこにことした優しそうな老婆に話しかけられるが、ユーツは曖昧な笑顔を浮かべることしかできない。
「自分用に買うならここら辺のブローチなんかがローブに合いそうだし、さっき一緒に歩いていた女の子に贈るならこの髪飾りとかが合うんじゃないかい?」
さっき一緒に歩いていた女の子……?
一瞬何を言っているのか分からなかったが、少ししてイオスのことだと気付く。
「あっ、な、なるほど。女の子……。でも、いきなりプレゼントされたら気持ち悪くないですか……?」
女の子へ綺麗な髪飾りをプレゼント。正直そういう如何にもなシュチュエーションに憧れはするが、それを自分がやるとなると話は別だ。ギルドに脚を踏み入れれば受付嬢の顔が引き攣り、笑顔を浮かべれば悲鳴が上がる。そんな人間がどんな顔をして他人にプレゼントを渡せばいいのだろうか。
考えるほどに落ち込んできたユーツに、老婆は不思議そうな顔をする。
「指輪やネックレスなどのアクセサリーは多少下心を感じるかもしれないが、日常で使えそうな髪飾り程度で嫌がる仲間はいないだろうよ。それでも気になるなら日頃の感謝の気持ちとだとでも言って渡すと良い」
「そ、そうか、仲間だもんな……」
ユーツがニチャリと恥ずかしそうな笑みを浮かべると、老婆も「毎度」と言いながらしわくちゃの笑みを浮かべた。
とはいえイオスだけに買うのは恥ずかしいからとグリムと自分用にブローチを買い、ユーツは財布から銀貨を数枚支払った。
そしてホクホクしながら宿屋に戻る途中で、改めて自分の金銭感覚のヤバさを思い出す。
自分達で依頼をこなして得た金銭でならともかく、母親から貰ったお小遣いで女性にプレゼント?
今更ながら自分のしようとしてたことに気付き、ユーツは先程買ったブローチをマジックバッグの奥深くに隠した。
せめて値段分を自力で稼げるようになってから渡そう。そう決心して、一旦存在を忘れることにしたのだった。
「ただいまー……」
「おかえり」
そういえば浮かれていてギルドについていくのも忘れてしまった。
反省することが多くてぐねぐねになりながらベッドに座り込んだユーツに、一足先に帰宅していたイオスがメモを取り出す。
「ギルドに寄って少し依頼を見て来たのだが、しばらくは毛皮と肉の取れるモンスターを狩りつつ貯蓄をしようと思う。今度は干し肉も作って、冬が近付いてきた辺りでまたダンジョンに挑戦するのはどうだろうか?」
「それでいいと思う」
改めて思うが、イオス達がついてきてくれて本当に良かった。もしも自分一人だったら最初のダンジョンに入って3分も持たずに実家へと逃げ帰って、今もまだぬくぬくとニートをしていたに違いない。
感謝の品を渡したくなってしまうが、今はまだ早い。
いつかもっと成長して金銭的に余裕が出て、稼いだお金で買ってもおかしくない状況になるまではどう考えたって気持ちの悪さが抜けないのだ。
一緒にいた「女の子」と言われて途端に意識してしまうようになったが、初めて自分の笑顔を見せたときのイオス達の引き攣った表情を思い出して冷静になる。
あの頃から自分は何も変わっていない。
自分の全てをそのまま愛して受け入れてくれるのは、家族位なものなのだ。
こういう風に現実を多少前向きに考えられるようになっただけ、転生前よりはかなりマシと言える。
正直に言って転生前の生活は思い出したくない。今となっては自分が出来損ないだったせいで家族に迷惑を掛けていたと理解できるものの、じゃあ何をどうすれば良かったのかと言うと、いまだに答えが出ない。早めに自死を選ぶ以外、答えはあったのだろうか。
「ユーツ、聞いているのか?」
「あ、ごめん! 聞いてなかった……」
暇があると嫌なことばかり考えてしまうが、今はそんなことに構っている場合ではない。
「全く、そんなに市場が楽しかったのか?」
「そうかも、ごめんごめん」
「えー、やっぱグリムも行けば良かったなー」
呆れたようにため息をついたものの、イオスが怒っている様子はない。むしろ場の空気が和むのを感じて、内心ホッとする。
「今回の依頼が終わったらまた皆で行こう。……仕方がないのでもう一度同じ質問をするが、堅実に一角兎を狩りにいくか、大物狙いでファンゴボアかゴアベア辺りを狩りに行くか。どちらか希望はあるか?」
一角兎は額に鋭い角を生やした、美味しくて少し大きな兎。ファンゴボアは鋭い二本の牙を持つ、動きの素早い猪。ゴアベアはその名前から想像できる通り、恐ろしく凶暴性の高い熊だ。
一角兎以外はギルドで購入したガイドブックでしか見たことのないモンスターだが、ゴアベアだけは関わりたくないと思っていた。
「とりあえずゴアベア以外かな……」
「はいはい! 一番美味しいやつ!」
「そうか。危険性も高いし、まだゴアベアは辞めておくか。一番美味しいのは……どうだろうな。草食の一角兎か、はちみつも食べているゴアベアか……?」
「はちみつ……?」
あまり強くない兎系のモンスターは幅広い地域で食べられているメジャーな食べ物だが、凶暴な熊系のモンスターとなると肉を痛めずに倒すことが難しく、あまり食用としては出回らない。ガイドブックには「手ではちみつを食べるので手が美味しい」と書かれているが、一体どこで食べられるのだろうか。
王都などの大きな街へ行けばこういう特殊なモンスターを扱う高級店があったりして、熊の手として食べられたりしているのかもしれない。
などと想像は広がるものの、ユーツはかなり好き嫌いが多い。硬すぎたり噛み切れないものを始めとして、食感や味に癖のあるものも苦手だった。
「そうなると、一角兎が無難かも。香草焼きも串肉もかなり美味しかったし」
グリムがゴアベアに食いつく前に、一角兎の株を上げておく。
「一角兎!!」
案の定食いついてきたグリムと共にイオスを見つめると、彼女は少し考えた後に頷いた。
「分かった。私達はまだ狩りに慣れていないし、とりあえず今回は堅実に一角兎を狩るとしよう。いずれは大物にも挑みたいところだが……」
パーティーのお財布にあまり余裕がないであろうことを思い出し、ユーツは一瞬心が揺らいだものの、さすがにまだゴアベアに挑む勇気はなくてそっと口を噤んだ。