第11話/しばらく虫とは離れたい
初めてのダンジョン攻略から2日後。
ユーツは完全に体調を崩して宿屋で寝込んでいた。
ダンジョンコア含め大量のモンスターを狩った魔石が結構良い金額になったのでしばらく生活には困らないが、転生生活で初めての「退屈」に苦しんでいた。
仲間である半獣人半魔族のイオスと獣人のグリムはギルドでの鍛錬に出ており、夕方にならないと帰ってこない。
食事は下の階へと降りれば購入できるし、なんなら追加料金で部屋にも運んでもらえる。
今までであれば体調を崩しても魔術書などを読んで暇つぶしが出来たのだが、家を出た今はあいにく何も持っていない。
そして家には当たり前にあったから気付かなかったが、この世界での本はかなり貴重なものであった。
今のユーツに手が届く本といえばパーティーの全員で共有する目的で買ったギルドの初心者教本だけなのだが、すでに中身を暗記するくらいに読んでしまった。
よくよく考えれば最初から自分には無理だと諦めていたが、ギルドで普通の依頼を受けて金銭を稼ぐ方法も有りなのでは。
虫の王国で若干心が折れつつあったユーツの目には、初心者向けの薬草採取クエストが魅力的に映っていた。
お財布に余裕があるうちに下積みを重ねれば、生活に困る前には一人前の探索者としての生活が軌道に乗っているだろう。
いきなりのダンジョン踏破でランクが上がっているので本来下積みは必要ないのだが、自分に自信のないユーツはかなり慎重になっていた。
スープやふやかしたパンで胃を労わっていたが、おそらく明日には普通の食事に切り替えられるだろう。
しかしいきなり野営に耐えられる気はしないので、なるべく日帰りができる、虫のいないクエストを受注したい。
宿ではなく一旦家に帰ろうかというイオスの提案を蹴った以上、ユーツは寝たきり生活に罪悪感を抱かずにはいられなかった。
「はぁぁ、ユーウツだ……」
転生前の口癖がつい口をつき、気分が落ち込んでくる。
憂鬱のユーツ。そんなあだ名だけは避けたくて、今まで絶対口にしなかったのに。
そんな憂鬱な気分を後押しするように、ポツリと窓に水滴が当たる。
「あーあ……」
考えれば考えるほどジメジメして来て、自分が嫌になってくる。
転生して以来こんなことは考えたことがなかったのに。
鬱々とした気分で布団を被った瞬間に、勢いよくドアが開かれる。
「ただいまー!」
「ただいま。ちゃんと寝ていたか?」
どこかで買ったのか、傘を手にしたグリムとイオスが部屋へと戻って来た。
「おかえり。ちゃんと寝てたよ。ていうか、夕方まで帰ってこないと思ってた」
「そのつもりだったんだがな。これから大雨になると聞いて早めに切り上げて来たんだ」
入り口の横に傘を立て掛け、イオスは濡れてしまったグリムの髪を拭いてやる。
二人を見てると今までの憂鬱な気分が和らいできて、ユーツはのそりと起き上がった。
「暇すぎてギルドで買った初心者ガイドを読んでたんだけどさ、今度普通にギルドのクエストを受けてみない? 薬草採取とか、簡単なのからになると思うんだけど……」
今更方向転換など呆れられるかと思ってユーツは内心怯えていたが、イオスはぽかんと口を開けていた。
「……どうやら忘れてしまったみたいだが、今回のダンジョンコア破壊も、ギルドを通して受けたクエストだぞ……?」
「え?」
「きちんとした実績になるようにと、ユーツの母君がギルドを通してくれただろう?」
「そういえば、そんな話をしたような……?」
そこまで時間は経っていないはずなのに、ダンジョン攻略に苦労したせいで、実家でのことが遠い昔のように思えて記憶が曖昧だった。
「おかげで探索者としてのランクも上がったし、わざわざ薬草を採取せずともある程度の討伐クエストなら受けられると思うぞ」
「そ、そうなんだ。じゃあ明日辺り皆でギルドに見に行ってみない?」
「私は構わないが、体は大丈夫なのか?」
「なんとかね。それにこのままゴロゴロしてたら、探索に行くのが嫌になっちゃうかもしれないから……」
「そうか。ではゴアベアか一角兎辺りのクエストを探してみようか」
「一角兎? 食べる?」
退屈そうにベッドに寝ころびながら聞いていたグリムが、突然目を輝かせる。
「え、そんなに美味しいの?」
「美味しいよ! 焼くとね、ジュワーって脂が出てすっごく美味しい!」
「うむ。香草焼きなどが有名だな。私達の故郷では一般的だが、ヴィオランティアにはいないモンスターだから馴染みはないのかもしれんな。では討伐したら宿屋の食堂にでも持ち込んで調理してもらおう」
「やったー!! 楽しみ!!」
先ほどまでは暇を持て余して滅入っていたというのに、いつの間にか明日の目標ができた。
「丸焼きも良いし、シチューもいいなぁ! ユーツはどんな料理が合うと思う?」
「うーん、やっぱりさっきの香草焼きってやつを食べてみたいかな」
「いいね! 絶対美味しいよ!」
じゅるりとよだれを垂らしながらベッドに転がっていたグリムのお腹が大きな音で「ぐうー」と鳴く。
「……えへへ。食べ物の話してたらお腹空いてきちゃった」
「仕方ないな。下に行って何か食べようか?」
「いいの? わーい、早く行こ!」
素早くベッドから飛び起き、早く早くと催促するグリムに苦笑いをしながらユーツも立ち上がった。
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目次の下の方に表紙絵を貼っておきました。良かったら見てやってください。