第10話/悪夢の終わりに
ピギャアアアア!!!!
今までにないくらいに大きな声を上げ、巨大な女王蟻が暴れ狂う。
「え、あれでも死んでないの!?」
「離れろ!」
グリムとイオスは急いでその場を離れ、千切れた尻尾から子供達をポロポロと落とす女王蟻を戦慄したような表情で見つめる。
「いや、さすがにもう死ぬんじゃないかな……」
そうじゃないと生物としておかしいし、と言う間もなく、女王蟻はドシンと大きな音を立てて倒れ、何度か痙攣して絶命した。
「げ、まだ子供生まれてるじゃん!」
「親には近寄らないように気をつけろ」
ようやく倒したと思ったものの、死んだ親の腹を食い破りウジャウジャとアースアントが湧いてくる。
「おええええええ!!!!」
芋虫みたいな女王蟻の腹を食い破り、体液に塗れた巨大な虫がウジャウジャウジャウジャ。
とんでもないグロ映像を見せられ、空っぽのはずの胃がひっくり返りそうになる。
泣きながら泡立った胃液を吐いている僕を守るように、二人がアースアントをバッサバッサと切り捨てていく。やだ、かっこいい……。
そんな冗談を言っている暇はない。口の中の胃液をペッペッと床に吐き捨て、必死に杖を女王蟻の腹へと向ける。
「アーススラッジ、デッドリーポイズン、カオスカース」
とりあえずこれ以上出てこないように毒沼を敷き、腹の中へと呪いを注ぐ。
ギィギィと悲鳴のような声を上げながら腹がボコボコと蠢き、また吐き気が込み上げてくる。
「カオスカース、デッドリーポイズン!」
姿の見えない子供達へ呪いと毒を振り撒き、祈るように杖を握り締める。
どうかこれ以上出てこないでくれ……。
「デッドリーポイズン……」
最後にダメ押しの毒を振り撒くと、女王の腹がようやく動きを止めた。
「やった……! おえっ、げっ、ごぉっ、ぺっ……」
食道から逆流してきた胃液を吐き捨てながら視線を向けると、ちょうど二人の方もアースアントを始末し終わったらしい。
「ユーツ、本当に大丈夫か?」
「だいじょーぶ……?」
地面にへたり込む僕を心配そうに囲む二人に、青白い顔でニチャリと笑みを浮かべる。
「これ以上無理はしなくていい。魔石はグリムと私で回収しておくから、先にダンジョンコアの元へ行っていいぞ」
すっかり忘れていたが、広い空間に大量に転がるアースアント達を一匹一匹解体し、魔石を取り出す地獄のような作業が残っていたのだ。男としてどうなのかと言われようが、さすがにもう限界だった。無理すぎる。
「ごめん……、そうさせてもらうね……」
ボスのいる空間の奥には必ずダンジョンコアがある。母の授業で習ったところだ。
ダンジョンコアが無くなるとダンジョン自体が崩壊してしまうため、基本的にコアのある部屋にはモンスターはいない。らしい。
念のためフィールドサーチを掛けてモンスターがいないのを確認してから、のそのそとダンジョンコアの部屋へと転がり込んだ。
例として見せてもらったダンジョンコアとは比べ物にならないくらい小さな結晶を確認した瞬間、僕の意識はすうっと遠のいていった。
そして目を覚ましたときには、ダンジョンの外に寝かされていた。
ダンジョンに入ったのは昼だったはずなのに、一体何時間戦闘していたのだろう。
ぼんやりと瞬きをしながら、暖かい焚き火の方を向く。
「目が覚めたのか?」
焚き火の向かい側に、珍しく疲れた表情のイオスが座っている。
「ごめん、手伝えなくて」
「気にするな。スープを温めよう」
裏返りそうなほどに胃液を撒き散らしていた胃が「ぐぅ」と返事をする。
「魔石もたくさん取れたし、ダンジョンコアも破壊した。贅沢を出来るほどではないにしても、これでしばらくは休めるだろう」
探索を始めた時点では、僕のせいでだいぶ貯金を失ってしまった。
トータルで見ればダンジョンコアを破壊した以上プラスにはなるだろうが、それでも当初の予定よりはだいぶマイナスだった。
「思っていたよりボスも大物だったが、欠けることなく無事に勝てたのだから十分だろう」
パチパチと火の粉が爆ぜる心地良い音と、イオスの優しい声に目が潤む。
「ごめん、足を引っ張っちゃって……」
「そんなことはない。ユーツがいなければ倒せなかった。私達全員で協力したから勝てたのだ」
やだ、優しい……。好きになっちゃう……。
自分で言いながら照れたのか、イオスは少し乱暴に鍋をかき回す。
「ほら、出来たぞ。起きられるか?」
「うん、ありがとう」
なんとか体を起こすと、空っぽの胃がキュウと鳴く。
よく見ればイオスの横でグリムが眠っている。
起こさないようにそっと茶碗を受け取り、温かいスープを一口啜る。
食べられる野草と塩漬けしたベーコンを煮ただけの透き通ったスープは、一口啜ると胃に優しく染み渡る。
思わずボロリと涙が溢れるが、イオスは気付かないふりをしてくれている。
「おかわりもあるからな」
「うん……」
異世界転生したら、きっと普通になれるのだと思っていた。
社会不適合者じゃなくて、誰とでも明るく気軽に話せるような。
努力で手に入れた魔力じゃなくて、もっと分かりやすいチート能力を手に入れて。意味もなく女の子にモテてハーレムで大変な思いをしてみたり。
けれど生まれ変わったところで僕は僕だった。
強いて言うなら人にはものすごく恵まれたと思う。
理解のある優しい家族に、僕が醜態を晒しても決して見捨てないでくれる仲間達。
家族はまだ分かるが、イオス達はなんでこんなに僕を信じて寄り添ってくれるのだろうか。
他に行く宛もないからとついて来てくれただけでも十分に嬉しかったというのに。
ひょっとしたら僕のことを好きなのかな、と一瞬思ったが、そんなわけはない。
僕の笑顔を見て顔を引き攣らせていた二人顔は今でも忘れられない。
きっと家族や仲間としての情が湧いたのだろう。
前世では一人ぼっちだった僕に、そんな仲間が出来たというだけでも幸せなことなのだ。
これ以上を望むのは贅沢すぎる。
「美味しい」
はふ、と白い息を吐くと、珍しくイオスが笑ってくれた気がした。
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