第4話 素質のある者、ない者
◇◇◇
「国王陛下! 再び召喚陣が動き出しました!」
「なにっ? 四人目の召喚者だと⁉」
異世界への転移門を潜り、眩しい光に包まれた私は、気付けば見知らぬ場所へと放り出されていた。
ここは何処だろうか?
見渡すと、頭上には高い天井、広間には大理石の柱が連なり、あちこちには国の紋章が示された赤い垂れ幕が下がっている。その外見は、何処か海外に有りそうな王宮か神殿を彷彿とさせた。
そして、まるで西洋絵画から飛び出してきたような奇妙な格好をした者たちに囲まれ、彼らの驚愕の視線を一身に受けていることに気付く。
「なんと……本当に四人目が召喚されたぞ!」
私が登場したことで、周りは急に騒がしくなる。
「……ここが、異世界なのか」
目に映るもの全てが普段見るものとは異なり、未だにここが異世界であることに半信半疑な私は、思わず夢見心地な声を漏らす。
すると、先に転移していた美雪が、不安そうな顔をして私の方へ駆け寄ってきた。
「あなた、大丈夫だったの? ずっと待っていても現れないから、心配で……」
どうやら世界の狭間で女神と悠長に話している間、先に転移門を潜っていた美雪は、何時まで経ってもこちらにやって来ない私のことをずっと心配してくれていたらしい。
「すまない、少し遅くなった。子どもたちは?」
「二人とも大丈夫よ」
美雪が振り向いた先に琴音と渚の姿も見つけて、私は安堵する。
「どうやら女神の言う”転移”とやらは無事成功したみたいだな。……ところで、周りに居る彼らは?」
「あの方たちは、神聖ギブリール? とかいう国の方たちらしいわ。で、あそこに座っているのが国王様と王女様」
美雪が目線で指し示した先には、赤いマントを羽織った白髪頭の男が壇上の玉座に腰掛け、その隣に豪奢なドレスを着た女性が立っているのが見えた。
頭上に戴く宝石を散りばめた王冠といい、着ている派手な衣装といい、間違いなく彼が国王だろう。彼らを警護する兵士たちが身に付けている甲冑も、持っている槍も剣も、とてもレプリカには見えなかった。
神聖ギブリール国王は、四人もの召喚に成功したことに驚愕を隠せない様子ながらも、玉座から立ち上がって言う。
「……まさか、四人もまとめて召喚されるとは驚いた。こんなに大人数が召喚されたのは過去に類を見ないが……しかし、魔王に対抗できる者は多ければ多いほど、勝算も大きくなるといえる。こちらとしても願ったり叶ったりだ。転移者たちよ、私は神聖ギブリール王国国王のアルナジ・ヴェントレイと申す。そして、隣に居るのは私の娘であり王国第一王女のミュルザンヌ・ヴェントレイ」
国王に紹介され、隣に立つ第一王女は、ドレスの裾を持ち上げて礼儀正しく私たちにお辞儀した。
「我が王国の召喚に応じてくれて、誠に感謝する。お前たちには我が国の勇者として、悪き魔王を倒してもらいたい。さっそく、一人ずつ魔力適性値を測り、固有スキルを確認したまえ」
私たちは転移されて休む間も無く、また別の場所と連れて行かれた。
移動している間に説明を受けたのだが、この国では召喚された者が魔王を倒すに相応しい人材かどうかを調べるため、魔力適性値というものを計測されるという。この数値が高ければ高いほど、強大な魔力を扱うことのできる勇者としての資格があると判断される。言わば勇者資格試験のようなものらしい。
それから、私たちは”選別の間”と呼ばれる部屋へ案内された。
その部屋の床には巨大な魔法陣が描かれており、その周りを囲うようにフードを被った訝しい男たちが立っていた。うち一人は、何やら計測器のような装置を手に持っている。
何やら怪し気でオカルティックな雰囲気の漂う中、渚が魔法陣の中心へと連れて行かれる。
何をされるか分からず、少し不安げな表情を見せる渚。
すると、フードを被った測定士たちが呪文を唱え始め、地面に描かれた魔法陣が赤く光り始めた。計測器が反応したらしく、メーターを見たフードの男たちは驚きの声を上げる。
「なっ!…… 魔力適性値”28000”!! これは歴代史上最高の数値です!」
「バカな! 一万を超えることすら百年に一度の逸材だと言われているのに、その二倍……いや三倍に近い数値を叩き出しただと!?」
「しかもそれだけではありません、彼の持つユニークスキルは【魔力吸収】! 相手の魔力を吸収し自分の魔力へと変換できる希少なスキルです!」
「もしや、彼こそが真の勇者の素質を持つ者かもしれんぞ!」
一同に集った王族やその関係者たちがやかましく騒ぎ立て始める。
どうやら渚は、これまで王国で召喚儀式を行ってきた中で二人と居ない逸材と認定されたらしい。当然私たちも驚いたし、何より一番驚いていたのは渚本人のようだった。
次に、琴音が魔法陣の中に立たされ、数値を測られる。
「これは……魔力適性値”15000”! またしても一万越えです! ユニークスキルは『鷹の目』!」
「うむ、今回の召喚はなかなかの粒揃いのようだな。この調子なら、今度こそ魔王を討ち取れるやもしれん。続けろ!」
渚と琴音の魔力適性値を見て、国王も気を良くしたらしく、「いやぁ、今年は当たりですな」などと、近くに居る宰相たちと談笑を交わしている。
そんな彼らを見て、私は胸の内にひしひしと不満が募ってゆくのを感じていた。
まるで数値が全てと言わんばかりの強欲な態度。怪しい魔術をかけて勝手に値踏みされ、弾き出された数値でしか人の価値を判断できない者たち。
これではまるで勇者の選定というよりは、奴隷の競りを見ているようなものだった。
ヤツらは私たちを人として見ていない。魔王を倒せるモノとしてしか見ていないのだ。自分の大切な家族に対してそんな目で見られて、私は内心憤りを隠せずにいた。
次に、妻の美雪が魔法陣に立たされる。
「魔力適性値”5500”! ユニークスキルは『治癒』――適正値は一万越えではありませんが、勇者候補としては相応な人材かと……」
「あら、私はかなりお安いのね」
そう言って微笑む美雪。
……そして、最後に私の番がやって来る。
魔法陣の前に立つと、私を囲んでいるフードの男たちはメーターを見て驚いた態度を見せ、互いに顔を見合わせて何やら慌てたようにひそひそと会話し始める。
「どうした? まだ結果は出んのか?」
「い、いえ、それが………針が、全く動きません」
「何だと⁉ 計測を誤ったのではないのか? もう一度測り直せ!」
「何度も測り直しましたが、針は微動だにしないのです!」
「なっ! バカな………つまり、その男は魔力適性値がゼロであるというのか?」
「………残念ながら」
「で、ではスキル! ユニークスキルの方はどうなのだ!?」
国王は王座を降りて測定士たちのところへ駆け寄り、計測器を確認する。
「……な、何なんだこのスキルは?」
「おそらく騎乗スキルの一種かと思われますが、竜や馬はおろか、大人しいロバすら乗り回せない弱小スキルです……正直、これでは使い物になりません」
フードの男たちと国王がひそひそとやり取りをする中、私は一人、呆然と立ち尽くしてしまっていた。
……どうやら私は、勇者としての資格を測る試験で、過去最悪の点数を叩き出してしまったらしい。
衝撃の事実を前に、国王は暫しの間沈黙し、やがて頭を抱えながら声を上げた。
「………その役立たずなゴミを、今すぐここからつまみ出せ」
途端に、私は周りに居た甲冑姿の兵士たちに取り囲まれ、両腕をつかまれた。
国王の突然な態度の変わりように、私は怒りを通り越してもはや呆れることしかできなかった。魔力適性値と呼ばれる数値が高ければ高いほど、百年に一度の逸材と称される一方、数値が出なければただの”ゴミ”呼ばわり。
周りに居る王族やその関係者たちも、全員が私に冷たい視線を向け、ひそひそと互いに耳打ちしていた。きっと何の力も持たない私を謗っているのだろう。
私たちを呼び出したのは彼らだというのに、呼び出しておいてこの仕打ち。たかがメーターの針一本の振れ方だけで、こうも人間の扱いが変わってしまうとは。
どうやらこの国の者たちの人を見る目は、私が思っていた以上に狂ってしまっているようだった。
……いや、腐っているの間違いか。
「……お待ちくださいお父様!」
すると、国王の隣に居たミュルザンヌ王女が声を上げた。
「いくら期待した適正値が得られなかったとはいえ、この者だけそのような処遇はあまりに非道ではないですか?」
そう父親である国王に訴える王女。どうやら彼女だけは、腐った者たちが集う中で唯一まともな考えを持っていたようだ。
しかし……
「お前は余計な口を挟むな! こやつは我々の抱いている期待を裏切った。力の無い平凡な人間などに用は無い」
「ですがそんな――!」
王女様は反論しようと詰め寄るが、国王にきつく睨まれ、思わず口をつぐんでしまう。
どうやら彼女には、私に慈悲をかけるだけの発言力は持っていなかったようだ。
「ま、待ってくれ! 私はそこにいる渚と琴音の父親で、美雪は私の妻なんだ。君たちのご期待に沿えず、私だけ勇者の器ではなかったことは申し訳なかった。……だが私は、家族と一緒に居られるのならどんなことだってする覚悟だ。だからどうか、私も一緒に――」
私も負けじと、彼らへ懇願するように必死になって声を張り上げた。
――が、それよりも大きな国王の怒鳴り声で、私の願いはかき消される。
「黙れたわけがっ! 貴様が夫だろうと父親であろうと我々の知ったことではない! 才能の欠片もないゴミ風情が偉そうな口を叩きおって。もう二度とこの王都へ近寄るでない! この男をさっさとつまみ出せ!」
私は兵士たちにつかまれたまま、引きずられるようにして広間から連れ出されてゆく。
私はふと、遠くに居る渚と琴音の方へ目を向けた。
二人とも、今にも放り出されようとしている父親を前に何か言いたげな顔をしていたが、自分たちが勇者であるという立場が邪魔をしたのか、その言葉は喉元に引っかかったまま、口に出すことができないようだった。
そしてとうとう、二人は口に出すことすら諦めたように、私から目線を離してこちらに背中を向けてしまう。
(そんな………渚っ! 琴音っ!)
私はこの時、まるで雷に打たれたような衝撃を受け、同時に崖から落ちてゆくような深い絶望を味わった。
別に、私が勇者としての素質が無いことに絶望している訳じゃない。正直言って、勇者になる気なんて端からなかった。
だから、この国の王様や配下の官僚たちが、勇者の素質が無い私のことをどんなに悪く言おうと気にしないし、どんなに酷い言葉で罵られようと構わなかった。元はと言えば、勝手に私を召喚した彼らの責任なのだ。
……だが、生まれたときからずっと愛情を注ぎ、成長する姿をこの目で見守り続けてきた娘と息子に見捨てられることほど、身に応える罰は他になかった。
親なら誰しも、子に背を向けられることほど辛い仕打ちはないはずだ。特に、それが今生の別れ際となれば尚更だろう。
きっと私はこの国から追放され、この先一生、子どもたちの顔を見ることはないのかもしれない。そう想像するだけでも胸が張り裂けそうだった。
「待ってください!」
――しかし、そこへ美雪の声が広間に響き、連れて行かれようとした私のもとへ慌てて駆け寄ってくる。
「国王様、私からもどうかお願いです。私の夫を、どうかこの国に留めていただけませんか?」
玉座に座る国王に向かって、美雪は座り込んで頭を下げ、必死にそう懇願する。
しかし国王はフンと鼻を鳴らし、「この男は国外追放の刑に処す! これは決定事項だ。今更変更などできぬ」と頑なに言い張ち、取り合ってもらえることすら許されなかった。
……もはや、これ以上何を言っても無駄だろうと感じた私は、全てを諦めて、最後に美雪に伝言を託すことにした。
「美雪、私のことはもういい。……渚と琴音のことを、よろしく頼む」
「そんな………」
美雪はショックのあまり、両手で口を押さえて目元に涙を浮かべた。
しかし、彼女はそれでも引き下がらず、眉をしかめて国王の方へ振り返ると、立ち上がって自分の胸に手を当て、こう言い放った。
「どうしても彼を追放するというのなら、私も一緒にこの国から追放してください!」
「なっ、いきなり何を言い出すんだ美雪っ⁉」
これには国王たちだけでなく、私まで驚いてしまった。
このままこの国に残れば、渚や琴音と一緒に勇者の道を歩めるというのに、彼女はその道を捨ててまで私に付いて行くと言うのだ。
「この人は私の夫であり、生涯運命を共にしてゆくことを誓いました。彼一人が追放されるくらいなら、私も一緒に追放された方がマシです!」
美雪は真剣な目で国王にそう訴える。
国王は面倒そうな表情を見せながら頭を抱え、眉間にしわを寄せていたが、やがて折れたように項垂れて言った。
「………分かった。その男と共に、何処へなりと好きなところへ行くがよい」
――こうして、私と美雪は、二人して神聖ギブリール王国王都から追放されることになった。