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第37話 妻をたずねて三千里

◇◆◇


 次の日、私はチートーにルノとテシアを乗せ、アルテオンの街へ戻った。


 向かった先はステラの鍛冶屋。その理由は、クライスト主教率いる「クライスライヴ教団」についての情報収集と、次なる旅へ向けての準備のためだ。



「……やれやれ、まったくアンタらも散々な目に遭ったねぇ。よく生きて帰れたもんだよ」


 ステラの鍛冶屋、地下にある秘密の部屋。


 相変わらず下水の臭いが辺りに漂う中、ステラがコーヒーの入ったカップを私たちの座るテーブルに置きながらそう言った。


「“骨までしゃぶるハンヴィル“……あの悪名高き奴隷ハンターを本当に殺っちまうなんて、アンタ凄いよ!」

「たまたま奴の本体である魔石を見つけて、それを砕いただけだ。運が良かった」


 私たちは、ステラにこれまで私たちの身に起きた経緯を話した。


 そして話す際、私のチートーがシスリ村を襲ったハンヴィルを倒したということだけ伝えた。ルノが本当は魔族であることや、ルノの隠していた本名については、まだ彼女に伝えていない。


 ステラを信用していないから隠す、と言う訳ではないのだが、彼女にルノを敵視してほしくないという意図もあり、現状は秘密にしておこうということになったのだった。


「ハンヴィルは百年前の人魔大戦で”王下八魔凶おうかはちまきょう”の一人として魔王に支えていたみたいだけれど、今はクライスライヴ教団の主教率いる傭兵部隊”クライストの猟犬”の隊長として暗躍していたみたいなの」

「ふん、クライスト・コルドバン主教ね……そいつもとんだ悪名高い大物さ。奴隷売買で得た巨額な金を、信仰主である女神マセラティスに貢いでる。相手を信者に引き込むためなら尋問や拷問もいとわない狂信者さ。今はギブリール王国辺境にあるパサートの街に居城を構えているって話を聞いたことがあるね」

「パサートの街?」

「ああ、見渡す限り赤い砂丘の広がる砂漠地帯の中にある街さ。あそこでは水は貴重なものとして扱われるから、多めに持って行ったほうがいいね」


 聞くところによると、そのパサートの街はアルテオンの街から更に東へ進んだところに位置しているらしい。王の道(キングスハイウェイ)66号を通って行けば着くらしいが、道中は砂丘の続く灼熱の砂漠地帯を通り抜けるため、街に着く前に力尽きてしまう者も少なくないという。


「砂漠地帯か……となると、今のチートーが履いている溝の浅いタイヤのままでは、確実に足を取られてしまうだろうね」


 私がそう懸念すると、ステラが言う。


「砂漠走行用のタイヤか……用意できないことはないと思うが、アンタ金は用意して来たのかい?」

「残念だが、まだ用意できていないんだ。だからチートーの改造についての依頼はまた次回になりそうだ」

「だが、砂漠用のタイヤ無しでどうやって砂丘に挑もうっていうんだい?」


 ステラが肩をすくめてそう尋ねてくる。


「それなら心配要らない。わざわざ路面状態に応じてタイヤを変える必要は、このチートーには無いんだ」


 私はそう言ってチートーの運転席に乗り込み、タッチ画面を操作する。


◆運転者

【ドライビング(ユニークスキル)】

◆マシン

【物理攻撃無効化】、【轢き殺し】、【地理把握】、【酸耐性】、【炎耐性】、【猫足】、【高度跳躍】、【遠隔会話】、【雷耐性】、【圧力耐性】、【形状変化(New)】、【強運(New)】


 前にスライムのハンヴィルを戦って倒した際、この【形状変化】と【強運】いうスキルを獲得していたのだ。


 おそらく、【形状変化】は倒したスライムであるハンヴィルから。そして【強運】は、トゥクトゥクが奴の本体である魔石持ちの個体を見事発見できたことが、スキル会得に繋がった理由なのだろうと思う。


 この新スキル【形状変化】を、タイヤ回りに付与してやれば……


「シャシー、形状変化スキルでタイヤの硬さと溝の形状パターンを砂漠用に最適化できるか?」

『可能です。お待ちください』


 暫くすると、チートーの履いていたタイヤの表面が、それまで真っ直ぐな形状パターンのものからジグザグとしたものへ変わり、より深い溝を持つタイヤへと変化した。


『この形状であれば、砂漠での走行が可能です』

「ありがとうシャシー」

「こりゃ驚いた……アンタの車は本当に何でも出来るんだな。これなら、いつかこの車で海を渡ることだって出来ちまいそうだ」


 そう言ってステラが笑う。


 これでタイヤの問題はクリアできた。


 そしてあと一つ、私たちはステラに頼まなければならないことがあった。


「ステラ、すまないがこの子を……テシアを暫くの間、ここにかくまわせてくれないか?」

「何だって?」


 ステラは驚いた顔で、ルノに連れられたテシアを見る。


「今回の旅は、私も同行するの。でも、テシアにまで命の危険は犯せないわ。……だから、私たちが戻ってくるまでの間だけで良いの。お願いできないかしら?」


 ルノがそう頼み込むと、ステラは頭を掻きながら言った。


「おいおい、ここは託児所なんかじゃないんだよ」

「どうにか頼めないか? 彼女たちも唯一の居場所であった村を無くして、テシアには今帰る場所がないんだ」


 私からもステラに頼み込み、三人から懇願された彼女は「はぁ……もう分かったよ。少しの間だけだからな」とようやく頭を縦に振ってくれた。


「ただし、私の淹れる下水風味のコーヒーにいちいち文句言うんじゃないよ」

「うぅっ……べ、別に平気だもん!」


 そうステラに言い付けられたテシアは、嫌そうに顔をしかめつつもそう言い返した。


「テシア、ステラさんに迷惑掛けちゃ駄目だからね」

「うん、分かってる。お姉ちゃんも気を付けてね。それにタケユキ様も!」


 最初、パサートの街へ行くと打ち明けた際、「私も付いて行く!」と一点張りだったテシア。しかし私とルノの説得もあり、ようやくこの街に残る決心が付いたようだった。


「お土産を楽しみにしているといい。良いものを見つけて帰ってくるよ」

「本当ですか⁉︎」


 喜んではしゃぐテシアを横目に、私はステラに言う。


「すまないが、この子を頼む。次に戻って来たら、その時には必ずチートーの改造を――」

「ああ分かってるよ。嬢ちゃんのことも任せな。子どもの世話をするのは嫌いじゃない」

「……ありがとう」

「ただ、ちょっと待った」


 ステラは私を呼び止めると、秘密の部屋の奥にある倉庫に入っていき、暫くして何かを手にして戻ってきた。


「こいつを持って行きな」


 そう言って渡されたのは――


「これは……拳銃か?」

「そう。弾は全部で十五発。予備の弾倉もグローブボックスに入れてある。護身用に持って行きな。アンタはチートーに乗っている間は無敵だが、降りてしまえば途端に丸腰も同然だ。主教相手にそれじゃマズいだろう」


 私は戸惑いながらも、革製のホルスターに納められた自動拳銃を受け取る。どうして彼女がこんなものを持っているのか不思議に思ったが、これも彼女の言えない事情の一つなのかもしれない。


 私は渡された拳銃をステラからの恩だと割り切り、素直に受け取ることにした。


「……ああそれと、アンタの乗るチートーだがね――」


 ステラはそれから、耳打ちで()()()()を私に伝えて――


「……良いのか、そんなことまでしてもらって」

「なぁに、そのくらい私にとっちゃ朝飯前だよ」


 ステラはそう言って肩をすくめ、それから思い出したようにこう付け加えた。


「……おっと言い忘れたが、使った爆薬、弾薬代はきっちり改造費に上乗せしとくからな」


 相変わらず、金銭面にはしっかり抜け目のないステラだった。


◇◇◇


 ――こうして、私とルノはトランクにたくさんの水と食料を積み込み、パサートの街へ向かうべく、鍛冶屋を後にしたのだった。


「拐われた村の子どもたちを必ず見つけ出さないと! それに、ユッキーの奥さんもね!」


 そう助手席でルノがそう意気込むと、後部座席に居たトゥクトゥクが「トゥック」と元気よく返事する。


 ハンヴィルとの戦いで能力を使い過ぎてしまい伸びてしまっていたトゥクトゥクだが、今ではすっかり元気を取り戻したようだった。


「二人とも意気込み十分みたいだね。……ああ、必ず取り戻そう」


 私はふと、妻である美雪のことを思った。


(……あの日、不遇で別れてからもうかなり時間が経ってしまった。美雪は無事だろうか?)


 私の胸の内に、拭えない不安が渦巻いていた。


 別れ際、瀕死だった私の前で兵士に連れ去られてゆく美雪が、必死に助けを求める光景が脳裏を過ぎる。


「……美雪、必ず助けに行くから、どうか無事で居てくれ」


 私はハンドルを握り締め、妻と村の子どもたちの奪還を誓い、アルテオンの街を出た。

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