第36話 過去と決別するために
ハンヴィルを倒した私たちはシスリ村へ戻ると、亡き村人たちを供養するため、あちこちに転がった骨を全て拾い集めて、地面に穴を掘り埋めてやった。
埋めた地面の上に拾ってきた石を積み重ね、粗末ではあるが墓標を築いた私たちは、その前に立って手を組み、静かに祈りを捧げた。
「……どうか、村の人たちの亡き魂が無事に天に召されますように……」
静けさに満ちた空気の中で、私はルノの祈りの言葉と共に、村人たちの冥福を祈った。
……供養を済ませた後、ルノは私のところへやって来て言う。
「街で別れたつもりが、またこうして再開することになっちゃうなんて……私たち、切っても切れない縁で結ばれてるのかもね」
「ああ、そうかもしれないな。君たち二人とも無事で良かった。シスリ村の人たちのことは残念だったが……」
「ええ……でも今回の事件のおかげで、私もようやく踏ん切りが付いたの」
「踏ん切り?」
私がそう尋ね返すと、ルノは真っ直ぐな目で私を見て言った。
「……私、魔王メルデウスに会いに行くわ。そして彼と直に会って、これまでに起きた全ての事実を話す。なぜ私が今まで正体を隠して生きてきたのか、その理由も含めて」
「でも、それでは君は仲間を討った反逆者として殺されてしまうんじゃないのか? 魔王のところへ出向くことは、自ら死にに行くようなものじゃないか」
「ええ。きっと私は魔王からの怒りを買い、反逆罪で処刑されるでしょうね」
ルノは肩をすくめながら、自分が殺されるかもしれないという見解を軽い口調で言ってのける。
「でも、それでいいの。……私、これまでこのシスリ村で楽しい暮らしを送りながら、裏ではずっと自分の犯した罪から逃げ続けてきた。……時折夢に見るの。私が手に掛けた魔王軍第六師団の生き残りたちの亡霊が、私にささやきかけてくる悪夢を。百年の間、ずっとその過去を忘れようと努力してきたけれど、今でも忘れられない。……結局、過去からは絶対に逃れられないって、百年経ってようやく分かったの」
ルノはそう言って、自嘲するように笑みを浮かべた。
「……だから、私は自分の犯した罪に対してけじめを付けに行く。もう過去に囚われながらコソコソ隠れて生きていくなんてイヤなの!」
彼女の放つ言葉に、私は何も反論できなかった。
何故なら、ルノが本当に心からそう望んでいることが、真摯な表情から読み取れてしまったからだ。
元はと言えば、ルノも魔族であり、魔族の中でも高潔なダークレオン。何事も中途半端のままなのを好まず、白黒はっきり付けないと気が済まないような種族なだろう。
故に、彼女は自ら魔王のもとへ出頭する決断を下したのだ。
「ルノが本当にそう望むのであれば、好きにすればいい。……ただ、君が死んで悲しむ者も居ることを、忘れちゃいけない」
私はそう言って、未だにシスリ村の村人たちを葬った墓標の前で静かに祈り続けるテシアに目を向けた。
「……ええ、分かってる。テシアにはまだ、このことを秘密にしておいて。こんな事をあの子に話したら、きっと私の傍から離れなくなっちゃうから」
ルノはそう私に頼み込む。
「秘密にしたとしても、君が死ねばいつかはテシアも気付く。隠そうと隠すまいと、彼女が悲しむことに変わりはないと思うが?」
「…………」
反論できず、口をつぐんで黙り込んでしまうルノ。
きっと、彼女は迷っているのだ。今はそっとしておいた方が良いようにも思うのだが……
でも私は、あえて口を挟んだ。
「別に、今ルノが処刑されると決まった訳じゃない。まだ魔王に事実を話してもいないし、魔王が君の犯した罪を許さないとも限らない」
「……そんなの、許さないに決まってるじゃない! 私は魔王軍の仲間たちを皆殺しにしたのよ!」
「真の指導者は、どんな時も常に心を広く持ち、感情に任せてむやみに白黒を決め付けたりはしないものだ」
――なんて、気取ったようにルノに言い聞かせてみたものの、実際の魔王は、反逆者を即死刑台送りにするような血も涙も無い冷酷無比な男なのかもしれない。断定はできない。
でも私は、その魔王メルデウスという男が、きちんと冷静に事実を分析して、感情に左右されず的確な判断を下す優良な指導者であると信じたかった。
「……もし、私も魔王に謁見する機会があれば、ルノの罪をできるだけ軽くしてもらえるように取り合ってみよう。聞き入れてもらえるかは分からないがね」
私の言葉にルノは驚いていたが、やがて柔和な目付きになって微笑む。
「ありがとう、ユッキー。……そうね。私も少し先走りが過ぎたわ。今、私たちにはやるべきことがすぐ目の前にあるんだものね」
「……ああ、そうだ」
ルノと私は互いに顔を見合わせ、一言一句違わない言葉がシンクロする。
「「コルドバン主教を探し、捕まった村の子どもたちを救う」」
それが最優先事項だった。シスリ村の人たちは全滅した訳ではない。まだ数人の子どもたちが生き残っている。彼らを見捨てて行く訳にはいかない。
――そして、私にはもう一つの理由があった。
「……おそらくだが、私の探している家族の一人も、コルドバン主教のところに居る」
「ユッキーの家族が!? どうして分かるの?」
そうルノに問い掛けられ、私は思い返す。
初めてこの世界に転移させられ、転移先の王国で才能無しと追放され、殺されてしまったあの夜のことを……
「――心配するな、あの女は殺さねぇ」
「国王様の前でワガママをほざいた罪は重いぜ。あれでもかなり相当ご立腹のようでね。彼が仰るには、あの女は王国に連れ戻した後、質の良い観賞用の奴隷として裏ルートのとある教団へ売りに出すそうだ」
「あんなそそられる体で、おまけに魔力適応値もそこそことなれば、かなりの高値で売れるだろうよ」
私を殺した王国兵士が、瀕死の私に向かって吐き捨てた言葉。その一言一句を、私は今でもはっきりと思い出せる。
裏ルートのとある教団――それは、今回名の挙がったクライスレイヴ教団と見て間違いない。
そして私の妻――美雪は、おそらく奴隷としてクライスレイヴ教団に送られている。
つまりは、教団の頭であるクライスト主教を問い詰めれば、美幸の居場所も同時に突き止められるということになる。
「私の妻である美雪は、奴隷として教団に連れて行かれたんだ。だから、村の子どもたちと一緒に、美雪もこの手で奪還したい。協力してくれるか?」
「……なるほど、共同戦線って訳ね。いいわ、どうせ切っても切れない縁なんだし、とことんまで付き合ってあげるわよ!」
ルノと私は再び意気投合し、互いに固い握手を交わした。
……こうして、私は元魔王幹部だったルノと再び協力関係となった訳だが、私をこの世界に送り込んだ天界側の女神たちから見れば、この展開は予想外だっただろう。
だが、私の目的はあくまで家族の奪還であり、魔王の討伐は二の次だ。家族を取り戻すためなら、相手が魔族であろうと悪魔であろうと喜んで手を結ぶ。女神たちがその行為をどう捉えようと知ったことではない。
「ありがとう。よろしく頼むよ、ルノ」
「こっちこそ! ダークレオンの私とユッキーのチートー。二匹の“黒獅子“が相手なら、向かうところ敵無しね!」
ルノは自信満々にそう言ってウインクした。
◇◆◇
――同時刻、シスリ村から少し離れた、迷いの森。
互いに手を握り合い、意気投合するルノと武之。
……そんな二人の様子を、木陰に隠れて静かに監視する目があった。
「……へぇ〜、まさかあの“黒き百獣の王“、シロエちゃんが生きていたなんて驚きヒョロ。第二次人魔大戦の時、もうとっくに死んでると思ってたのに、こーんな辺鄙なところで水を打って、一体何してたヒョロ?」
木の枝の上で独り言を漏らしながら身を潜める監視者の正体は、まだ二十歳にもならない小柄な少女だった。
しかし、少女の小さな背中からは自分の背丈を超えるほどの巨大な翼が生えており、彼女が普通の人間でないことは明らかだ。
少女は何かしらの魔法を発動させているのか、黄色く光らせた目を村の方へ向けて、遠くに居る武之たちの様子を伺っていた。
その姿は、まるで闇に紛れて地面から獲物を狙う猛禽類のように見える。
……ただ残念なことに、彼女の口から漏れる特徴的な語尾のせいで、彼女に対して周りが抱く恐怖は惜しくも半減してしまっていたのだが。
「ま、そんなのアタシにゃどうだっていいことヒョロ。……でも面白いことになってきたヒョロ。生きていたシロエちゃんはともかくとして……あの黒い獣を駆る人間、一体何者ヒョロ?」
その小さな監視者は、武之がチートーに乗ってボーグスライムのハンヴィルを倒すところもしっかりと目撃していた。
そして、村で起きた一連の出来事全てを目に収めた少女は、ようやく撤収を決めたらしく、自身の目に掛けていた【映像記録】スキルを解く。
そしてひょいと立ち上がると、長い間じっとしていたせいですっかり凝り固まってしまった手脚をポキポキ鳴らしながら、腕を伸ばしストレッチした。
「う〜〜ん、アイタタ……もうアタシばっか、いつもこんな地味な役回りで嫌になっちゃうヒョロ。……ま、でも色々と興味深いところが見れたから、魔王メルデウス様にも良い報告ができそうヒョロ。ピーヒヒヒッ!」
監視者はニヤリと笑みを浮かべ甲高く笑い、背中に生えた巨大な翼を一杯に広げて、暮れゆく空へ一気に舞い上がる。
そしてそのまま空中を高速で飛行し、迷いの森の奥へと消えていった。




