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第35話 ライン越えの末路

◇◆◇


「くっ……クソっ……クソっ! ぼ、ボクの自慢の体がぁっ……どうして奴ら、ボクの本体をあんなにあっさり見抜いちまったんだよクソがぁああああっ‼︎」


 シスリ村の外れ、迷いの森へと続く荒れ地の中を、小さな影がズルズルと這うようにして移動していた。


 悪態をつきながら、もはやバケツ一杯分ほどの体積しか無い体を引きずってゆくその小さなスライムは、つい数時間前にシスリ村を襲った、スライム族最上位族であるボーグスライムのハンヴィルだった。


 かつて最強と謳われる王下八魔凶の一人だったスライムは、今ではその体のほとんどを失い、心臓である魔石はチートーの突進によって粉々に打ち砕かれ、ほぼ瀕死状態。


 辛うじて飛び散った魔石の破片の一部を体に抱えて命を繋ぎ止め、どうにか生き延びていたのだった。


「こ、こんなところで死んでたまるかっ! ………ふふ、そうさ……このボクが、こんなところで死ぬなんてことは絶対にあり得ないんだ……ボクは無敵だ、このボクこそが魔族の中で最強なんだ……あんな格下の雑魚共を相手に、負けるはずないだろうがよっ!」


 自分が敗北したことを否定するように空威張りな暴言を吐きながら、残された小さな体でひたすら地を這いずり逃げてゆくハンヴィル。



 ――しかし、哀れな彼の逃走劇は、いとも呆気なく終わりを迎えることになった。


「………そこの君、ちょっと止まってもらえるかな?」


 ハンヴィルの逃げる先に、一人の影がすっと立ち塞がる。


 視線を上げると、そこには黒スーツを着た人間の男が立っており、彼の表情は影が落ちてよく見えず、ギラリと光る目だけが、こちらをじっと見つめていた。


「ひ、ヒィッ‼︎」


 ハンヴィルは戦慄し、体の表面をブルッと震わせて背後に跳ね退く。


(……ま、まさかあの黒い悪魔に乗ってたアイツかっ!? ま、マズい……魔石を壊された今のボクは持てる魔力も雑魚な魔物以下……このままじゃ確実に殺られるっ!)


 ハンヴィルは近寄って来る男から逃れようと、必死に地面を虫のように這い回る。


 しかし今度は、左右から伸びる二人の影に行く先を塞がれた。


 その二人は、顔に激しい怒りを滲ませ、凍るほどに冷たい目でこちらを睨み付けていた。


(シロエ・クサラ! それに連れの女のガキまで……畜生っ!)


 音も無く現れた三人は、逃げるハンヴィルを囲うようにして徐々に追い詰めてゆく。


「……く、来るなぁあああああっ! テメェら雑魚なんかに構ってる暇なんかないんだよぉっ!!」


 激怒したハンヴィルは、小さな体をボールのように跳ねさせ、包囲網から逃れようとした。


 ――が、ハンヴィルが地面に着地した瞬間、いつの間にか背後に回り込んでいた黒い影に心臓部である魔石を踏ん付けられ、地面と板挟みになったまま身動き取れなくなってしまう。


「なっ! か、体が……い、一体何がどうなって――!」


 ハンヴィルは訳も分からず視線を上げると、そこには車の()()()()()が、すぐ目の前まで迫っていた。


「なっ! 何だこれぇええええっ!?」


 ハンヴィルはゾッとして、無いはずの背筋を凍らせる。


『――捕まえました、武之様』

「でかしたぞ、シャシー」


 AIシャシーの自動運転により、静かにハンヴィルの背後を取って忍び寄っていたチートーが、奴の心臓である魔石をリアタイヤと地面の間でがっちりと挟み込み、捕らえることに成功していたのだ。


 ハンヴィルは慌てふためいて、どうにか脱出しようと必死にもがいていたが、その間に三人に距離を詰められてしまい、完全に逃げ場を失った。


 万事休すとなった彼に、黒スーツの男――武之が近寄り、冷たい声で尋ねてきた。


「……さて、愚かなスライム君に一つ聞きたいことがある。正直に答えてもらおうか」


◇◆◇


 私はルノとテシア、そしてAIシャシーの操るチートーと連携して、スライムの怪物を捕まえることに成功した。


 そして私たちは、ようやく腰を据えてスライムの怪物――王下八魔凶の一人であるハンヴィルから情報を聞き出すことができるようになった。


「君はなぜ、シスリ村の住人を襲ったんだ? 誰かに命令されてやったのか?」


 私からの問いを聞いたハンヴィルは、もう自分はこの拷問の場から逃げられないことを悟ったのか、脱力したように息を吐き、イラついた口調でこう答えた。


「あぁ? ボクが村を襲った理由だぁ? ……ふふふっ、そりゃあ、かの有名なS()()()()()()()()()()()()()からの頼みじゃ、断ることなんてできないよねぇ?」


 私はその言葉にピンときて、それから呆れたように深い溜め息を吐いた。


「……マスダンク・クロフォード。まったく、懲りない男だ」

「あれあれぇ? もしかして彼をコテンパンに打ちのめしたのって、君だったのかい? ……ふはははっ、それは凄いやぁ! 君はとっても強いんだねぇ。中身はただのひ弱な人間のくせに、あの黒い悪魔に乗った途端、異次元並みの強さと速さを誇る……あぁ、君がとてもうらやましいよ。憎いほどにねぇ……」


 逃げ場を無くしてさえも、ハンヴィルは私たちに向かって舐めた態度で突っ掛かってくる。


 奴の言う”黒い悪魔”とは、私の乗るチートーのことだろう。自分の愛車を悪魔と呼ばれ、私は思わず顔をしかめた。


「ねぇねぇ、君の名前を聞かせてよぉ? ボクと一緒に手を組まないかい? そうすれば、きっとボクら大儲けできるよ。クライスト主教様もきっと君のことを気に入ってくれるはずさ。ボクが紹介してあげてもいいよ〜?」


 そう私に向かって甘い勧誘をしてくるハンヴィル。


 しかし、私は口をつぐんだまま、何も言葉を返すことができなかった。


 ……何故なら私は、彼の悪辣な態度を前に反吐が出そうなほどの嫌悪感を抱いていたからだ。


 はっきり言って、私がに彼に対して抱いた感情は「最悪」以外の何物でもなかった。


 目の前に居る相手の、最も大切にしているものを全て根こそぎ奪っておいて、良心の呵責かしゃくどころか、その相手に舐め腐った態度を取り、反省の態度を見せない。


 間違いなく、こいつは人間のクズだ。……いや、姿形からして人間ではないのだが、クズなことに変わりはない。


「だ、だから今回は見逃してくれないかなぁ? ……も、もちろん報酬は後でたっぷりと――」


 必死にすがり付いてくるハンヴィルの猫撫で声が響く中、私は無言のままチートーに乗り込み、シャシーの自動運転機能を解除する。


 ヴォオウン! ヴォオオオオゥン! ヴォオオオオオオオオゥン‼


 そして、ブレーキを踏んだままアクセルを一杯に踏み込み、V8エンジンを唸らせた。


 猛烈な轟音が辺りに響き、同時にハンヴィルは「ヒイィイイッ!」と情けない声を上げる。


「……どうやら、君は自分の立場をわきまえていないようだね」


 私は運転席の窓を開け、身を乗り出しながらハンヴィルに向かって言った。


「君の犯した行為は、もうとっくに私たちが許しを与える()()()()()()()。……言っている意味が分かるかい?」

「なっ!………」


 ハンヴィルは焦ったように体を震わせ、青いスライムの体色を更に濃くさせた。文字通り、「真っ青」になった訳だ。


「ちょ……ちょっと待て! 待ってよ! ……ね、ねぇ聞いてよ。ボクが村の獣人たちをみんな食べちゃったって言ったけど、()()()()なんだ! 生きのいいガキの何人かは、奴隷商品用にマスダンク君に馬車に積ませてとある場所に運ばせたんだ! 彼らが何処に向かったのか、知りたくないのかい? 僕にしか彼の行き先は分からないと思うんだけどなぁ~?」


 自分だけ生き残りたいがあまり、仲間を売ってまで交渉を持ち掛けてくるハンヴィル。


 しかしそこへ、ルノの声が遮る。


「耳を貸さないで! 生き残った子どもたちを何処へ連れて行ったかなんて、少し考えれば容易に想像が付くわ。……きっと、アンタの主人であるクライスト主教のところに運ばせたんでしょ? 奴隷を売るために運ぶ場所と言えば、奴隷売買を一手に担う彼の牛耳っている”クライスレイヴ教団”をまず最初に思い浮かべるはず。教団に売る方が、他の商店で売るよりずっと高値で売れるし、金儲けすることができるから。……違うかしら?」


 ルノの問い掛けに、ハンヴィルは明らかに動揺を滲ませた声で叫ぶ。


「なっ! なな、なに馬鹿なこと言ってんだよ、この死に損ないがっ!」

「あら、本当の死に損ないは果たしてどっちなのかしら? ……ただ自分の偉い立場を相手に自慢するためだけに放った言葉が、返って自分の立場を危うくすることもあるってことを、アンタは学ぶべきね。そうじゃない? ハンヴィル?」


 ルノは、完全にハンヴィルの手の内を読み切っていた。


 簡単に子どもたちの運び先を言い当てられ、交渉材料を無くしてしまったハンヴィルは、とうとうムキになって聞くに堪えない幼稚な罵倒を喚き散らし始める。


「こ、このくたばり損ないがぁあああああっ‼ お前なんか人魔大戦の時にぶっ殺されて死んでいれば良かったんだっ! 魔王に逆らった裏切者が偉そうにしやがって! ふざけんじゃねぇよ! どうせお前もすぐに処刑されて死ぬ運命なんだ! とっととくたばりやがれよカスがぁあああああっ!!」


 ハンヴィルの怒号は、灰色の曇天の中に虚しく響いてゆくだけだった。


 私は溜め息を吐いてチートーの運転席に腰を下ろすと、ハンドブレーキを下ろし、クラッチを踏み込んでギアシフトをリバースに入れた。


 ハンヴィルの心臓部である魔石を踏んでいたタイヤが少しずつ後ろに動いて魔石に圧力をかけ、石の表面に大きなひびが入ってゆく。


「ヒッ⁉︎ ……ちょ、ちょっと待って待って待ってよっ‼︎ この魔石が砕けたら、ボクは本当に死んでしまうよ! だ、だから、どうかお願いだから助けてよぉっ! 死ぬのだけは嫌なんだ……ボクはこんなところで簡単に死ぬようなモブなんかじゃないんだぁああああああああああっ!」


 まるで子どもが泣きじゃくるようなハンヴィルの断末魔が響く。


 そんな中、私は彼に向かって、ささやくような声で静かに呟いた。


「………どうか安らかに、()()()()()()


 クラッチを離しアクセルを踏み込む。チートーは唸り声を上げて後進し――


 パキンッ!


 ハンヴィルの心臓である魔石を轢き潰した。


「あ”っ”!………あ”ぁ”ああ………あぁあああああああ……あ………」


 魔石が砕け、心臓を失ったハンヴィルは、残ったスライムの体と共に溶けて、地面に吸い込まれるようにして消えていった。




『――ボーグスライムの討伐を確認。合計2600PTの経験値を獲得』


 ピロロン


『チートー900Sのレベルが65に上昇しました』


『スキル【形状変化】、【強運】を獲得しました』

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