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第34話 反逆者の告白

「ぎゃああああああああああああああっ!! ボ、ボクの体……ボクの体がぁあああああああっ!!」


 辺りに轟くスライムの悲鳴。


 心臓である魔石を失い、スライムの怪物はシュウゥゥ……と蒸気を上げ、あっけなく溶けて消えていった。


 シスリ村の方を見ると、分身していた個体も全て溶けて消えてしまったらしく、村の中にスライムらしき影はどこにも無かった。


 そしてルノは……力尽きたように、地面の上に腹這いになって横たわっていた。


 私はチートーを走らせ急いで村へ戻り、倒れたルノのところへ駆け付ける。


 ルノは、スライムの強酸攻撃にやられたのか、体の至る所に深い火傷を負っていた。


 けれど息はあり、呼びかけると薄っすら目を開いたので、私とテシアは安堵して胸を撫で下ろした。


「……は、ハンヴィルは? 他のスライムたちは?」

「あのスライムの怪物のことなら心配ない。奴の心臓部である魔石を持った本体を見つけて粉々に砕いたんだ。呆気なく溶けて消えていったよ」


 私がそう答えると、ルノは驚いたように目を見開いていたが、やがてその目付きは柔和になり、「ふふ」と笑みが漏れた。


「ユッキー……やっぱりアンタって最強ね。相手はあの王下八魔凶の一人だったってのに、それをあっさり倒しちゃうなんて」

「私だけじゃない。トゥクトゥクとテシアの協力があったおかげだよ。特にトゥクトゥクは奮闘してくれてね」


 そう言って振り返ると、チートーの横で、能力を使い過ぎてすっかり伸びてしまったトゥクトゥクを、テシアが縫いぐるみのように抱きかかえて立っていた。


「トゥイナ姉っ!」


 テシアが心配そうな表情でルノに駆け寄る。


 例え恐ろしい獣の姿に変わってしまっても、彼女のルノに対する心配の気持ちが変わることはなかった。


 それをルノ本人も感じ取ったようで、涙を浮かべるテシアに、優しく寄り添うようにして頭を下げた。


『色々と心配かけちゃってごめんね、テシア』

「ううん、お姉ちゃんが無事で居てくれただけで嬉しい! 良かった!」


 お互いに無事なことを確認して安堵する二人。そんな中、私はルノに声をかけた。


「まさか君が魔族で、しかも魔王軍幹部候補の一人だったなんて、驚きだよ。君には色々と聞きたいことがあるんだ」

「……ええ、分かってる。何でも聞いて。信頼できるユッキーになら、私の過去を全て打ち明けられると思うから」


 そう言って、ルノは自分の秘密を明かす覚悟を私に見せた。


「だが、その前に傷の手当てをしないといけないね。チートーのトランクに医療道具があるから、それを使おう。……しかし、こんな巨体になられては包帯が足りないかもしれないが」


 私がそう懸念を口にすると、「それなら心配しなくていいわ」とルノが答えた。


「【獣化】解除、【魔力封じ】発動――」


 ルノがそう呟くと、途端に全身が光り出し、体格がみるみるうちに縮んでいって、やがて人間の姿へと形を変えた。


 そして光が消えると、そこにはいつもの猫耳を生やしたルノの姿があった。


 ただ、獣化した際に身に付けた衣服は全て弾け飛んでしまい、すっかり()()()()()()()姿()で、そこに立っていた訳なのだが……


「? ……なに? どうかしたの………っ!!?//////」


 ルノは自分が全裸であることに気付き、慌てて大事なところを手で隠して、ペタンと地面にアヒル座りする。


「こ、こっち見たら殺すから!/////」


 顔を真っ赤にして声を上げるルノ。


 確か前にも同じことを言われた気がして、「やれやれ、相変わらず物騒なお嬢さんだ」と私は肩をすくめながら、自分の上着を脱いでルノの背中に掛けてやった。


◇◇◇


「――さっきも話した通り、私の本名はシロエ・クサラ。種族はダークレオン。私たちの一族は代々高潔で弱肉強食の頂点に君臨し、その強さを魔王メルデウスに認められて、王下八魔凶のメンバーに選ばれたの。だから人間たちからは”黒き百獣の王”って呼ばれていたわ……イタっ!」


 ルノがそこまで話したところで、私が応急医療キットから取り出した消毒液を火傷した箇所に塗ると、彼女は少し痛がった。


「そんな君がどうして人間……いや、獣人の姿に化けて村に潜伏を?」


 私がそう尋ねると、ルノは少し憂いを帯びた表情を浮かべながら答えた。


「今から百年前……人族と魔族がぶつかり合う大きな戦いが起こったの。”第二次人魔大戦”と呼ばれるその戦いで、私たち王下八魔凶は魔王軍全八師団を率いる師団長に任命された」

「ほう、それはまたご立派な役職じゃないか」


 火傷した腕に包帯を巻きつつ、私が感心しながらそう言うと、「でも私には荷が重すぎたわ」とルノは続ける。


「きっと魔王は、私たちが軍を率いるリーダーとして本当に相応しいのか、その腕を試すために手下一人一人に軍を託したのね。私も第六師団を率いる師団長に任命されたのだけれど……結局魔王の期待には、応えられなかった」


 そうしてルノは、当時自分の率いていた魔王軍第六師団に襲い掛かった悲劇について語り始める。


「私の師団は人間族の猛攻に遭って壊滅的な被害を受けてしまった。そして敗走していた私たちは、迷いの森近くにあるとある村に辿り着いたの。それが獣人たちの住むシスリ村。当時、私の率いる第六師団の生き残った魔族たちは皆疲弊し、酷く飢えていたわ。そんな彼らは、村を見るなり私の命令も聞かず勝手に村を襲撃し、物資を略奪し始めたの」


 当時の状況が脳裏に蘇ったのか、ルノは震える肩を両手で押さえ付けながら話を続けた。


「……きっと生きるか死ぬかの戦い続きの毎日で、みんな狂気に取り憑かれてしまっていたのね。彼らはまるで戦いに負けた鬱憤を晴らすかのように残忍な方法で村人たちを次々と襲っては殺し、食糧を奪い、そして家に火を放っていった。仲間の魔族たちが村を襲い略奪する様を目の当たりにした私は、もう見るに耐えなくなって、暴走する彼らを必死になって止めようとしたの……」


 そこまで言って、ルノは口をつぐむ。震える彼女の唇が、この先ルノの身に起こる不幸を予感させていた。


「……そうして、気付いた時には、仲間の魔族は皆死んでいたわ。―――()()()()()()。第六師団の生き残り、全員……」


 火傷跡に包帯を巻いている間、私はルノの語る悲壮な過去を静かに聞いていた。


「つまり君は、魔族の襲撃から村の人々を救った……という訳だね」

「ええ……村の人々からはとても感謝されたわ。村を危機から救った救世主だと。そして村の守り神である”黒獅子様”の伝説が生まれ、今日まで語り継がれることになった」

「なるほど、黒獅子様というのは君のことだったのか」


 事実を聞かされ、私は心の内で納得する。


 最初、初めて村に私がやって来た時、同じ黒いボディーである繋がりから、村の誰もが私の乗るチートーを「黒獅子様」呼ばわりしていた。


 ……だが、真の黒獅子様は、ここに居るルノ当人だったのである。


「確かに、シスリ村の住人たちから見れば、私は救世主に見えたことでしょうね。……でも、魔族側から見れば、私のしたことは到底許されたことじゃないわ。自分の率いていた師団の仲間たちを手に掛けたんだもの。魔王軍の掟で、仲間討ちはどんな理由であろうと反逆罪で極刑に処される。……きっとこのまま戻っても、私は殺されるだけ」

「だから君は、戦争で負けて死んだと周りに思わせ、自身は獣人に化けてルノ・トゥイナとして第二の人生を歩むことを決めた……という訳か」


 私がそう言葉を続けると、ルノはこくりと頷いた。


「その通りよ。私は【魔力封じ】の術を自分に掛けて自身の魔力を封じ、自ら洞窟の中に身を隠した。そして獣人の姿に化けてこっそり洞窟を抜け出し、自然と村人の中に溶け込んでいったの。村人たちが私を洞窟に追い込んで封印したって言われてるけど、あれは嘘。全ては魔族側に自分が人間に倒されたと思わせるための自作自演だったのよ」


 ――ちなみに余談だが、私がルノと最初に出会った時、食人植物に呑まれ胃液に溶かされて全裸になった彼女の腹部には、小さな文字列が刺繡のように刻まれた刻印があった。


 あの模様が魔力封じの印だったようで、ルノがダークレオンへ変化する際に光に包まれたのは、印が強制解除され、これまで抑え続けてきた魔力が一気に噴き出したからだという。


「私たちダークレオンの平均寿命は千五百歳。対して獣人の平均寿命は大体人間と同じくらい。けれど、獣人の歳の取り方には個人差があって、中には五百から六百年も生きたという獣人も存在するの。だから百年もの間、ずっとこの姿で村に潜んでいても怪しまれることはなかった。……そうしてこの村の人たちと長く暮らし、やがて両親の無いテシアとも出会って………いつしか私は、自分が反逆者の魔族である過去も忘れて、楽しい日々を送れるようになっていたの。………なのに――」


 そこまで言って、ルノは溢れる涙を隠すように俯き、言葉を詰まらせた。


「なのに、結局私は………大切な村の人たちを、誰一人も守れなかったの!」


 大粒の涙をボロボロと流しながら、ルノはその場に崩れ落ちる。


 声を上げて泣き続ける彼女に、テシアが優しく寄り添ってゆく。


 彼女の過去を聞き、私は改めて、ルノがこの村の人々をどれだけ大切にしていたのか、その思いの大きさを知ることになった。


「……シスリ村の人たちは皆、ルノに感謝しているはずだ。百年もの間、村に平穏をもたらし続けてくれた守り神、黒獅子様である君のことを、誰が悪く言うと思う?」


 私の言葉に、ルノは涙に濡れた顔を上げ、私の方を見た。


「でも、私は……」

「同じ魔族の仲間を殺し、反逆者の汚名を着てでも、君はこの村と村人たちを最後まで守ろうとした。例えその結末がどう転んだとしても、ルノの決断は絶対に間違っていない。私がそう断言するよ」

「そうよ、トゥイナ姉は犯罪者なんかじゃないよ! そんなこと言う奴は私が許さないんだから!」


 私の意見に賛同し、テシアも負けじと声を上げる。


 ルノは私たちの言葉を聞いて、暫くの間沈黙していた。


 ……しかし、やがて涙を拭き、膝を突いて立ち上がる。


「……ありがとう、ユッキー、テシア。魔族である私を、受け入れてくれて――」

「私にとって、君は魔族でもシロエでもない。ルノはルノだ。しっかり者で面倒見が良くて、時折お茶目なところも見せてくれる優しい女の子。それが君だ。他の何者でもないよ」


 私が面と向かってそう言うと、ルノは恥ずかしがるようにポッと顔を赤らめ、私から目を逸らした。


「もう……それ揶揄からかってるの?」

「いいや、大真面目さ」


 それから、ルノと私は再び互いに見つめ合い、笑った。


 悲劇は起こってしまったが、その後ルノの表情に再び笑顔が戻ってくれたことを、私は嬉しく思った。



「………それにしても、これまでずっと平和だった村に、どうしていきなり魔王の元手下がやって来たのかしら?」


 すると、テシアがふと頭に過った疑問を私たちの前で口にした。


「……確かに。ハンヴィルはもう魔王の配下じゃないと本人も言ってたし、奴が裏で魔王と繋がっていて、私を殺しに来たわけでも無さそう。これまで百年の間、シスリ村は一度も魔族の襲撃を受けなかったの。だから魔王も、この村に私が潜伏していたことは知らないはずよ」

「ふむ、ならばそのハンヴィルというスライムが偶然この村を見つけて襲ったか……しかし偶然にしては、やることが随分故意的というか――」


 私は思考を巡らせながら、村の周囲を見渡す。


 ……そして、ふと「ある光景」が私の目に留まった。


「……おや、丁度良い。あそこにまだ()()()が居るようだ。彼に直接聞いてみようじゃないか」

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