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第30話 二人が危ない!

◇◆◇


「……よし! これだけあれば、暫くの間は村のみんなも十分に食べていけるでしょ!」


 武之と別れた次の日、ルノとテシアは街の市場で、村に必要な分の食料を買い集めていた。


 自分たちの乗ってきた荷馬車に大量に積まれた新鮮な野菜や肉、魚などの食材を見て、ルノは満足そうにフン! と息を吐く。


「……でも、本当に突然だったよね。タケユキ様が行っちゃうなんて……」


 すると、馬車の外に居たテシアが、寂しそうな声でそう言った。


「仕方ないでしょ、ユッキーは離れ離れになった家族を探さなきゃいけないの。ただ偶然知り合って仲良くなっただけの私たちが、彼をずっと引き留めておくのは野暮ってものでしょ?」

「それはそうだけど……」


 テシアは口をつぐみ、それから少しの間迷うような仕草を見せ、やがて躊躇いがちにこう語った。


「……私、今日馬車で市場を回っている間も、ずっとタケユキ様の乗るチートーが後ろから付いて来てくれているような気がしたの。何かあったら、またすぐに駆け付けてくれるって……これまでずっとあの方に守られて、すっかり安心しちゃっている私が、まだ心の何処かに居るというか……」


 自分の思っていることを、そう素直に打ち明けるテシア。


 するとルノは、フッと表情を緩ませ、テシアの頭にそっと手を置いた。


「それ、凄く分かる。……ふふっ、実は私も同じなの。まだユッキーがここに居てくれてるって思うだけで、彼の乗るチートーに身を預けているような気分になるんだ。チートーに乗っていれば、どんな強敵が立ち塞がろうとへっちゃら。ぜ〜んぶ跳ね除けちゃう。多分、チートーの中がこの世界で一番安全な場所だと思うわ」

「うん、私もそう思う! ……タケユキ様の探しているご家族は、きっとみんな幸せ者ね。あんなに家族のことを第一に考えられる父親を持っているんだから。しかも世界最強の!」

「そうね。ユッキーも言ってた。『家族を取り戻すためなら、私はどんなことだってできる』って。彼の家族に対する愛情は半端なものじゃないわ。……私たちにも()()()()()()()()()()()()()()()から、ユッキーの気持ちはよく分かるもの……はっ!」


 そこまで言いかけて、ルノはふと言葉を止める。


 ルノの言葉を聞いていたテシアが、何を思い出したのか、急に表情を暗くして俯いた。


「……ご、ごめんテシア! 過去のことはもう話さないって二人で決めていたのに、私ったら……」

「ううん、別に平気だよトゥイナ姉。……タケユキ様のご家族が、みんな無事に見つかればいいね」

「……ええ、そうね。……さ、そろそろ帰りましょ。私たちの村に」

「うん!」


 ルノとテシアの二人は馬車に乗り込み、食料を乗せた荷台を引いてアルテオンの街を後にした。


◇◆◇


「――さて、私たちも出かけるとしようか」


 ルノ姉妹と別れた私は、路地裏に止めてあったチートーに乗り込み、エンジンをかける。


「トゥック、トゥック!」


 すると、後部座席に居たトゥクトゥクが、ポヨンと体を弾ませて私の肩に乗ってきた。


「お前は帰らなくて良かったのか? 無理に私に付き合わなくても良いんだぞ」


 そう言うと、トゥクトゥクは嫌がるように頭を横に振り、それから私の顔に擦り寄ってきた。


「ああ、分かった、分かったよ。お前がそれでいいなら別に構わない。……これからよろしくな、トゥクトゥク」

「トゥックトゥック!」


 トゥクトゥクは嬉しそうに目を輝かせて、頭を大きく縦に振った。


(予期せぬ同乗者が一人……いや、一匹増えてしまったが、体も小さいし場所も取らないから、まぁ良かろう)


 私は気を取り直して、AIシャシーに向かって言う。


「シャシー、とりあえず隣町へ行ってみよう。ルートは分かるか?」

『記録している周辺地図は迷いの森からアルテオンの街までですので、正確な位置までは分かりかねます。ですが、住人たちが隣町へ行く際に使用するという”王の道(キングスハイウェイ)66号”に乗って移動する方法なら、最短距離で隣町へ到着できると推測します』

「よし、ではそれで行こう」


 私はハンドブレーキを下ろし、ギアを入れてチートーを発進させた。


 街の門を潜ってしばらく走ってゆくと、遠くの丘に一台の荷馬車が走っていくのが見えた。


 あちらは確か、迷いの森の方角だったはず。


 ……ということは、きっとシスリ村に戻ろうとしているルノたちが引く馬車なのだろう。


 私は木の陰に車を止め、丘向こうへ消えてゆく荷馬車の姿を、暫くの間見守っていた。


「……色々と世話になったな。まだ幼いところはあるが、面倒見の良い子たちだった」


 私は彼女らと行動を共にした記憶を思い返しつつ、再び車を発進させた。



 ――しかしその時、同乗していたトゥクトゥクの様子が、急におかしくなった。


「トゥクッ⁉︎ トゥクトゥク! トゥックゥ!」

「お、おいおい、一体どうしたんだ? そんな大きな声で鳴き始めて……」



(――フタリニ、オオキナ災イガ、降リカカル! スグニ止メナイト――!)

「………何だって?」


 脳裏へ呼び掛けるように響いてくる言葉を聞き、私は急ブレーキを掛けて車を止めた。


「二人って、ルノたちのことか?」

「トゥック!」


 トゥクトゥクは大きく頭を縦に振る。


 確かコイツの能力は未来予知……つまり、今は起きていないが、いずれこの先二人の身に起こるであろう不幸に対して警告を発しているのだ。


「二人の身に危険が迫ってる……シャシー、ルート変更だ。ルノたちの後を追いかけるぞ!」

『承知しました、武之様』


 私はアクセルを踏み込み、チートーを急発進させた。ここからだとかなりの距離があるが、追い付くことはできるだろう。それまでに二人が不幸に遭わないことを祈るだけだ。


「どうか無事で居てくれ……」


 ステアリングを握る私の手に力が入る。チートーは広い平原の上を、飛ぶように走っていった。


◇◆◇


 一方その頃、獣人たちの暮らすシスリ村では……


 何日経っても帰って来ないルノとテシアを心配する村長が、村の住人たちを集めて相談会を開いていた。


「こんなに帰りが遅かったことなんて、これまでにあっただろうかねぇ?」

「あのしっかり者な姉妹のことだ、きっと無事に帰って来るに違ぇねえよ」

「何か大変な目にでも遭っているんじゃないかねぇ……アタシゃ心配だよ、なぁ村長さん?」


 そう村人たちから迫られた村長は「ううむ……」と唸る。


「とにかく、今は待つしかあるまい。……それに、我らには村の守り神である黒獅子様が付いておるのだぞ。ルノが行方知れずになった時だって、黒獅子様が助けに来てくれたではないか。今回もきっと大丈夫だろうて!」


 そう豪語する村長に、村人たちの抱く不安もいくらか和らいでいた時――


「おぉい! 南門に人影が近付いてるぞ〜!」


 村人の一人が、息を荒げて村長のもとへ走ってきた。


「なに? まさかルノたちが帰って来たのか!」

「いいや、向かって来てるのは一人だけだ。それに、まだ小さな子どもだぜ」

「子どもだって? 幼子おさなごが一人でこんな辺境の村まで何の用じゃろうか?」


 村長含め村人たちは、突然の来訪者を迎えるべく、南門へと急ぎ向かった。



 ……果たして門前に立っていたのは、本当に小さな子ども一人だけだった。


 背格好からして少年だろうか? 他に従者は見えず、本当に一人だけで迷いの森近くにあるこのシスリ村までやって来たのだろう。


 老人たちはやって来る子どもに訝しい目を向けた。その子どもは不思議なことに、この辺りの気候にそぐわない厚い上着を身に付けていた。


 極寒地でしか着られないような分厚い毛皮のコートを着込み、サイズも全く合っておらず、手足はコートの裾にかくれ、引きずるようにして歩いている。


 そして、頭に深く被られたウシャンカのような帽子からは、ギラリと赤く光る視線が覗いていた。


「はて、どちら様かな? ここは子どもが一人で来るようなところでは本来ないはずなのだが……」


 そう問いかけてくる村長に対し、小さな子どもは帽子のふちから覗いた赤く光る目で村の周囲を見渡し、やがて首を傾げながら言った。


「……あれ? あれれぇ? 来る場所間違えちゃったのかなぁ。マスダンク君が言うには、この村に()()()()()がたくさん居るって聞いてたのに……見た感じ、骨ばって()()()()()爺さん婆さん、後は小さなガキくらいしか居なさそう。これはが~っかりだなぁ……はぁ〜あ、ざ~んねん……」


 少年はそう言って大げさにがくりと肩を落とす。一方の村人たちは、彼が何を言っているのか意味が分からず戸惑うばかりだった。


「………ふふっ、でもまぁいいや。せっかくこんな辺境まで足を運んで来たんだし、君が与えてくれた依頼はしっかりこなしてあげるよ、マスダンク君♪」


 少年がそう言った刹那、彼を包んでいた毛皮のコートがはち切れんばかりに膨れ上がり、ブチブチッとボタンが弾け飛んで、コートに隠されていた中身が露わになった。


「こ、これは……っ!」


 衣服の内に隠された秘密を目にした村人たちは、皆驚愕のあまり目を見開き、全身から血の気が引いたように顔を青くした。


「さぁてさて、楽しいディナーショーを始めちゃおうか~~♪! さぁみんな騒げ喚け~~っ! 君たちの悲鳴は一体どんな味がするのかなぁ? それじゃ、いっただっきまぁ~~す!」


 ――刹那、少年がはだけたコートの内側から、巨大な影が飛び出し、周囲に居た村人たちをあっという間に飲み込んだ。

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