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第29話 不良の成り損ない

 ヴォオオオオン! ヴォオオオゥン! ヴォオオオゥウウン!


 アルテオンの街から少し離れた農村で、今日もまた、辺り一帯にチートーのエンジン音が丸一日中響き渡っていた。


 ……そして陽も傾いて黄昏たそがれ時となり、空が夕焼けで赤く染まった頃、ようやく私は唸りを上げ続けていたチートーのエンジンを切り、車を降りた。


 チートーのリアには、土を耕すための巨大なすきが取り付けられていた。


 そして背後には、すっかり硬い土を掘り返され、耕された数十反もの畑が一面に広がっている。


 これだけの畑をひと時も休まず耕し続けて、棃を引いていたチートーは土まみれになり、そして運転していた私もすっかり疲れ果ててしまった。


 運転席のメーターを見ると、燃料である魔力がもう三分の一を切っていた。それだけ多くの魔力を消費したということだ。早く休息して回復しなければ。


「お疲れさん。ようここまで頑張ってくれたなぁ。ウチんとこで飼ってた棃引きの牛が死んじまって、ずっとこの畑を耕すことができないでいたんだ。お前さんのおかげで助かったよ。……それに、お連れの()()()()()()()()()()()()()()()()()もな!」


 肩に手拭いをかけ麦わら帽子を被った依頼主の叔父さんが、そう言って笑いながら私に新しい手拭いを渡してくれた。


「あはは……コイツは黒牛なんかじゃないですよ」


 もらった手拭いで汗を拭き、苦笑いしながら私がそう答えると、その叔父さんは懐から小さな棒状の白い物を取り出して、私に見せてきた。


「一本、どうだい? ウチのお手製さ」


 それは、紙に乾燥した葉を巻いて包んだ、少しお粗末な煙草だった。


 しかし、どれだけお粗末な品でも、心身共に疲れきった私にはとても嬉しい貰い物だ。


「ありがたく頂きます。どうも」


 私は煙草を受け取ると車に戻り、運転席横のセンターコンソールにある12Vソケットに付いていたトム・ポーラロゴ入りのシガーライターを使って煙草に火を付けた。


(煙草なんて吸うのは久々だ。昔、アクション映画に出てくる俳優がカッコ良く煙草をふかしているのを見て感化されて、よく真似して吸っていたっけ。あの時はまだ私も若造だったからなぁ)


 しかし、結婚してから美雪に臭いが気になると言われて以降、長らくの間止めていたのだった。子どもたちの健康にも悪いだろうと思ったから……


「……だが、たまにはこうやって生意気で反抗的だった頃の自分に戻るのも悪くない」


 その昔、格好付けて煙草を咥え、ヘルメットの紐も絞めずに、スーパーカブの単気筒エンジンを唸らせて新聞配達していた昔の自分を思い出し、思わずフッと笑みが漏れてしまう。


 ……今思えば恥ずかしい昔話なのだが、当時社会に出たばかりの私は、理不尽の壁に幾つもぶつかったり、大人の事情で思い通りに事が運ばなかったりして、いつも悶々(もんもん)とした日々を過ごしていた。


 昔からロマンチストで、かつ正義感が強かったせいなのか、理不尽のまかり通り、常識しか通用しない退屈な世界を私は酷く嫌悪していた。


 そして、いつしかこんな世界なんて根底から全部ブッ壊してしまうような、インパクトのある人物になりたい……なんて過激かつ厨二な思想を抱くようにもなっていた。


 もっとルールに縛られず、大胆で自由に――例えば、自転車とかスケボーに乗って警察車両とチェイスしたり、汚職政治家の金を金庫から盗み出して貧しい民衆の前でばら撒いたり、ギター一本だけ背負って世界一周ツアーを成し遂げたり……


 そんな、誰にもできないようなことを成し遂げてみたい……なんて妄想に耽っていた。きっとそのたぐいの映画を見過ぎていたせいだろう。


 ……要するに、私は不良の成り損ないだった。


 でも、そんな昔の過激な頃に比べれば、今の私は随分と丸くなってしまったものだと、自分ながら思う。


 しかし、愛車がカブからチートーに変わった今も、危険な運転を楽しんだり、気取ったように煙草を吸うのが好きなところは、昔から変わらない。


 そして、異世界へ転移させられた今の私は、転移先の王国に対して反旗を翻し、家族を取り戻そうと奔走している。


 あちら側からすれば、到底許された行為ではないが、若い頃の勢いを失って何事にも従順で大人しくなっていた過去の自分は、()()()()()()()


 ……そう、今の私は不良だ。家族を取り戻すために立ち塞がる者は、例え国王だろうと神だろうと、容赦なく唾を吐いて抗ってやる。


 ()()()()()()()()、この世界を――


 頼もしい相棒(チートー)と一緒なら、きっとできる。


 私の体の内に熱い血がたぎってゆくのが分かった。


 どれだけ歳が行っても、かつて若い頃に抱いた情熱を再び取り戻すことは可能なのだ。……そう、私は実感した。



 ――それから、私は依頼主の男の元へ行き、手に持った煙草を見せて言った。


「……なぁ、これを箱で幾つか買えないかな?」


◇◇◇


「体調の方は大丈夫そうか、ルノ?」


 それから一週間後、私は怪我の回復に努めるルノの元を訪ねて、再び冒険者ギルドへ足を運んだ。


「もうほとんど良くなったわ。痛みも引いたし、普通に歩けるし走れるようにもなったの。治癒魔術も使っていないのにここまで短期で回復するなんて珍しい例だって、受付嬢さんも驚いていたわ」


 ルノはベッドから起きて腰掛けており、部屋に入る私を見るなり、にこりと笑顔を見せてスッと立ち上がった。


 どうやら怪我の方はもうほぼ完治したらしい。思ったより早く回復してくれたようで良かった。どうやら獣人は人間よりも回復するまでの期間が極端に短いようだ。


「良かった! トゥイナ姉っ!」

「ごめんね、色々と迷惑かけちゃって」


 すっかり元気になった姉の姿を見て、テシアも嬉しさのあまりルノに抱き付く。姉妹揃って仲睦まじい光景を前にして、私もほほえましい限りだったのだが……


「……そういえば、君たちに渡したいものがあるんだ」


 喜ぶ二人の前で私はそう切り出し、懐から小袋を取り出して机の上に置いた。


「これは……」


 ルノが注意深く袋の中を見ると、中に詰まっていたたくさんの金貨に驚いて、目を丸くしてしまう。


「こんなにたくさん! 一体どうしたの?」

「雑用クエストで貯めた小銭を集めて金貨に両替してもらった。村全員分の食料代には少し足りるかどうか怪しいが……」

「えっ、雑用クエストだけでこんなに稼いだの⁉︎ しかもあの短い期間で? ウソでしょ……とても信じられないわ」


 ……確かに、たったの一週間で、私の体一つでここまで稼ぐのはまず不可能だっただろう。


 これは、私と、私の()()()()()()が一緒だったからこそ為せた技だ。


「受け取ってくれ。これでツケはチャラに」

「チャラどころか、お釣りが出せるくらいだわ! 本当に貰っていいの?」


 私はこくりと頷いてみせる。


「良かったねトゥイナ姉! これで村への買い出しもできるわ!」

「そうね……ありがとう、ユッキー。本当に、なんてお礼を言ったら良いか……」


 目尻に涙を浮かべながらお礼を言うルノに、私は「気にしなくていい」と返した。


「この一週間、思う存分に自分の愛車を乗り回すことができて楽しかった。チートーがあれば、どんなに大変な仕事でも難無くこなせてしまうんだ。こんなに楽しい思いをしてお金を稼いだことは、これまでの人生で初めてだよ。良い経験をさせてもらった」


 私の放った言葉に、ルノはきょとんと不思議そうな顔をしていたが、やがてプッと吹き出して笑う。


「あははっ! ユッキーって本当に変わってる。皆が嫌がる雑用クエストを自ら進んで、しかも楽しみながらできるなんて。そんなことを言えるのは、きっとユッキーだけだよ」

「褒め言葉として受け取っておこう」


 私は肩をすくめてそう返し、それからもう一つ、話しておかなければならない大事なことを、ルノとテシア二人に向かって言った。


「……明日、私はこの街を出るつもりだ。君たちの買い出しにも付き合いたいが、私にもやらなきゃならないことがある」


 私の言葉を聞いた二人は、少し驚いたように頭の猫耳をぴくっとさせ、それからすぐに私の言いたいことを悟ったのか、互いに顔を見合わせ、「……そう」と少し寂しそうに視線を下に落とした。


 けれど、ルノがすぐに視線を私に戻して笑顔を見せる。


「……うん、分かってる。ごめんね、私たちが不甲斐ないばかりに、何でもユッキーに頼っちゃって……私たちもアンタを長くここに引き止めるつもりは無いわ。後は私たちだけで大丈夫だから」

「心配せずとも、君たちは十分に立派だ。二人だけでもきっと上手くやっていける。村の住人たちにも、よろしく伝えておいてほしい。お世話になったと」

「ええ、伝えておくわ」


 ルノは私の願いを聞き入れ、そして私は彼女と握手をし、寂しそうな顔をするテシアの頭を撫でてやった。


 ――ちなみに、二人には別れる体で話を切り出してはしまったのだが、実を言うと街を出るというのは半分が本当で、半分は嘘だ。


 街を離れることはあるだろうが、基本はこの街を拠点として活動しようと考えている。チートーの整備とグレードアップをしてくれると約束したステラとの縁もあるし、またちょくちょくこの街へは戻って来るつもりだ。


 だが、ルノとテシアは……色々訳あって、今までずっと彼女たちと行動を共にしてきたが、これからのことを考えれば、ここで別れておいた方が賢明だろうと私は思った。


 なぜなら、私がやろうとしていることは家族の奪還――それはすなわち、この世界の一大勢力である王国に対し反旗を翻すということ。王国に背いた私は大罪人の汚名を着せられ、追われる立場になるだろう。


 ……だが、私と共に居たルノ姉妹にまで同じ罪を背負わせたくない。何も関係の無い者まで巻き込んでしまうのは、私の意思に反する。


 だから私は、ここで二人と、さよならすることにした。


「短い間だったが、君たちと過ごせて良かった。縁があれば、またどこかで会えるだろう」


 こうして、私はルノとテシアに別れを告げ、部屋を後にしたのだった。

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