第28話 雑用クエストもやれば案外楽しい
◇◆◇
「――さて、稼ぐために依頼を受けに来たは良いが……」
ルノとテシアを病室に残し、私は再び冒険者ギルドへ足を運んでいた。
そして、掲示板に張り出された依頼書全てに一通り目を通す。
しかし、やはり高額な報酬の依頼は全て他のパーティーに取られてしまったようで、残っていた依頼の内容も――
"飼い猫探し 依頼者:12歳女性 報酬:銅貨3枚"
"道路掃除 依頼者:50歳男性 報酬:銀貨5枚"
"羊の放牧 依頼者:75歳男性 報酬:銅貨20枚"
"隣町まで荷物運び 依頼者:34歳女性 報酬:銀貨4枚"
"農耕作業の手伝い 依頼者:36歳男性 報酬:銀貨12枚"
…etc
どうやら、雑用をこなす安い報酬のものばかりのようだった。
「報酬が安く、かつ雑用で手間がかかるような依頼は特に人気が無くて受けてもらえないですね。自分のスキルアップもあまり望めないし、消費する労力と比べて報酬に見合ってないことが多いので……」
私と一緒に掲示板を見ていたテシアが言う。
(……なるほど、やはり皆、楽して稼ぎたいと思うのは当然のことか)
そう思いつつ、私は掲示板に残された依頼書を一枚ずつ順番に剥がしてゆく。
その様子を見て、テシアが驚いた顔で言った。
「えっ、これ全部受けるつもりなんですか?」
「ああ、幸いにも私の場合は労力を気にしなくていいからな。これくらいの依頼なら、何とかなりそうだ」
私は剥がした依頼書をまとめて受付嬢の居るカウンターへ持って行った。すると受付嬢も驚いた表情で目をぱちくりさせていたが、気にせず言った。
「この依頼、全て受けさせてほしい」
◇◇◇
「――シャシー! もっと左だ! 左に寄せてくれ!」
『承知しました、武之様』
「おっと反対に回られた! シャシー、今度は右のドアを開けて右側に寄せるんだ!」
エンジン音を高鳴らせ爆走するチートーの車内に、私の声が飛ぶ。
今、チートーは自動運転機能をオンにしており、運転は全てAIシャシーに任せていた。そのため、運転席は無人で、ハンドルだけが勝手に回って車体を操作している状態だ。
一方、私は後部座席に移動して後部ドアを開け、そこから身を乗り出して必死に手を伸ばしていた。
「もうちょい右……いいぞ、届きそうだ! そのままの進路を維持しろ!」
『承知しました』
私は運転代行のシャシーに指示を飛ばしつつ、落ちないよう片手でシートベルトを握って、もう片方の手を遠くへ伸ばし、走って逃げてゆく小さな影を捕らえようと粘っていた。
「……よし捕まえた! シャシー扉を閉めるんだ! ……まったく手間をかけさせてくれるな、このおチビさんは」
『ナイスキャッチです、武之様』
私は額の汗を拭いながら、手に抱えた黒い生き物――依頼にあった迷子の黒猫を胸に抱いて、頭を優しく撫でてやった。
「――おじさんが私の猫を見つけてくれたの? ありがとう! もう、本当に心配したんだから!」
猫探しの依頼を出していた依頼主の少女は、私の腕の中で「ニャー」と鳴く黒猫を見て喜びの声を上げた。
「町外れにある石碑群の草原で見つけたんだ。とても元気な子でね。追いかけるのに一苦労したよ」
「石碑群って……あんな遠い所まで行ってくれたの! 凄いわ! それじゃ、報酬もうんと弾まなきゃ失礼よね」
少女はそう言って、私の手に銅貨を5枚も乗せてくれた。
「いいのかい、こんなに。大事なお小遣いなんだろう?」
「うん平気! これはこの子のために頑張ってくれたおじさんへの私からのお小遣い! 大事に使ってね!」
そう言って、猫を抱えた少女はにこりと微笑んだ。
◇◇◇
「――もう随分と長い間整地できていなくてねぇ。見ての通り、枯葉は積もるし岩も転がってるし凸凹だらけだしの荒れ放題さ。この道は山向こうまで続いているんだが、こんな長い距離を整地してくれる者がなかなか見つからなくてねぇ。アンタが引き受けてくれて本当に助かったよ」
落ち葉が積もりに積もり、ほぼ地面が見えなくなってしまった道の前で、道路掃除の依頼主である男はさも嬉しそうに言った。
「……けどアンタ、一人で大丈夫なのかい? 他の仲間は?」
「私一人だけです。ですが心配には及びません。数時間程度で終わると思いますよ」
「はぁ……?」
依頼主の男は私の言葉に半信半疑のようで、怪訝な表情で首を傾げる。
私は箒やスコップなどの道具類を何も持たずに、手ぶらのままチートーへ乗り込み、エンジンをかけた。
ヴォオオオオオオオオオゥン!
轟音を響かせ、曲がりくねった山道をチートーが猛スピードで駆けてゆく。
普通、こんな狭い難路を大型の4ドアセダンで突っ走るという無茶な行為は絶対に誰もやらないだろう。
だが、チートーにはそれが可能なのだ。
私は握るハンドルのスポーク横に付いた小さなつまみを回し、チートーに搭載されたドライブコントロール機能を「ノーマル」から「スポーツ」モードに切り替える。
スポーツモードにすれば、それまで安定した心地よい走りから一変、さながらサーキットを走るレーシングカーのような荒々しい走りへと変化する。
そして何より……ドリフトが容易にできるようになるのだ。
モードチェンジしたおかげで、少し加速をかけて軽くアンダーステアを当てるだけでチートーは簡単に横滑りし、タイヤを空転させながらテールを振ってカーブを曲がってゆく。道路交通法に縛られた前の世界の道路では、絶対にできない走りだ。
これまではほとんど使うことのなかったスポーツモードだが、たまにはこんな荒っぽい運転をやってみるのも面白い。
低速でなければ通過できない急なヘアピンカーブも、ブレーキングをギリギリまで遅らせて、ひと思いに突っ込んでゆく。
そしてここぞというタイミングでサイドブレーキを引き、ロックした後輪が地面の上を滑って、フロント部分を軸に綺麗な円を描きながら見事にパスしてゆく。
次のヘアピンも同様にブレーキタイミングを計り……難無くクリア。
空転するタイヤは、道路上に積もった落ち葉を隅々まで掻き出し、砂利を飛ばし、転がった岩を道路脇に弾き落とした。
「こんな走り、とても他人に見せられるような代物じゃないが……」
しかし今は自分一人だけ。どんなに危険な運転をしようとも、咎める者など誰も居ない。
(――もっと、もっと激しく攻めていけるだろう?)
私の胸の奥で、若い頃の血が騒ぎ始める。こうなってしまえばもう、誰にも止められない。
「……ああ、まだまだだっ!」
シフトチェンジし、アクセルを踏む。山の中に、V8の咆哮が上がった。
――こうして、私は狭い山道を四往復ほどぶっ飛ばし続け、チートーのスポーティな走りを思う存分に堪能した後……
やっと満足して依頼主の男の元に戻って来る頃には、道路上に積もった落ち葉や障害物は全て綺麗に掃除され、凸凹だった地面もタイヤに削り取られて、すっかり平坦にならされていたのだった。
◇◇◇
「――この歳になると体も思うように動かなくなっちまってねぇ。ワシの大事にしている羊たちをずっとこの柵の中に閉じ込めている訳にもいかねぇし、たまには外に出して草原の上を自由に駆け回らせてやりたいと思うのさ」
白髪に白髭を生やした高齢な羊飼いの男は、そう言ってしょぼくれた目で私の方を見た。
「なるほど、それで羊の放牧依頼をギルドに出していた訳ですか」
「さようだ。依頼を受けてくれたアンタには、ワシの飼ってる羊たちを連れて、あの草原をひとっ走りしてきてほしい。ただ、ワシの羊たちを率いるのは生半可なことじゃないぞ。あいつらはちょっと目を離した隙にすぐどっかへ行っちまうからな。かなり手を焼くかもしれねぇ」
そう言って、羊飼いの男は私に、先端にベルの付いた長い杖を持たせた。
「このベルの音を聞かせてやれば、羊たちはアンタのところへ戻って来るはずだ。くれぐれも、迷子の羊を一匹も出すんじゃねぇぞ」
そう言い付けられた私は、受け取った杖のベルをカランと鳴らし、それから羊飼いに向かって「分かりました」と頷きを返した。
「……草原をひとっ走り、か。それはとても楽しめそうだ」
私がそう呟くと、羊飼いの男は「何を言っとるんだこの若造は?」とでも言いたげに怪訝な表情で私を見ていたが、私は特に気にしなかった。
広くて青い大草原の中に、百頭もの羊たちが放たれる。
私はチートーに乗り込み、助手席に羊飼いの杖を置いて発進させた。
羊たちは互いに体を寄せ合い、草原の上を一塊の群れとなって駆けてゆく。
意外にも羊たちの脚は速く、人の脚では追い付けないほどの速さだ。
……まぁそれでも、私の乗るチートーには敵わないのだが。
私は片手で運転しながら羊の群れと並走しつつ、窓を開けて杖を握った片腕を突き出す。
「さぁこっちだ。こっちに来い!」
杖先のベルをカランカランと鳴らすと、群れは私のチートーに追従するように続いてくる。
何匹か群れから外れようとする羊も居たが、その時はスピードを落とし、その羊の近くまで行ってベルを鳴らしてやった。
そうしてはぐれ者の羊を群れに戻していると、今度は群れの先頭が行くべき進路から逸れ始めてしまうので、アクセルを開けて急いで先頭まで戻り、再び群れを引率してゆく。
時折ルームミラーやサイドミラーをちらちら伺いつつ、はぐれ者がいないか確認しながら、私はチートーのスピードを羊たちの走りに追走するように速度を合わせた。
「よしよし、いい子だ。……そろそろお前たちの主人も心配してる頃だろう。散歩は仕舞いにして帰るとしようか」
私は進行方向の先に、空になった柵の入口を開けて待機している羊飼いの男を見つけた。
私が柵の中へチートーを走り込ませると、私を追ってきた羊たちも続けて柵の中へと雪崩れ込む。
そうして、私は羊たちに一匹も欠員を出すことなく、放牧依頼を終えることができた。
◇◇◇
「――これがその運んで欲しい荷物なんだけれど、アンタ一人で運べそうかい?」
荷物運びの依頼を出した依頼主の女性は、隣に置かれた縦横一メートル以上はある大きな木箱が六つだった。重さもかなりありそうだし、何よりこれだけの数はトランクにも入らない。
「なら、あれを出すか……」
私はトランクを開け、中に入っていたトム・ポーラのロゴ入り縦長バッグを取り出した。
中に入っていたのはルーフキャリア用の二本のバー。これをチートーの天井に取り付けてゆく。
これなら、多少大きな荷物も上に積んで運ぶことができる。しかし六つもいっぺんには運べないので、二回か三回に分けて配達を――
そう思っていたのだが、なんと木箱六つ全てを載せることができてしまった。
普通は重量オーバーでルーフが凹んだり、走りに支障が出たりするところだが、チートーはルーフにどれだけの荷物を積もうと関係なく、軽々と走ってくれた。
どうやら、女神に改造されたこの車体には重量制限という概念が無いらしい。これなら幾らでも荷物を詰めそうだ。落ちないよう固定するのが至難の業ではあったが……
「隣町へは”王の道66号線”を使うのがいいよ。あそこは広いし道もしっかりしてるからね」
「王の道66号線?」
依頼者の女性が言った聞き慣れない言葉に、私は首を傾げて聞き返す。
「王国領とその周辺に敷かれた幹線道路のことさ。王の道の中でも66号線は王国にある各主要都市を結んでいて、中心にある王都へ通じているんだ。以前までは太古の時代に造られた廃道遺跡だったんだが、女神様がこの国を統治するようになってから、それまで手付かずだった廃道をすっかり綺麗に整備し直してくれてねぇ。おかげで前より旅人や観光人が多く訪れるようになって、交易や商売でこの街も繁盛するようになったのさ」
私は、饒舌な女性の言葉から、幾つかの重要な情報を得ることができた。
「王の道66号線は王都へ通じている――」
(つまり、その道を辿って行けば、王都に居る渚と琴音に再会できるという訳か……)
「女神様がこの国を統治するようになってから――」
(女神? 私たちがこの世界へ転移した時、その場に居合わせていたのは国王と王女だけだった。……まさか、国王より更に格上が居るというのか? その女神が、私の追放を国王に命じた可能性もあるな……)
様々な憶測が脳裏を過ったが、今は情報が少な過ぎる。もっと有用な情報が欲しい。
そのためにも、雑用でも何でも依頼を受けて街から情報を集めなければ……
――こうして私は暫くの間、相棒のチートーと共に、周りの住人たちにとって都合の良い街の雑用係として、奔走することになったのだった。




