第27話 真の指導者を求めて
――再び場所は移り、神聖ギブリール王国、王都トゥーラン。
魔族討伐の遠征を終え、大量の戦利品を積んだ馬車を率いて王国に帰還した渚と琴音。
二人は、国王アルナジから女神マセラティスに呼ばれていることを受けて、再び神殿へと出向いていた。
「あれだけの戦利品を王国に献上できたんだ! きっと女神様も喜んでくれるはずだよ、姉ちゃん!」
「……はぁ……そうね」
初めての遠征を大成功で終え、胸躍らせながら歩いてゆく渚。
しかし、その背後に付いて行く琴音の表情は何故かパッとしなかった。
「姉ちゃんどうしたんだよ? 浮かない顔して」
「べっ、別に何でもないっつーの。……私、どうも好きじゃないのよ、あの女神マセラティスとかいう女。外面ばっかり慈悲深い態度をして、腹の中が全然読めないっていうか……何か得体が知れないというか……」
琴音は眉間にしわを寄せながら、考え込むようにそう言った。
「何言ってんだよ! あの方は僕たちの力を認めてくれた人なんだぞ! どこにそんな訝しく思うところがあるんだよ?」
「渚も見てて気付かないの? ……あの女、絶対何か変な秘密を隠してる。私たちには言えない秘密を」
「そんなの嘘だ! 姉ちゃんは考え過ぎなんだよ。あの方のことを悪く言うなんて、神様にバチが当たるぞ」
「はぁ? 何を根拠にそんなこと言えるワケ? ……ふん、どうせ今回の遠征で得た私たちの手柄も、全部僕がやりました~! とか言って女神様から頭ナデナデしてもらおうなんて思ってるんでしょ。バレバレなんだから、この変態」
「う、うるさいバカ姉! そんなこと考えてないよっ!」
宮殿の中庭に、暫くの間、琴音と渚の罵り声が響いていた。
◇◇◇
「――お二人とも大変素晴らしいご活躍でした! 話はお供した騎士団たちから聞いております。行く先々で出遭った魔物を、お二人が先導して見事に打ち倒したと。それにあれほど大量の戦利品まで献上いただけるなんて、何とお礼を申せば良いのでしょう!」
女神マセラティスは、跪いて頭を垂れる二人の前で感謝の言葉を並べ立てた。
女神の話では、これまで行ってきた討伐遠征の中でも、今回は最も大きな成果を上げることができたのだという。その全ては渚と琴音のおかげなのだと、マセラティスは言った。
「よく頑張りましたね。あなた方はどんな魔物にも敵わない特別な才能を秘めているのです。誇って良いのですよ」
「ありがとうございます女神様! これからもあなたの国を守れるよう、全力を尽くして頑張ります!」
渚は溌溂とした声でそう言って立ち上がる。
……それから彼は、しばらく少し言い出すことを迷うように黙り込んでいたが、やがて「……あの、女神様っ!」と切り出した。
「はい、何でしょう?」
「女神様は以前、僕らの前で、自分たちの勝手な都合で転移させてしまったことを謝罪してくれました。……でも僕、逆にこの世界に転移できて良かったと思っているんです!」
「な、渚?……」
隣に居た琴音が、声を上げてマセラティスに訴える渚を、驚いた表情で見た。
「この世界に来て、僕は初めて自分のことを認めてくれるあなたのような人と出会えた。……前の世界じゃ、誰も僕のことを認めてくれようなんてしなかった。父さんは引っ込み思案で僕らとマトモに会話もしてくれなかったし、母さんはいつも仕事で学校の行事とかを身に来てくれることも無かった。姉ちゃんは僕をいびってばかりで褒めてくれたことなんて全然なかったし!」
「ちょ、ちょっと渚っ! 流石にその言い方は無いんじゃない!?」
琴音が怒って声を荒らげる。しかし渚の目は恐ろしいほどにギラギラと輝いていて、とても嘘で言っているようには見えなかった。
「……そうですか。勇者であり英雄であるあなたも、前の世界では多くのことに悩み、苦しんでおられたのですね」
女神マセラティスはそう言って渚の手を取り、両手で強く握り締めた。
「……それで良いのです。人はどんな時も悩み苦しみ、強くなるもの。あなたのこれまでの苦渋は決して無駄ではありません。……現に今、あなたの心の内で燻ぶっていた才能がこうして開花し、英雄としてこの国に貢献なされているのです。そんなあなたの才能を、誰も評価してくれなかったというのであれば、この私があなたを真に評価し、支えとなりましょう!」
バッ! と身を翻し、腕を大きく広げて壇上の前へと目を向ける女神。
その壇上には、女神を模る色とりどりなステンドグラスをはめ込んだ大窓があり、そこから落ちる色鮮やかな陽光が、渚を照らしていた。
「………マセラティス様っ!」
渚は、そこに広がる美しく幻想的な光景と、ドラマのように感動的なシチュエーションに酔いしれ、その目はマセラティスの背中に完全に釘付けとなっていた。
「渚、アンタ……」
まるで新興宗教に泥酔する信徒を見ているような恐怖を感じ、思わず言葉を失ってしまう琴音。
「さぁ、勇者渚よ。悪しき魔王を倒すべく、立ち上がり行くのです! 私たちはいつでもあなたの味方であることを、どうかお忘れなきよう!」
「はいっ! ありがとうございます! 女神マセラティス様っ!」
渚は女神へ感謝の言葉を投げると、すっと立ち上がって、隣に居た琴音のことなど目もくれずに神殿を後にしてゆく。
「ちょっと待って渚っ!」
琴音は渚の後を追いかけようとして女神の方を振り返り、キッと睨み付けた。
「ねぇアンタ、渚に一体何を吹き込んだのよ⁉︎」
「……あら? 私はただ、悩める勇者を勇気付ける言葉を与えただけのこと。吹き込んだなんて人聞きが悪いことを仰らないでください」
そう弁解する女神を、琴音は暫くの間睨み付けていたが、やがて無視するように踵を返し、渚の後を追いかけて神殿の入り口へと消えていった。
……そして、誰も居なくなった神殿に、女神とは到底思えない高笑いが響き渡る。
「ククッ……アッハッハハハハハハハハハッ‼︎ そう、私はあのガキを救済してやったのさ! 私の慈悲の心で、いずれ世界中の種族があのガキのように私の前で頭を垂れることになるだろうよ!」
マセラティスは歓喜に震える自分の手を見つめながら、口元を引きつらせる。
「……フフフッ、神ってのは本当に偉大な奴なんだな。こんな力を私に授けてくれるなんて……ああ、なんて素晴しいんだ!」
彼女の高笑いはしばらくの間、神殿の中にこだまし続けていた。
◇◇◇
「ねぇ待って! 待ちなさいよ渚っ!」
足を止めることなく中庭の通路をつかつかと歩いてゆく渚を、琴音が慌てて引き止める。
「一体どうしたのよ渚? アンタ普段あんなこと言うような性格じゃなかったでしょ? 絶対におかしいわよ!」
琴音がそう問い詰めてくるが、渚は顔を上げようとしない。
「渚、アンタ最近なんか変だよ! 私が何か言う度にこれまでになくしつこく突っかかってくるし、何かあったの⁉︎」
琴音がしつこく肩を揺するが、渚はただ、ボソッとこう呟くだけだった。
「……お姉ちゃんには分からないよ」
「えっ?」
「お姉ちゃんには分からないよ……あの方の偉大さが……あの女神様がどれだけ慈悲深い方なのかを」
その言葉を聞いた琴音の背筋に、悪寒が走った。
「あ、アンタ……一体何を言って――」
「離してよ」
渚は肩をつかんでいた琴音の手を振り払い、そのままその場を歩き去ってしまう。
――そして、琴音の横を通り過ぎる際、彼女は横目で目撃した。
渚の頭上に、一本の細い糸が垂れ下がっているのを。
遥か天より伸びるその糸は、陽の光を受けて辛うじて見えるほどに細く透明で、渚の動きに合わせて糸も追従してゆく。
その様子は、渚がまるで操られるマリオネットのように見えてしまい、琴音は戦慄を覚えた。
「……何よ……あれ?」
渚は通路の奥へと姿を消し、中庭の通路にぽつりと取り残された琴音は、一人恐怖に震えていた。
「もう……何なのよこの国、マジで意味分かんない! こんなことになるくらいなら、お父さんの言う通り家族一緒で静かに暮らしてた方がよっぽどマシだったわよ!」
琴音は苛立ちを募らせ、大声で叫んだ。
しかしその声は誰も居ない中庭に悲しくこだますだけで、琴音の気分は全く優れなかった。
(………はぁ、これじゃまるで親離れできない駄々っ子みたいじゃん。家族一緒に行動するなんてメンドいなんて自分から言っておいてさ。マジでカッコ悪……でも、今までこんなこと、無かったのに――)
……今まで、両親をこんなに恋しく感じたことなんて、無かったのに。
琴音は、この世界にやって来て初めて、いつの間にか自分の胸に埋められないほど大きな穴がポッカリ空いてしまっていることに気付いたのだった。
「マジで、何処にいるのよ……パパ、ママ………」
◇◇◇
「なにっ⁉︎ ダンジョンブレイカーがやられただと?」
伝令兵からの報告を受け、王宮の執務室に国王アルナジの声が響く。
同時に、隣に控えていた王女ミュルザンヌも、国王の言葉に耳を疑った。
「はい。王国外縁の街アルテオンで、リーダーのマスダンクを除くダンジョンブレイカーのメンバー三人の遺体が発見されたとのことです」
伝令の兵士が、驚く国王に向かってそう告げる。
「まさか……数ある冒険者パーティー、それもSクラスの中でも一番最強と名高いあのダンジョンブレイカーが敗れるとは……一体何があったのだ?」
「そ、それが……黒い獣のようなものに襲われているところを目撃した者が居たらしく、ダンジョンブレイカーの猛攻も全く歯が立たなかったと」
「黒い獣? 何なのだそれは? 魔物か?」
「目下のところ不明です。目撃証言だけでは不確かなところが多く、解明には更なる調査が必要かと……」
国王は憤りを露わにし、「ええい!」と乱暴に王座の肘掛けを叩いた。
「ダンジョンブレイカーはこの私が見込んで国王名誉賞を与えてやったパーティーだったのだぞ! 奴らに便乗すれば、パーティーで稼いだ巨万の富と資源を我らから搾取できる寸法だったというのに……くそっ! これでは私の考えた計画が台無しではないか……」
そうブツブツと文句を垂れる国王に向かって、伝令の兵士は少し躊躇いながらもこう切り出す。
「……それが、ダンジョンブレイカーを襲ったその”黒き獣”には、人間が乗っていたとの情報も――」
「何だと⁉︎ そやつがその怪物を操っていたというのか!」
「証言から推察するに、おそらくそうかと……」
「何ということだ……」と、国王は信じられないような表情で王座から立ち上がる。ミュルザンヌも驚いた表情で、父親である国王に向かって言った。
「……お父様、ダンジョンブレイカーを倒したというその者は、もしやこの世界に存在する冒険者の中で最も――」
「ああ、そやつこそ世界最強の冒険者に相応しいと言えるだろう……そうなれば、逆に今度はそやつに取り入れば、我が国にも富は約束されたも同然……ふん! 狼狽えずとも、ただこちらの利用できる駒が変わっただけのことよ!」
国王はそう言って、伝令の兵士に命じる。
「その黒き獣に乗った者を探し出せ! アルテオンに斥候を差し向けるのだ!」
「はっ!」
急ぎ足で執務室から出てゆく兵士。
隣で事の一部始終を聞いていたミュルザンヌは、静かに思案を巡らせていた。
(Sクラス冒険者パーティーの中でも最強と名高いダンジョンブレイカー。……しかし彼らの為すことを聞けば、ダンジョンに居る魔物はおろか、無害な生き物までその全てを虐殺し、財宝を根こそぎ奪い取る悪虐非道な行為に走っていたのだとか…… もし、富や名声に走り力をひけらかすような者たちを、かの怪物乗りが正義で裁いたとしたのであれば――)
ミュルザンヌは顔をしかめる。
(もしそうなのであれば……彼こそ、この国を率いる真の指導者に相応しいのでは?)
そんな憶測が、彼女の脳裏を過った。




