第26話 特殊装備満載の車はロマンの塊
声に聞き覚えがあった私は、フードを被った人物に向かって言う。
「……先ほど、ギルドで私たちにダンジョンブレイカーについて警告してくれた方ですね」
「ご名答。よく声だけで分かったね」
そう言って、その人物はフードを脱ぎ素顔を見せる。
普通の人間と違い、ピンと横に尖った耳、美しい金髪を後ろに束ね、翡翠のような深みのある緑の瞳。ルノより年上で、飾り気のない落ち着いた出で立ちの女性が、私たちの前に立っていた。
「え、エルフ族の冒険者!」
「ああそうさ。だが冒険者とはいってもCクラスだから中級だがね」
エルフの女性はそう言って、ふんと鼻を鳴らす。
「あなたは……まさか、治癒魔法を使える魔術師として立候補を?」
「いいや。あいにくだが私は人の体を治せる知恵や魔術なんて持ち合わせちゃいないよ」
女性は首を横に振ったが、それから私の方に目線を合わせ、何か企んでいるような表情でこう続けた。
「――だが、アンタの相棒を治すことなら、できるかもしれないね」
そう言われた時、私は一瞬、自分の耳を疑った。
「私の相棒………まさかチートーを?」
「あぁそうだ。ありゃ良い車だよ。アンタがあれに乗ってダンジョンブレイカーと戦うところを隠れて見ていたが、奴らを蹴散らしたのを見た時は本当に気分爽快だったよ。見た目も良いし吹かした時の音も良かった。立派な名車を持ってるじゃないか、アンタ」
本来、異世界にあるはずのない車の存在を、彼女はどうやら知っているようだった。
「……あなたは、転移者なのか?」
「ふん、まぁそう疑うのも当然だろうねぇ。だけど、残念だが私は違う。この世界の人間……いいや、ただのしがないエルフさ」
そう言って、エルフの女性は私の前に手を差し出して言った。
「――ステラ・ヴィオールだ。よろしく」
◇◇◇
私とテシア、そしてステラを乗せたチートーは、大通りから一本逸れた狭い路地をゆっくりと進んでゆく。
そして、ある商店の前までたどり着くと、そこで止まるようステラが言った。
「ここが私の開いている店さ」
その店には、「ステラの鍛冶屋」という看板が掛けられていた。
「鍛冶屋をやっているのか」
「ああ。……表向きはね」
そう言って、ステラはチートーから降りる。
彼女に連れられ店に入ったが、中は至って普通の鍛冶屋、と言う感じだった。
おそらく剣や盾などの武器を打っているのだろう。熱い鉄を打つための大小様々な金槌が壁に掛けられており、彼女の手によって打たれた多くの武器が作業台の上に並べられていた。
「君は、職業が鍛冶師なのか?」
「ああそうだ。私の職業は鍛冶師……でも、それも表向きの話」
「では、裏側も見せてもらえるのかな?」
「ふふ……アンタたちにだけ、特別にね」
そう言って、ステラは店の奥に入り、地面にあるマンホールの蓋を開けた。そして、「こっちこっち」と言うように穴の下を指し示して見せる。
「げ、下水道……」とテシアが露骨に嫌な顔をするが、「大丈夫だよ」とステラは言う。
「少しばかり臭うかもしれないが、慣れればどうってことないさ」
平気そうな顔で下に降りてゆくステラの後に、私と鼻をつまんだテシアが続いてゆく。
一番下まで降りると、真っ暗闇の中に水の流れる音が響いていた。
カチッ――
何かのスイッチが押される音がして、次の瞬間、辺りが眩い光で包まれる。
そこは、レンガ造りの地下壕のような広い部屋だった。天井には裸電球が釣り下がっており、オレンジ色の光が辺りを明るく照らしている。
「異世界にも電気が通っているとは……やはり前の世界と通じるものがあるな」
「なぁに、仕組みは簡単。動力魔法で発電機を回しているのさ。アンタの乗るチートーだって動力源は魔力なんだろう? どんなに科学的に見えるものでも、所詮この世界じゃ元を辿れば全てが魔法で動いているのさ」
そう言って、部屋中央のテーブルに案内され、椅子にかけるよう言われる。
「ここに私以外のお客を呼ぶのは君たちが初めてだ。せっかくだからコーヒーでも淹れよう」
「……ま、まさか下水の水を使うんじゃないでしょうね?」
部屋の隅をチュウチュウ鳴いて走り過ぎてゆくネズミたちを見ながら、青ざめた顔でテシアが問いかけた。
「はは、そんなことはしないよ。ちゃんとろ過魔法を通した水を使っている」
「うえぇっ………」
テシアが鼻をつまんだまま、気持ち悪そうに顔をしかめた。
――ステラの話によれば、この町には下水道もきちんと整備されているらしく、レンガ造りの立派な地下水道が街の各所を通っているらしい。
そうして、排出された下水は浄化魔法をかけられ綺麗な水にろ過されて川に戻されるという。街を流れる川がいつも綺麗なのも、下水道のおかげであるのだとか。
私は、部屋に置かれたテーブルの上に散乱する設計図らしき図面を見た。
描かれていたのは、車――しかも私の乗るチートーのような車ではない。大型でゴツイ車体、タイヤも大きく、四輪はおろか、六輪から八輪、それにキャタピラまで。しかも天井には何やら機関銃や大砲のような現代兵器が乗せられている。
(……これは車じゃない。装甲車?、それに戦車?)
図面を見た私は顔をしかめた。その様子を傍から見ていたステラが、笑みを浮かべながら言う。
「アンタも興味があるみたいだね。その”鋼鉄の竜”に」
「鋼鉄の竜?」
私が問いかけるように言うと、ステラは三人分のコーヒーカップをテーブルに置き、それからテーブル上に散乱した図面を一枚残らず片付けていった。
そして片付け終わると、椅子に腰かけて一口コーヒーを飲む。
「……うむ、下水風味のコーヒーもなかなかじゃないか」
「おえぇっ……」
口に手を当てて顔を青くさせるテシアを横目に、私はステラに尋ねた。
「……ステラはなぜ、車のことを知っているんだ? あれは本来、この世界には存在しないもののはずだが」
「昔、ちょっとした縁があってね。それで車という存在を知ったんだ。詳しいことは伏せさせてもらうが、今の私はアンタたちの世界で言う”整備士”みたいなもんさ」
「整備士……ということは、車の内部構造も理解している、と受け取っても?」
「ああ。まぁ車なんか走ってないこの世界でこのスキルを持っていたところで、意味はないのだがね」
そう言って肩をすくめるステラ。
彼女が車を知っている理由については、何かもっと深い理由があるようだが、今はそこまで伝える気ではないらしい。まぁ追々明らかになっていくのだろうが……
私はそれ以上深く掘り下げてゆくのを止め、次の質問に移った。
「ではなぜ、これまで誰も入れなかった部屋に私を連れて来たのだろう? その理由を聞かせてほしいのだが?」
するとステラは、「ああ、そうだったね」とコーヒーカップを置き、本題に入るように真摯な視線を私に向けた。
「……アンタの乗る相棒を、アップグレードさせたくはないかい?」
◇◇◇
「こいつは驚いた……4.4LのV型8気筒エンジン! しかもターボまで付いてやがる! エンジン位置も前輪より後ろにあるから車体も安定するし、どれだけ派手にぶっ飛ばしても地面に吸い付くように走れるって訳か。馬力も相当だろうな。パッと見た感じだと300くらいか?」
「いや、550だ」
「そんなに!? 化け物かよ……」
チートーのボンネットを開き、むき出しになったエンジン部を見て興奮した声を上げるステラ。
今、チートーは地下の部屋に移されているのだが、鍛冶屋横にある物置小屋がリフトになっており、そこにチートーを入れると下までエレベーターのように降りていくのだ。これではまるで秘密基地である。
「ふふふ……これは改造のし甲斐がありそうだな……」
何やら不穏な笑みを浮かべるステラに、私は尋ねた。
「改造って、一体何をするつもりなんだ?」
「ふん、よくぞ聞いてくれたな」
ステラは部屋の奥にある扉の前に立ち、重そうな鉄扉を開け放つ。
「これは………」
そこにあったのは、大量の武器――剣や盾ではない。大型の機関銃やバズーカ、それに手榴弾や地雷などの爆薬……
異世界とは縁が無いはずの大量の現代兵器たちが、大量に眠っていたのである。
「何でこんなものがここにあるのかは、今は詳しく言えない。だが、アンタがこの部屋にある秘密のことを誰にも口外しないと約束してくれるのであれば、ここにある武器をあの車に装備してやろう」
「私のチートーに、機関銃を……」
私が真っ先に思い浮かべたのは、映画”006”に出てくるような、秘密兵器を搭載した車。子どもの頃、私を夢中にさせ、胸を高ぶらせてくれたあのガジェットが、私のチートーに……
気付けば、私もステラと同じく口角を上げ、不穏な笑みを浮かべてしまっていた。
「……約束しよう。このことは決して外部には漏らさない」
「そう来なくちゃな。だが、こちらも商売でやってるんだ。それなりの額を請求させてもらうからな」
金か……ルノたちの分も稼がないといけないし、チートーの改造費も嵩むとなれば、休みなく働かないと到底足りないだろう。
「金は用意する。少し時間がかかるかもしれないが」
「構わないよ、いくらでも待つさ」
そう言ってくれるステラに向かって、私は手を差し出す。
「名乗り遅れたが、神凪武之だ。こっちが私の相棒のチートー900S。見て分かる通り、私は転移者だ。車について知っているということは、君にも転移者の知り合いが居たりするのか?」
「この世界に別世界からの転移者が来るって話は聞いたことがあるよ。だが知り合いは居ない。これまではね」
私の差し出した手を握るステラ。何か含んでいるような回答だったが、彼女なりの事情を汲み取り、それ以上深くは尋ねないことにした。
「よろしくタケユキ。アンタとは良い付き合いができそうだ。あの最強と謳われたSクラス冒険者パーティーのダンジョンブレイカーを蹴散らすくらいだから、腕も確かだろうしね。私も久々に車に触れられると思うと、ワクワクして止まないよ」
こうして、私はステラの店のお得意先となった。
もちろん、鍛冶屋としてではなく、チートーの専属整備士として。




