第24話 この車は君が思っている以上にタフなんだ
私はチートーの後部座席にテシアと負傷したルノ、そしてどさくさに紛れて飛び込んできたシロクマのような小さな生き物を乗せて、自身も運転席に乗り込み全席にドアロックをかけた。
「テシア、ルノの様態はどうだ?」
「……大丈夫、息はあります。でも酷い怪我! 早く手当しないと!」
「ああ、分かってる。確かトランクの中のスーツケースに応急医療キットが入っていたはずだ。テシア、今から私の言う通りにしてくれ」
私はテシアに指示して、後部座席中央の背もたれを倒し、トランクスルーから荷台にあるスーツケースを引っ張り出させた。
そして、ケースに入っていた応急医療キットを取り出し、二人がかりでルノの怪我の応急処置を施してやった。
その間、私たちは一歩も車から出ておらず、外に居るダンジョンブレイカーたちは完全に蚊帳の外だった訳だが……
「おいおい何だよ、この黒い塊は? こんなの見たことねぇぜ」
「ちっ、妙な物出してきやがって! それで隠れたつもりか? こんなもの軽く吹き飛ばしてくれる! おいキャデック!」
「ああ、任せろマスダンク!」
マスダンクの指示を受けた太っちょ爆弾魔が、ベルトに付いた黒い玉を手に取り、チートーの周りにばら撒く。
「――【特製炸裂弾】っ!」
投げられた玉の導火線が一斉に点火され、車体に触れた途端、閃光を放って爆発した。
「よしいいぞ! シヴォレ、痺れさせてやれ!」
「了解。”眩き稲妻よ、我が求める先へ猛々しい雷を放て――【電光十字】”っ!」
シヴォレの手にした杖が振りかざされ、十字の杖先から稲光が迸る。
ガラガラピシャ―――――――ッ‼︎
刹那、フロントガラスに閃光が瞬き、ガタガタと車内に衝撃が走った。
「た、タケユキ様……あの、本当に大丈夫なのですか?」
ダンジョンブレイカーたちからの猛攻撃を受けている中、車内ではテシアが怯えながら私に尋ねてくる。
「心配ない。この車は君が思っている以上にタフなんだ。……さ、外のことは気にせず、今はルノの治療に専念しよう。そこを抑えて、私が包帯を巻くから」
「は、はいっ!」
私たちがルノの治療をしている間も、車の外ではキャデックの容赦ない爆撃と、シヴォレによる稲妻攻撃が炸裂し続けていた。
しかし、いくら撃ってもびくともしないチートーを前に、シヴォレが顔色を変える。
「馬鹿な……キャデックの爆撃は鋼鉄の鎧をも打ち砕き、私の稲妻は装甲竜をも感電死させる程強力だというのに、同時攻撃で傷一つ付かんとは……」
「弱音を吐いてんじゃねぇシヴォレ! おいジーフ! トドメだ、盾で押し潰せっ!」
「あいよ任せな! ――必殺奥義【封印圧撃】っ‼︎」
チートーの真上に跳躍したジーフは、背中に負っていた巨大な盾を手にすると、真上から盾を叩き付けた。
「からのぉ……【重力魔法】三段掛けっ!」
押し付ける盾から魔法陣が三重展開され、盾と地面に挟まれたチートーは、数倍に膨れ上がった圧力を受けてタイヤをみるみる地面にめり込ませてゆく。
ピロロン ピロロン
『――スキル【雷耐性】を獲得しました』
『――スキル【圧力耐性】を獲得しました』
ルノの応急処置がようやく終わる頃、シャシーが新しいスキルを獲得したことを告げた。
(……さて、応急処置もできたし、いい加減ここから退散するとしよう)
私は運転席に戻り、シートベルトを絞める。
チートーはジーフの盾攻撃を受けて車体半分まで地面に沈んでしまっていたが、車体が潰れる気配は無かった。流石はドイツ製、耐久性についても折り紙付きだ。
もっとも、今はスキル【物理攻撃無効化】と【圧力耐性】のおかげでこうして無事でいられるのだろうが……
「な、何だよこれ……どうして俺の盾で潰れないんだよ⁉︎」
外では、鉄壁王ジーフが困惑して声を上げていた。
確かに、これだけの圧力を受ければ、普通の車なら今頃とっくにペシャンコのスクラップになっていただろう。……普通の車なら、の話だが。
キャデックの爆撃、シヴォレの雷撃、そしてジーフの圧撃で、既に周囲数十メートル内の建物は完全に吹き飛ばされ、更地と化してしまっていた。
唯一無傷なチートーだけを除いて……
「……四人とも、気は済んだかね? では、今度はこちらの番といこうか」
私はダッシュボードにあるタッチパネルを操作し、あるスキルのボタンを押した。
「――【高度跳躍】」
ジーフの圧力魔法と真逆の力がチートーにかかり、車体が宙高く跳ね上がる。
同時に、それまでチートーを地面に押し付けていた盾は大きく凹んで、ジーフは砲弾のように空へ弾き出された。
「ウソ、だろ……俺の……俺の【封印圧撃】を、弾き返しただとぉおおおおおおっ⁉︎」
ジーフの体は宙を舞い、奇麗な放物線を描いて、そのまま街の外へと消えていった。
「ジーフっ!! ちくしょう、よくもジーフをぉおおおっ!」
仲間を失い激怒するマスダンク。
チートーが地面に着地したタイミングで、私は即座にギアを入れその場で急旋回し、車体のリアをダンジョンブレイカーたちに向けた。
「誰かあのクソッタレを止めろぉおおおおおっ!!」
マスダンクからの命令に、シヴォレは十字の杖をこちらへ向け、キャデックはベルトに下げられた手榴弾の一つを投げようと手に取る。
二人の姿をルームミラーに捉えた私は、攻撃しようとする瞬間を狙って一気にアクセルを踏み込んだ。
すると後輪のタイヤが空転し、巻き上がった大量の砂利と土埃が後方へ飛び散った。
「うぇっぺっ! ちくしょう目がっ! 目が見えねぇ!」
飛び散る砂利を顔に受け、不意打ちの目潰しを食らって怯んでしまう三人。
その際、キャデックは投げようとしていた手榴弾を取り落としてしまい、地面にコロコロと転がった。
「し、しまったっ!―――」
キャデックが慌てて拾おうとしたが、すでに導火線は点火し、カッ! と三人の周りに閃光が瞬いた。
「ぐぁああああああああああぁっ!!」
爆発に飲まれ、ダンジョンブレイカーの三人は呆気なく四散して吹っ飛んでしまった。
『Sクラス冒険者三名の死亡を確認。合計2140PTの経験値を獲得』
ピロロン
『チートー900Sのレベルが38に上昇しました』
「やれやれ……これに懲りたら、むやみに人を傷付けるような真似は二度としないことだね。まぁ、死人に二度目は無いのだろうが」
爆発して吹っ飛んでゆく三人を遠巻きに眺めながら私はそう呟き、再びチートーを発進させた。
◇◆◇
「ち、くしょう………あのクソ野郎がっ……」
日暮れ時。
街中から外れた狭い路地を、破れかぶれでボロボロになった男が、ぶつぶつ文句を垂らしながらよろけた足取りで歩いていた。
その男――爆発により街の外まで吹き飛ばされてしまったマスダンクは、地面に落ちて瀕死の状態であったが、自分の持っていたスキル【治癒】を使って辛うじて生き延びていた。
しかし、仲間であったダンジョンブレイカーのSクラス冒険者三人を失い、一人だけ取り残されたマスダンクは、武之に対する怒りと復讐の感情に燃えていた。
「覚えてろ………この借りは、必ず……っ!」
昂る感情のせいで、治癒したはずの全身が疼く。
(……これも全部あの男――あの黒い化け物を操っていたあのクソ野郎のせいだ!)
そう考えるだけで、マスダンクの胸の内に怒りが湧き上がり、居ても立っても居られなくなる。今すぐにでもあの男に復讐してやりたい衝動を抑えられなかった。
――と、その時、
「………あれれぇ? Sクラス冒険者でもあろうお方が、どうしてそんなみすぼらしい格好をしているのかなぁ?」
唐突に背後から、ねっとりとまとわりつくような声が聞こえ、マスダンクの背筋にゾッと寒気が走った。
まるで背中をぺろりと舐められたような感触。
……すると、夕日に照らされ地面に伸びるマスダンクの影の隣に、もう一人別の影がひょろりと長く伸びた。
背後から感じるこの視線……まるで見ている相手を人としてではなく、ただの食材――腹を満たすための餌としてしか見ていない、下等動物を見るような目、蔑みの視線……
間違いない、背後に居るのは奴だ。マスダンクは確信する。
「………”骨までしゃぶるハンヴィル”……か」
「えぇ~、ちょっとその渾名で呼ぶのは酷くなぁい? もうちょっとカッコイイ渾名を考えてほしかったのになぁ。ボク、ガッカリだよ……」
男性とも女性とも捉え難い、幼く中性的な声色。
マスダンクは腰に下げた鎌に手を掛けつつ、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「やぁやぁ、久しぶりだねぇマスダンクく~ん。元気にしていたかい?」
マスダンクの背後に立っていたのは、長く伸びた影とは対照的に、大人の腰くらいしか背丈のない小さな少年だった。
その少年は、極寒地でしか着られないような分厚い毛皮のコートを着込んでいて、サイズも全く合っておらず、手脚はコートの裾にかくれ、引きずるようにして歩いていた。
そして頭に深く被られたウシャンカのような帽子の隙間から、ギラリと赤く光る視線が覗いていた。
「なんで、お前がこんなところに……」
「ご主人様からお仕事の依頼を受けちゃってさぁ。依頼終わってさぁ帰ろ~って思ったら、頭の上を君が吹っ飛んで行くんだもん。何があったのか気になって、思わず付いて来ちゃったんだ」
そう言って、ハンヴィルと呼ばれる少年は長い裾に隠れた腕を上げ、上方を差し示す。
「……ほら、ボクの可愛い子どもたちも、気になっているみたいだよ」
マスダンクは視線を上げて、ギクリとする。
立ち並ぶ建物の屋上から、無数の人影がこちらを見下ろしていた。しかも気付けば、マスダンクとハンヴィルの周りにも音も無く人影の群れが湧いて出るように現れ、二人を取り囲んでいたのだ。
(こいつら何時の間に……さっきまでこんなに人の迫る気配は無かったぞ)
ゴクリと固唾を呑むマスダンク。そんな彼に迫るようにして、ハンヴィルが問いかけてくる。
「……ねぇ、聞かせてよ。君の身に何があったのかなぁ? ……可哀そうに、こんなにボロボロになってぇ。一体誰にやられたんだい?」
そう問いかけられたマスダンクの脳裏に、あの時の戦いの記憶が蘇る。
黒い化け物に乗った、一人の男の姿――
マスダンクの目に、再び復讐の炎が宿った。
「―――なぁ……お前に一つ依頼を頼みたいんだが?」
「うんっ! いいよいいよぉ! ボクは誰を食べればいいのかな? そいつは歯ごたえのある奴なのかなぁ?」
「……ああ、幾らか骨のある奴だとは思うぜ」
そう言って、マスダンクはニヤリと薄笑いを浮かべて、ハンヴィルに耳打ちした。




