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第23話 迫るダンジョンブレイカー

◇◇◇


 人通りのある賑やかな大通りから離れた、狭い裏路地。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 陽の光も届かない暗い通路の上を、一人の少女が荒い息遣いを上げて駆けてゆく。


 そして、それとは別に背後から迫ってくる四人の足音が、じりじりと彼女との距離を詰めていた。


 ――テシアは追われていた。追跡者から逃れるべく、迷路のような路地を彼女はひたすらに走ってゆく。


 しかし、息が続かずその場に立ち止まり、ふと前を見ると、そこには壁――行き止まり(デッドエンド)だった。


「……ったく、何処へ行こうってんだ? お嬢ちゃん」


 背後から声がし、テシアは息を呑んで振り返ると、そこには追跡者である四人組の男――”首狩りマスダンク”を筆頭とするSクラス冒険者パーティー”迷宮の殺し屋(ダンジョンブレイカー)”が立ち塞がっていた。


 テシアは自分が追い詰められてしまったことを悟り、顔を真っ青にしてその場に棒立ちになってしまう。


「ちょこまかと逃げやがって。要らない手間を増やさせんじゃねえよ」


 リーダーであるマスダンクが、苛立ちを露わにしながら言う。


「君の抱えてる()()さぁ。そのブツは俺たちの獲物なんだよねぇ。いい加減に返してくれないかなぁ?」


 ”鉄壁王”と呼ばれる盾持ちのジーフが、テシアの両腕に抱えたものを指差しながら強請るように言う。


 テシアが抱えていたのは、体長三十センチほどの小動物。


 白いモフモフの毛に包まれたその生き物は、饅頭まんじゅうのような大きい頭とドーナツ型をした足を持つ不思議な体形をしており、頭からは丸い耳を生やし、小さな鼻と口、そして点のようにつぶらな瞳が瞬いていた。


「ト、トゥク……トゥク……」


 そのシロクマのような見た目の小動物は、迫る四人を前に恐怖を感じているらしく、テシアの腕の中でぷるぷる小刻みに震えていた。


「この子、怯えてるわ! あなたたちを怖がっているのよ!」

「そんなの知ったことかよ。俺たちはコイツをギルドに届けて高額の報酬を貰う手筈だったんだ。それをアンタが横取りしようとした。全くとんだ泥棒猫だぜ」


 太っちょの爆弾男――キャデックがそう言ってニヤリと笑みを浮かべる。


「違うわ! 私はただ逃げ出したこの子を保護してあげただけよ!」


 必死になってそう主張するテシア。


「……むむ? こやつまさか――」


 すると、テシアを見ていた”雷鳴呼びのシヴォレ”があることに気付き、持っていた杖の先で彼女の被っていたフードを払い落とした。


「きゃっ⁉︎」


 途端に大きな猫耳がぴょこんと立ってしまい、慌ててそれを手で隠すテシア。


「やはりな、彼女は獣人だ。子どもゆえに体は小さいが、傷ものではなく体力もそこそこ……これは奴隷の価値有りかもしれんぞ、マスダンク」


 シヴォレがそう言うと、マスダンクはニヤリと笑みを浮かべてテシアに近付いた。


「なるほどねぇ、獣人の子どもか……こりゃとんだ金づるが舞い込んできたもんだなぁ」

「い、いやっ……近寄らないで!」


 思わず後退るテシア。しかしそれよりも早くマスダンクは腰にある鎖鎌を手に取り、彼女の喉元に湾曲した鎌の刃先を突き付けていた。


「おっと、下手に動くとお前の首が胴を離れて地面に転がることになるぜ」

「ひっ………」


 三日月型の鎌で首を押さえ付けられ、身動き取れなくなってしまったテシアの耳元で、マスダンクがささやいた。


「実は俺たち、とある有名な奴隷商人と仲が良くてねぇ。いつも慰み用の奴隷女をよく貸し出してもらってるのさ。その恩としてお前を引渡せば、報酬もより一層弾んでもらえること間違いねぇ。……悪いが、俺たちの財布の足しになってもらうぜ、くくく……」

「は、離してっ! 誰か助けてぇっ‼︎」

「獣人なんかを助ける奴なんか何処にも居ねぇよ、馬鹿が!」


 そう言ってマスダンクがテシアの腕を乱暴につかんだ、その時――


「その子を離しなさいクソ野郎っ!」


 四人の背後から鋭い叫び声が飛び、マスダンクの腕に小石がぶつけられた。


「いってぇっ!」


 四人が振り返った先には、テシアを探してやって来たルノが、怒りを露わにした表情でそこに立っていた。


「お、お姉ちゃんっ!?」


 腕をつかまれたテシアが驚きの声を上げる。


「ちっ……お前はあの時の……くくっ、そうか。コイツはお前の妹だったのか」


 マスダンクはにやりと笑みを浮かべると、テシアの首元に鎌を突きつけたままルノと向かい合う。


「こりゃいい! 更なる金づるが舞い込んで来やがったぜ。アイツも獣人だ、姉妹まとめて売り飛ばせば白がつくってもんだろ」

「いい加減にテシアを離して! さもなきゃ――」

「さもなければ、何だ?」


 逆に問い返され、ルノは面食らってしまう。


「こっちは四人、しかも全員Sクラス冒険者だぜ? お前一人で俺たちをどうにかできるってのか?」

「ぐっ………」


 敵に現実を突き付けられ、言葉を詰まらせてしまうルノ。言い返せずたじろぐ彼女を見たマスダンクが笑う。


「ひゃははははっ! 笑える話だぜ。妹を助けに来たはずが、相手の圧倒的な力の差を前にどうにもできず、結局姉妹まとめて狩られちまうんだからな」

「お、お姉ちゃん……」


 その場で動けないルノを、悲しい目で見つめてくるテシア。


 自分の力ではどうにもならない非情な現実、そして目の前に立ちはだかる”ダンジョンブレイカー”という越えられない壁を前に、ルノは悔しさあまり唇を噛んだ。


「おいおい、さっきの威勢はどうしたんだよ? そっちが来ねぇならこっちから行くぞぉ!」


 すると、マスダンクは持っていた鎖鎌の鎖をいきなりルノ向かって投げ付けた。


 ルノは咄嗟に腕を前に出して防御の構えを取るが、鎖の動きは彼女の意図に反し、突き出した腕に鞭のように絡み付く。


「ぐっ! しまっ――」

「そら捕まえたぜ! 奥義、【乱れ蛇】っ!」


 マスダンクが技名を叫ぶと、途端に鎖が眩く光り、まるで生きた蛇のようにうねってルノの体を高く持ち上げる。


「とっととくたばりやがれっ!」


 宙吊りにされたルノは、そのまま振り回されて左右の壁に何度も叩き付けられる。


「ぐうっ⁉︎ あがっ‼︎」


 突き抜ける衝撃。そして全身に走る激痛に、ルノは声にならない叫びを上げて悶え苦しむ。


「いやぁあああああああっ! お姉ちゃんっ!」


 テシアの悲痛な悲鳴が響いても、マスダンクの生み出した鎖の蛇は、容赦なくルノを壁に叩き付け続けた。


「ごはっ……」


 何度も壁に打ち付けられたルノは大量の血を吐き、めり込んだ壁から剝がれて地面に崩れ落ちる。


 衣服はボロボロに破れ、全身は傷だらけ。それでもルノは余る力を振り絞り、どうにか立ち上がろうと足掻いていた。


「ははっ! 姉妹そろって哀れなもんだなぁ。兄弟愛や家族愛なんてのは、所詮お前らにとって弱みにしかならねぇんだよ!」


 勝ち誇ったように両腕を広げてそう豪語するマスダンク。


(ぐっ………ご、ごめんな……さい……テシア、っ……)


 体が全く言うことを聞かず、とうとう力尽きて崩れ落ちてしまうルノ。


「お姉ちゃんっ!!」


 もはや、彼女に再び立ち上がるだけの力は残されていない。


 二人にとって状況は絶望的かと思えた、その時――




「………私は、そうは思わないがね」


 マスダンクの言葉を真っ向から否定するように、路地の向こうから声が投げられた。


「私は、愛する家族のためなら何だってやる覚悟でここに居る。……君たちも愛する者を持てば分かるようになるよ。さっき君の放った言葉が、いかに愚かな考えであるかということにね」


 路地奥から現れた人影は、そう語りながら倒れたルノの隣にやって来る。


 満身創痍のルノは、うっすらと目を開いて、ぼんやりとした視界にその人影を捉えた。


「ゆ、ユッキー……」

「すまない、来るのが遅くなった」


 テシアの悲鳴を聞いて駆け付けた武之は、すかさず倒れたルノの前にしゃがみ込み、起き上がろうとする彼女の背中を支えてやる。


「はっ、おいおい何だよ。お前さっき会った()()()()()野郎じゃねぇか。お前もわざわざ俺たちの餌食になりに来たのか?」


 その様子を傍で見ていたマスダンクが、武之をけしかける。しかし彼は彼の言葉に耳を貸すことなく、ダンジョンブレイカーに背を向けたまま何も言わずにルノの傷を見てやっていた。


「ユッキー、駄目………アイツらには敵わないから、早く逃げ、て……」

「怪我人を放ったまま逃げるわけにはいかないだろう?」


 そう言って、武之はルノを安心させるように微笑み、傷付いた彼女の体を抱き抱えた。


「おい聞いてんのかよ⁉︎ 無視すんじゃねぇ!」


 無視されて憤慨したマスダンクの怒号が飛ぶが、それでも武之が彼らの方に振り返ることはなかった。


「この野郎、ナメてんじゃねぇっ! 奥義、【乱れ蛇】っ!」


 とうとう堪忍袋の緒が切れたマスダンクが、武之目掛けて鎖の蛇を放つ。丸腰の彼に、あれを防ぐ手は無かった。


「タケユキ様ぁあああっ‼︎」


 テシアの悲鳴が上がった、次の瞬間――


 ドガガガガッ‼︎


 突然左側の建物の壁が崩れ落ち、矢のように飛び出してきたチートー900Sが、武之たちを庇うように前方へ滑り出て、マスダンクの放った鎖の蛇を弾き返した。


「なにっ⁉︎」


 突然の派手な刺客の登場に、驚愕を露わにするダンジョンブレイカーたち。


 壁を突き破ったチートーは、武之の前に車を付けると、全てのドアが一斉に開いた。


『お迎えに上がりました、武之様』


 そして無人の車内から聞こえてきたのは、AIシャシーの声。


「遅いぞシャシー。……だが助かった」


 武之は迎えに来てくれたシャシーに礼を言うと、抱き抱えたルノを、痛みが響かないよう静かに後部座席へ座らせた。


 そしてドアを閉めると、ボンネットの上を滑るようにして反対側へ移動し、テシアに向かって叫ぶ。


「テシア、早くこっちに!」

「は、はいっ!」


 テシアは怯んでいるマスダンクの手から逃れて、チートーの後部座席に飛び込んだ。


「ほら、おいで!」


 そしてテシアに呼ばれ、シロクマのような小さな生き物も「トゥックトゥック!」と声を上げてチートーの中に乗り込む。


 そして最後に、武之が運転席に乗り込んでドアを閉めた。



 ――この時、不幸にもダンジョンブレイカーの四人は、まだ知る由もなかった。


 武之をチートーに乗り込ませてしまった時点で、既に自分たちの勝算は完全についえてしまったということを……

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