第21話 私の車は悪目立ちが過ぎる
車に揺られること、約六時間――
私たちは、ようやく目的地であるアルテオンの街に到着した。
街へ入る際、門前で見張りの兵士たちに止められたが、街へ入るための手続きは全てルノが済ませてくれたらしい。
しばらくして門の扉が開き、馬車は再び動き始めた。
私はルノの引く馬車の後ろにひっそりと隠れるようにして付いて行ったのだが、兵士たちは馬車の背後に続くチートーを思わず二度見し、口をあんぐり開けて持っていた槍を取り落としてしまう。
私はそんな驚きの反応を見せる兵士たちを、作り笑いを浮かべて車内からヒラヒラと手を振ってやり過ごした。
街に入ると、まず最初目に付いたのは広大な敷地を持つ噴水広場だった。
広場の中央に置かれた円形噴水にはロココ調らしいたくさんの彫刻で装飾されていて、噴水の周りをたくさんの人や馬車が行き来している。
街はどこも活気に満ちていて、中でも商店の並ぶ大通りは多くの者たちでごった返していた。整備された石畳の道の上を、馬車や人力車、さらには籠を背中に乗せたゾウのような巨大な生き物まで、のっしのっしと通りを練り歩いてゆく。
転移前の世界とは全く異なる人、乗り物、そして動物たちが行き交う様子を目の当たりにし、私はカルチャーショックのような衝撃を受ける。なんと賑やかな街なのだろう!
……しかし実際、私が受けた衝撃よりも、初めてチートーを見た周りの人たちの衝撃の方が遥かに大きかったようだ。
「おい、何だあれ?」
「見て、あの鋭く光った目! きっと獰猛な獣よ!」
「猛獣だって⁉︎ そんなものが街に入ってきたのか? まったく警備の兵たちは何をやってるんだ!」
「なぁ……中に人が居るみたいだが、まさか食われたとかじゃないよな?」
周囲からの視線を痛いほどに感じる。明らかに他とは異なる姿形をしたチートーは、通りを歩く者たちの視線を余すことなくさらっていった。
「これは少しばかり……目立ち過ぎだな」
『やっぱり……これじゃ街中で変な噂が広がるのも時間の問題ね。早いとこ人目に付かない場所に隠しちゃった方が良さそう』
「同感だ。隠せそうな場所はあるのか?」
『う〜ん……馬小屋くらいしか思い付かないけど』
「隠せるスペースがあるのならそれで十分だ。案内してくれ」
私たちは人目を避けるべく、急ぎチートーの隠し場所を探すことにした。
◇◆◇
「えっ、銀貨十五枚も⁉︎」
探しに探した挙句、ようやく街外れに見つけた馬小屋に、ルノの声が響いた。
「ああそうだ。アンタらの乗ってきた荷馬車の馬が二頭分、あとあの黒いバケモンを入れておくのに馬三頭分。占めて馬五頭で銀貨十五枚だ」
「ふっかけ過ぎよ! チートーは一頭分の換算のはずでしょ?」
「馬鹿言うな。ありゃどう見ても三頭分の大きさはあるぜ。払えないってんなら、他を当たるこったな」
馬小屋の管理人は、ルノがいくら値下げ交渉しても応じてくれる様子が無かった。
ルノは自分の手元にある全財産を確認し、暫く考え込んだ後「ああもう……分かったわよ!」と渋々管理人の手に銀貨十五枚を叩くようにして置いた。
こうして、私の愛車は藁の敷かれた小屋の中に、馬たちと並んで置かれることになった。チートーには少し窮屈で不憫かもしれないが、暫しの間我慢してもらおう。
「思ったより高く付いちゃったね、お姉ちゃん」
「はぁ……ほんと、予想外の出費でギルド行き確定ね。何とかして依頼探さなきゃ」
がくりと肩を落として項垂れるルノを、妹のテシアが慰める。
「別に無理して支払う必要無かったんじゃないのか。街の外に止めておくこともできたのに」
私がそう言うと、ルノは鬱陶しそうに首を横に振りながら叫ぶ。
「あ〜もう、うるさいっ! はぁ……私もお人好しが過ぎるわね……もうこうなったら、とことんユッキーに貢いでやるんだから! ほら来て!」
そう言って彼女は私の腕をつかみ、冒険者ギルドのある方へと駆け出した。
◇◇◇
「ほぅ、ここが冒険者ギルドか……」
町の中央に位置する大きな建物を前に、私は感心するように息を吐いた。
「そう。ひょっとしてここへ来るのは初めて? 冒険者になるための名義登録をしたり、依頼を受けたりする際はここで受付ができるの。早いとこユッキーの名義登録を済ませましょ。テシアはここで待ってて。お姉ちゃんたち、すぐ戻るから」
「うん、分かった」
テシアを入口に残して、私はルノと共に建物の中へと入った。
中は広いロビーとなっており、カウンターでは受付嬢の若い女性たちが、次から次へと押し掛けてくる冒険者たちを手早く事務的に捌いてゆく。
「ええと、名義登録の窓口は……」
ルノが広いロビーに無数と設けられたカウンターの中から、名義登録専用の窓口を探す。
――と、その時、突然入口の扉が乱暴に開け放たれ、四つの人影が床に長く伸びた。
「おいおい、ろくに武器も装備してない奴がこんな所に来るんじゃねぇよ」
ドン、と背中に衝撃を受け、私とルノはよろめいた。その横を、四人の男たちが颯爽と通り過ぎてゆく。
「ちょっと、痛いじゃない!」
ルノが声を上げると、男たちの鋭い視線がこちらに突き刺さった。
「あぁん? 道を開けないテメェらの方が悪いんだろうが。お前らみたいな格下クラスは俺たち上級クラスに道を譲るべきなんだよ」
その四人組は、見た目からして気性の荒そうな連中ばかりだった。
中でもリーダー格らしき男は、筋骨隆々な体を周りに見せ付けているような上裸姿で、腕には燃え盛る炎の刺青、頭にはつばの広いウエスタンハットを被っていた。
そして彼の腰には、三日月のように湾曲した刃を持つ鎌のような武器が下げられ、鎌の柄に付いた長い鎖が腰に巻き付けられてジャラジャラと耳障りな音を立てていた。
こんな奴らに絡まれたら、きっとロクなことが起きない。……私の第六感がひたすらそう告げていた。
「お、おい、あの四人ってまさか……」
「ああ、彼らの訪れるダンジョンで攻略できなかった所は無いって噂されてる、超凄腕のSクラス冒険者パーティー”迷宮の殺し屋”の連中だ」
入ってきた四人を見た周りの冒険者たちは、彼らを恐れるように数歩後退る。
ルノも”ダンジョンブレイカー”という単語にピクリと猫耳を反応させ、それ以上突っかかるのを止めた。
「くっくっ……ああそうだ、それで良い。テメェらみたいな格下は黙って俺たちに道を開けてりゃいいのさ。さもなきゃ、俺の相棒がいつお前の首を持って行っちまうか知らねぇぜ、ほれ?」
そう言って、リーダーの男はルノの前で嫌らしく腰を振り、吊り下げた鎌をジャラつかせた。
「おい止めとけよマスダンク、ほら、彼女ビビって震えちまってるぜ」
すると、背後に居た肥満体系の太っちょ男が、リーダーの男を止めた。太っちょ男は両肩から腰にかけてクロスするように太いベルトを巻き付けており、そのベルトには手りゅう弾らしき導火線の付いた黒い玉が無数にぶら下がっていた。
「おやおや、可哀想なお嬢ちゃんだ。――そこの妙ちきりんな格好をしたお前、彼女を慰めてやってはどうだい?」
そこへ、三人目――スキンヘッドにローブを羽織り、先に十字の彫刻が付けられた杖を突く男が、私の方をジロリと睨み付けて言う。
「てゆーかさぁ、何よその格好? 執事にでもなったつもり? それならどっかの貴族の家にでもしけ込んでりゃいいじゃん。ここはお前みたいな武器も持たねぇ野郎が来る場所じゃねぇんだよ」
最後に四人目――ひょろ長い背丈をし、背中に巨大な盾を担いだおかっぱ頭の男が、私を煽るようにそう言った。
”ダンジョンブレイカー”と呼ばれるパーティーメンバー四人は、私の着ているスーツについて散々ケチを付けた後、下劣な笑い声を上げて通り過ぎていった。
「……ったく、何よアイツら! 腹立つわね!」
プンプン怒っているルノに向かって、私は尋ねた。
「あの四人がSクラス冒険者なのか?」
「ええそう。最近この街にもSクラス冒険者パーティーが来てるって噂で聞いてたわ。どんな奴らかとは思ったけど……まさかあんなクソ野郎共だったとはね」
ルノが言葉を吐き捨てる。
「自分の地位に甘んじて他人を軽く見るような彼らは、私も好みじゃない」
私は呆れるように溜め息を吐き、堂々とギルドの窓口へ向かう四人組から目を逸らした。
「……アンタたち、よく首を持って行かれなかったね」
すると、唐突に背後から声がして、私とルノは振り返った。
そこには、ルノと同じくフードを深く被った一人の女性が立っていた。フードから覗く口元から推察するに、ルノよりかなり年上の女性であるようだ。
「”首狩りマスダンク”、”爆弾魔キャデック”、”雷鳴呼びのシヴォレ”、”鉄壁王ジーフ”……どいつもこいつも血の気が多い危険な連中だよ」
「……あなたは、あの四人をご存じなんですね」
私がそう返すと、「存じてなけりゃ、あんな奴らに近寄りもしないよ」とその女性は言った。
リーダー格の入れ墨半裸男――”首狩りマスダンク”こと、マスダンク・クロフォード。
体中に黒い玉をぶら下げた太っちょ男――”爆弾魔キャデック”こと、キャデック・エスカルド。
スキンヘッド杖男――”雷鳴呼びのシヴォレ”こと、シヴォレ・カマロフ。
ひょろ長いおかっぱ盾男――”鉄壁王ジーフ”こと、ジーフ・ラングレー。
女性は”迷宮の殺し屋”メンバー四人全員の名を、自身の口から語ってくれた。
「あいつらの居た前の街じゃ、そこに唯一あったダンジョンに居る全ての魔物が奴らに虐殺され、眠っていた財宝やアイテムを根こそぎ持って行かれたらしい。おかげで他の冒険者たちは商売上がったりだ。可哀そうなもんだよ」
女性はそう言って肩を落とし、それから最後に私たちに向かってこう言った。
「アンタたちもまだ若いんだから、あんな他人の気持ちも量れないような奴らに命を取られるんじゃないよ」
そう言い残して去ってゆく女性。
「何よ、あの人……」と訝し気な目を向けるルノの傍ら――
(なるほど。きっと彼女なりに、私たちのことを思って警告してくれたのだろう)
私はそう理解して、去り行く女性の背中に向かって軽く頭を下げた。
「……ご忠告をどうも」




