第20話 チートー街へ行く
村を挙げての歓迎を受けた次の日、私は村長の所へ行き、ここから一番近い街への行き方を尋ねた。
「ふむ、この村から一番近いのはアルテオンの街じゃな。王国の中でも指折りの大きな街で、あそこに行けば何でも揃う豊かなところじゃ」
「王国の中? この辺りは国外という訳ではないのか?」
村長の話によれば、ここシスリ村も一応神聖ギブリール王国の領土内なのだという。女神ロイスから二度目に異世界召喚された際、てっきり国外のどこかに降ろされたのだと思っていたのだが、運良く王国の領土内であったらしい。
「まぁ近いといっても、ここからだと馬車でも半日ほどかかる距離だが……」
「それなら大丈夫、問題ない。足なら良いのがある」
私はそう言ってチートーの置かれた納屋の方を指差した。
「……やはり、行ってしまわれるのですかな?」
私の言葉を聞いた村長や他の獣人たちは、皆もの憂げな表情でこちらを見ていた。
きっと村の守護神である私とチートーが居なくなってしまうことに不安を感じ、村に留まってほしいと思っているのだろう。
……しかし、私には妻と子どもを悪しき王国から取り返すという指名がある。いつまでもここで油を売っている訳にもいかない。
「ああ。私にも旅をする目的があるものでね」
「そうか。神様にも事情があるというのなら、こちらが引き止めるのは野暮というもの。どうか、道中お気をつけて。……ああそう言えば、ちょうどトゥイナが街へ食料の買い出しに出掛けるそうだ。彼女と共に行かれてはどうかな? 彼女なら街のことをよく知っておるだろうしな」
「彼女が街へ?」
確かに、ちょうど街の案内役も欲しかったところだし、私も彼女の荷物持ちくらいならしてやれるだろう。
私は、ルノと同行することを申し出るため、彼女の元へ向かった。
◇◇◇
「えっ? ユッキーも街へ行くの?」
馬車に荷物を積み込んでいたルノが、驚いた顔で私を見た。
「ああ。だから私もルノと同行させてほしい。構わないかな?」
「別に良いけど……私の荷馬車、ユッキーのチートーより全然スピード出ないし、ノロノロだから普通に半日くらいかかるんだけど……それでも大丈夫?」
「大丈夫、ぴったり後ろから付いて行くよ」
そう言って私は親指を立てて見せる。
「あ、あと宿泊代とか食事代とかは自腹でお願いね。そこまで構うだけの余裕は無いから」
「宿泊代? 買い出しだけに何日もかかったりするのかい?」
「ええそうよ。この荷馬車の大きさを見れば分かるでしょ。私たちの分だけじゃなくて、村の人たちの分もまとめて買いに行くんだから」
「それは結構な量になりそうだね」
「そう。おまけに買い出しのお金が足りないこともあって、街で依頼を引き受けたりして不足分を補う必要もあるから、村に帰るのは多分一週間後くらいにはなると思う」
(一週間とはまた長丁場だな……)
まぁでも宿泊に関しては、最悪チートーで車中泊もできるから、野宿になるということはないだろう。
……しかし、いくらチートーがあるとはいえ、この先の旅で必ずお金は必要になる。ルノと同じく、どうにかして稼ぐ方法を考えなければならない。
「私も、街に着いたら働き口を探してみる。ルノにばかり頼るつもりはないよ」
「そう? なら良いけど……あと、その格好は何なの?」
「ん? あぁこれか。街に行くのであれば、一応恰好をきちんとしておいた方が良いと思ってね」
ルノから指摘された私は、黒のズボンに白のワイシャツ、黒のジャケットに青のネクタイという、完全フォーマルなビジネススーツ姿で立っていた。
これらはチートーのトランクにあったスーツケースに入っていたもので、某スパイ映画や某運び屋映画で主演俳優がきちんとした正装で車に乗っている姿に感化され、予め用意していたものだった。
最初は使う機会など無いと思っていたが、こうして身だしなみを整えることで、少なくとも出会う相手から悪く見られるようなことはないだろう。
「はぁ……ユッキーって本当に律儀なのね」とルノには呆れた目で見られてしまったが。
しかし、そう言うルノの格好も、おおよそ普通と呼べるものではなかった。
彼女は、まるで身を隠すように体に厚皮のローブをまとい、頭にはフードを深く被っていた。
側から見れば怪しい者に見えなくも無いが、獣人の特徴である耳や尻尾を軽々しく晒して歩くのは良くないとルノは言う。
「ほら、前にも言ったでしょ。私たち獣人は人間より格下なんだって。特に街中では、獣人だとバレると色々と厄介な面倒事に巻き込まれることもあるの。だから、その防止策」
そう言って、ルノはフードを深く被り直す。
どうやら、獣人には獣人なりに身だしなみに気を使う必要があるらしい。肩身が狭いのはお互い様と言うわけか……
私は納屋に置かれていたチートーを出してきて、ルノの乗る荷馬車の隣に止めた。
……そうしていざ出発しようとしていた私とルノの前に、妹のテシアが重い荷物を背負って慌ててこちらに駆けてきた。
「タケユキ様が行くのなら、私も行きます!」
「ちょ、どうしたの? テシアは家で留守番のはずでしょ?」
「そうだけど……でも私、タケユキ様の役に立ちたいの! こうしてトゥイナ姉が帰って来てくれたのも彼のおかげだし……それに、あの祠で祈っていた時、『お姉ちゃんが無事に帰って来られるのなら、私何でもやります』ってお願いしちゃったから、何かお返ししないとバチが当たっちゃうと思って……」
(そうか、そこまでしてルノの帰還を心待ちにしていたのか……)
殊勝な思いを持つ彼女に対して心を打たれた私は、ルノに提案する。
「彼女がそう言うのなら、一緒に連れて行ってやればいいんじゃないか?」
「えっ? ……ま、まぁユッキーがそう言うなら」
私の鶴の一声で、テシアは私たちと共に同行することが決まった。
ルノとテシアが乗った荷馬車は、私の運転するチートーを引き連れ、村人たちに見送られながら村を後にしたのだった。
◇◇◇
「――シャシー、オートクルーズモード起動。ルノたちの乗った荷馬車の後を追ってくれ。間隔は十メートル以内で」
『承知しました、武之様』
私はチートーに搭載されたクルーズコントロール(アクセルやブレーキを使わずとも速度を一定に保ってくれる機能)を使って、ルノ姉妹の乗る荷馬車の後を追わせた。しかも追従式なので、前に居る荷馬車が方向を変えたとしても、ハンドル操作することなく追従してくれる、言わば自動追尾装置が内蔵されているのだ。
この機能のおかげで、街に着くまでの間、私は一度もハンドル操作やアクセル操作をすることなくリラックスしてシートに横になり、休息を取ることができた。ルノに前倣えで舵を預けてしまうのは少々気が引けるところもあったが、街への行き方を知らないのだから、この際仕方がない。
そうして、シートの背もたれを倒して休んでいると――
ピロロン
『――スキル【遠隔会話】を獲得しました』
シャシーがまた何か新しいスキルを獲得したことを私に告げた。
私はタッチスクリーンを操作してみると、メニューのボタンにテレフォンが追加されていた。どうやらこれを使えば遠くに居る者とも会話することができるようだ。
テレフォンのボタンを押すと、宛先の一覧画面が出た。既にルノ・トゥイナの名前が登録されていたので、彼女の名前を選択すると、スピーカーがオンになる。
「ルノ、聞こえるか?」
『うにゃあっ⁉︎ びっくりしたぁ! ユッキー? 何処から話してんの?』
「驚かせてすまない。【遠隔会話】スキルが使えるようになってね。チートーの中から君に直接声を掛けている」
『そんなスキルまで使えるようになったの? 本当にチートーって便利なのね……』
呆れ気味にそう答えるルノ。
せっかく遠隔会話が使えるようになったのだから、私は少し彼女とお喋りしてみたいと思った。
「村全員分の買い出しまで一手に引き受けるなんて、ルノは本当に村人思いなんだね」
『別にそんなご厚意だけでやってる訳じゃないわ。外に出られるだけの体力を持ってるのが私しか居ないってだけ。ユッキーも村人たちを見て薄々気付いていたでしょ?』
「ああ、まあね」
シスリ村の住人の大半は、村長のような高齢の老人、そしてまだ幼い子どもたちばかりだった。彼らにこれだけの長旅をさせるのは酷というものだろう。
『一応村全体からお金の徴収もしたのだけど、それでも足りるかどうか微妙なところね。街で少し依頼もこなさないとキツイかも』
「依頼というのは?」
『冒険者ギルドの依頼のことよ、まさか知らないの?』
驚いた声を上げるルノ。どうやらこの世界では当たり前のことを聞いてしまったらしい。女神ロイスはそこまで教えてくれなかった。
『冒険者ギルドに名義登録した人は冒険者になって、様々な職業に就いて依頼をこなすことができるようになるの。冒険者も熟練度によってクラス分けされていて、一番下からA、B、C、E、G、そして最上級のSクラスまであるわ。Aクラス冒険者はまだ駆け出しだけど、Sクラスにまでなるともう別格。ちょっとした有名人ね。腕も相当なものよ』
「なるほど。で、君のクラスは?」
『私はBクラス。A、Bクラスはまだ経験が浅くてダンジョンに入る資格を得られないから、早くCクラスに昇格したいと思うのだけど、なかなか難しいわね。ダンジョンには沢山の財宝や宝石が眠っているって話だから、行けるようになれば今より儲かるかもしれないのに……』
どうやらこの世界では、仕事を得る一つの手段として冒険者ギルドという存在が大きいようだ。そこで名義登録すれば、誰でも依頼をこなして報酬をもらうことができる。なかなか便利なシステムだ。
「私もその冒険者ギルドとやらに名義登録したいのだが、可能だろうか?」
『えっ? まぁ名義登録なら誰でもできるけれど、初回登録料を取られるし、登録できたとしても最下位クラスの受けられる依頼なんてたかが知れてるから、小銭稼ぎにしかならないかもだけど……』
「構わないよ。私も君と同じ”運び屋”を職業にしてみようと思う」
『それが良いわ! チートーがあるなら、少し無茶な依頼でもこなせそうだしね』
ルノの言う「無茶な依頼」というのがどんな内容なのか全く想像が付かなかったが……とりあえず街へ行ってみれば分かるだろう。
私はそう割り切って、チートーのオートクルーズ機能に身を任せ、街への到着を気長に待つことにした。




