第19話 私の車は触るとご利益があるらしい
「おい聞いたかよ!? あの祠に封印されていた黒獅子様がとうとう目覚めたらしいぞ!」
「口で言っただけじゃ信じられねぇだろうが、ありゃどう見ても本物だったぜ!」
「きっと村の危機を救うために来てくださったに違いねぇ!」
私がシスリ村にやって来たことは、瞬く間に村中で噂となって山火事より早く広がった。
そして、村の救世主がやって来たと知った村人たちは、一丸となって私をもてなすために宴の準備を進めていった。
(まぁ歓迎してくれるのは悪い気こそしないものの……)
私は、村人たちに連れられ宴の会場へと案内された。
テーブルの上には酒の盃やパン、肉や魚料理など豪華な料理が所狭しと並べられていた。見たところかなり貧しそうな村であるというのに、一体どうやってこれだけの食事を用意できたのだろう?
「さぁさ、タケユキ様、どうぞ遠慮なさらずにお召し上がりください」
村長がそう言って勧めてくれるが、こんなにたくさんの料理、とても私一人では食べられない。
……ふと、部屋の窓の外へ目を向けると、小さな子どもたちが指をくわえ、物欲しそうな目でこちらをじっと見つめているのが見えた。
きっと腹を空かせているのだろう。突然押し掛けてきた他所者の客だけが良い思いをして、村の子どもたちがひもじい思いをしていては本末転倒だ。
「……村長、この料理は?」
「これはシスリ村の住人たちが誠意を込めて準備してくれたものです。元々は嵐や飢饉などに備えて蓄えていた食料なのですが、神の使いを前に出し惜しみなど以ての外! ぜひお召し上がりを!」
村長の話を聞いた私は、その場に立ち上がり、部屋の扉を開けて外に居た子どもたちを呼んだ。
「君たち、お腹は空いていないか? この部屋にたくさんの料理があるのだが、とても私一人では食べきれそうにない。君たちにも手伝ってほしいのだが……」
私がそう言うと、子どもたちはパァッと目を輝かせ、大喜びしながら部屋の中へ入ってきた。
「村長さん、せっかくこれだけの御馳走を用意してくれたんだ。どうせなら村の住人全員をここへ呼んで、楽しく団らんした方が楽しいんじゃないか?」
「な、なんと慈悲深きお言葉……神の使いがそうしたいと仰るのであれば、喜んでそうしましょう。――おい! 村の者全員をここへ呼び集めてくれ!」
こうして、広い部屋には村中の人々が集められ、宴会場はお祭り騒ぎとなった。
普段、人気の多いうるさい場所はあまり好きではないのだが……
でもどうしてだろう? この村の人々と一緒に居ると、不思議と居心地が良かった。誰もが純粋で優しく接してくれるからだろうか。まるで家族と団らんしているような、温かい気持ちになる。
ここのところ、自分の家族との団らんがご無沙汰になっていたこともあり、久々に人が集まって楽しい雰囲気に包まれ、私はとても気分が良かった。
――一方、神の使いの前だからと、最初は恐れ多くて謙虚な者たちも多く居たが、酒が入るにつれて徐々に態度も砕けてフレンドリーになり、神の使いと獣人という垣根すら忘れて私に話しかけてくるようになった。
……もっとも、私は神の使いでも何でもない、ただの普通の人間なのだが。
「あら、村一番の人気者は辛いわね」
その時、聞き覚えのある声がして私は振り向くと、そこにはルノともう一人、妹のテシアが立っていて、二人してにこやかな表情でこちらを見ていた。
「やあ二人とも。……別に私は、なりたくて人気者になっている訳じゃないよ」
「もう、そんな偉そうに謙遜しちゃって。別に誇っていいのよ。あなたは村の守護神に乗って私を救ってくれた神の使いで、私の守護神でもあるんだから」
そう言って、ルノは私の隣に座り身を寄せて色っぽく目配せしてくる。
「もう、トウィナ姉ったら……一体誰のせいでタケユキ様に迷惑をかけたと思ってるのかしら?」
その様子を見て呆れるように言ったのは、妹のテシア。
「なっ!……べ、別に迷惑なんて………か、かけたのかな?」
本当に迷惑だったのではないかと思い、反論の意気を失くして、しょげたように耳を垂らしてしまうルノ。
そんな彼女に、私は「別に気にしなくていい」とだけ返しておいた。
「……あ、そういえば私の妹のこと、まだ正式に紹介してなかったわね」
ルノはそう言って、妹のテシアを私の横に座らせた。
「ほら、挨拶して」
「はい! ルノ・トゥイナの妹、テシア・ルーです! よろしくお願いします、タケユキ様っ!」
テシアは元気な声で、私に挨拶してくれる。
「テシア・ルー? ルノの妹なのに、苗字が違うのか?」
私がそう疑問を投げかけると、ルノとテシアは互いに顔を見合わせ、互いに少しはにかみながら理由を話した。
「えっと……実はね、テシアは私の妹ってことになっているけれど、血は繋がっていないんだ。テシアも幼い頃に両親を亡くしてしまって、一人ぼっちだったところを私が保護したの。それで二人一緒に過ごすうちに、村の人たちが私たちのことを姉妹で呼ぶようになったから……」
「なるほど、そういうことか」
私が経緯を理解すると、テシアも私に向かって言う。
「私たち、二人とも”両親を亡くしてる”っていう共通点があったから、辛い時もお互い励まし合いながら頑張って来れたんです。……最初、祠から黒獅子様が飛び出してきた時はびっくりしたけれど、トゥイナ姉を助けてくれたんだから、絶対悪い人じゃないって確信しました! だから、この村で何か困ることなどあればいつでも力になります、タケユキ様!」
目を輝かせながら、そう意気込みを語るテシア。
(そうか、互いに同じ不幸を体験したからこそ、二人の絆は固く結ばれている。……そのせいか、彼女の性格もルノとよく似ているな)
そんなことを思いながら、私は二人に言った。
「分かった、ありがとう。だが私を呼ぶ時にいちいち様なんて付けなくてもいいよ。普通に名前を読んでくれるだけで構わない」
「えっ、でも……」
やはり神の使いの前では恐れ多いのだろうか? 急に畏まってしまうテシアを前に、ルノが躊躇いなくこう言った。
「あ、じゃあ略してユッキーとかどうかしら?」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃんっ!?」
「神の使いを前になんて失礼なことを言うの!」と叱るテシアを前に、私はふむ、と頷きながら思った。
(ユッキーか……確か私がまだ高校生だった頃、周りからそう呼ばれていたっけか……今となってはもうすっかり忘れていたが……)
「それ、いいね。ユッキー……懐かしい響きだ」
「ちょ、タケユキ様までっ!?」
こうして、ルノは私を「ユッキー」と呼ぶようになったのだが……
「……わ、私は、たった一人の家族であるトゥイナ姉を救ってくれた方を、そんな軽々しく呼ぶのはどうなのかと……」
もじもじしながら、そう言い淀むテシア。
「そうか。なら君の好きなように呼べばいい、テシア」
私はそんなテシアの頭を撫でながらそう返すと、テシアは顔を上げて「はい! タケユキ様っ! えへへ……」と嬉しそうににっこり笑った。
しっかり者だが、甘えることも上手な可愛らしい子だ。こうして頭を撫でていると、まだ小さかった頃の琴音や渚のことを思い出す。
「………むぅ……」
――すると、隣で妹だけ撫でられているのを見てムッと膨れている姉の姿も目に付いたので、漏れなく彼女の頭も撫でておいた。
◇◆◇
そうして、宴もたけなわとなってきた頃……
何やら部屋の外が騒がしくなった。
それまで宴会場で団らんしていた村人たちも次々と外に出始めたので、何事だろうと私も彼らの後に付いて行く。
外では、村人たちの長蛇の列ができており、列の先はどうやら村の中央にある納屋へと続いているようだった。
(確か、あそこはチートーを駐車させてもらっている場所のはずだが……)
行列を作る村人の一人に何があったのかを尋ねてみると……
「納屋の方で黒獅子様が寝ていらっしゃると聞いてねぇ。あんな艶のある綺麗なお体、私は初めて見たよ! この手で触れればきっとご利益があるに違いないねぇ!」
なんと彼らは、私の愛車であるチートーを一目見たいばかりに、これだけの長蛇の列を作っていたのである。
列の先頭にある納屋の方まで行ってみると、納屋の中はたくさんの村人で溢れ、あちこちにお供え物が所狭しと並べられていた。
そしてチートーの周りに集まった彼らは、自分たちの村の守護神を見れたことに歓喜のあまり涙を流し、ご利益を得ようと車体のあちこちにペタペタと手を触れていたのだ。
「ほら、きちんと一列に並ぶのだ! お供え物をした者から順に黒獅子様に触れていくように!」
そう声を上げ、村人たちを誘導してゆく村長の姿まである。
……私の車は御神木か何かだろうか? ご丁寧にルーフ周りにしめ縄まで巻かれている。
「なぁ、この方も神の使いなのかね?」
「随分と変わった格好をされておられるが、きっとそうなのだろうよ! ……だが不思議なことに触れられないのはどうしてかの?」
一方、村人たちに囲まれていたのはチートーだけでなく、立体映像投影機能によって映し出されたAIシャシーのアバターも巻き込まれていた。
『お帰りなさいませ武之様、お待ちしておりました。……申し訳ありません、助けてください。車に触れてくる彼らの行動が全く理解できません。理解不能です、理解不能です――』
シャシーも酷く混乱しているらしく、時折ノイズのように立体映像にブレが生じる。
確かに、いきなりこれだけの人に群がられて車を触られたらパニックにもなるだろう。
(ああ、チートーが全身手垢まみれだ。後で拭いておかないとな……)
そう思っていると、私の車を見にやって来た獣人の子どもたちが、不思議そうに首を傾げながら言う。
「ねぇ、黒獅子様ってずっと眠っているの?」
「さっきから全然動かないんだけど……死んでなんかいないよね?」
「本当に動くのかしら?」
どうやら子どもたちは、チートーが音も立てず動きもしないことを心配しているらしい。
子どもたちを安心させてやりたかった私は、彼らに向かって言った。
「君たち、ちょっとそこを退いてくれないか? 私がこの子を起こしてみよう」
「えっ、オジサンそんなことできるの!? 凄い! やってやって~!」
「コラっ! 神様の前でオジサンなんて失礼でしょ!」と年上の女の子が年下の少年を叱り付ける。
仲睦まじい彼らの様子を見て私は微笑みつつ、「少し待ってくれ」と、ポケットに入れていたスマートキーを取り出して車の施錠を解除した。
流れるように瞬くウインカーを見た少年が、「あっ! 今瞬きしたよ!」と咄嗟に声を上げる。
私は子どもたちの純粋な反応を楽しみつつ、運転席に乗り込み、エンジン始動ボタンを押した。
――ヴゥウン、ドルルルルルルルッ!
「うわぁ凄い! 本当に目を覚ましたよ!」
猫目の細いデイライトがフロントに灯り、納屋に居た村人たちも歓声を上げる。
「まるで唸ってるみたい……私たちのこと、怖がってないかな?」
まだ幼い小さな女の子が、チートーのエンジン音を聞いて怯えた表情を見せる。
「心配いらない。この子も村の人たちと会えて嬉しそうだ。ほら、楽しそうな嘶きが聞こえるだろう?」
私はそう言ってアクセルを開け、少しばかり吹かしてみた。
ヴォオオオオオン! ヴォオオオオオオゥン‼︎
「凄い! 本当に鳴いてる!」
「ホントだ! カッコいい!」
私は自分の愛車を前に興奮する子どもたちを見て、とても嬉しい気持ちになった。何故なら車を「カッコいい」と褒めてくれるのは、その車のオーナーにとって最上の喜びなのだから。
「最高の褒め言葉をありがとう。……だが、今はこの子も疲れているみたいだから、暫く静かに眠らせてやってくれ」
そう言って、私はチートーのエンジンを切った。
村の住人たちも、これ以上騒がしくするのは悪いと思ったのか、皆すごすごと納屋を後にしていった。
そうして納屋には最後、私とチートー、そして大量に置かれたお供え物だけが残された。




