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第18話 どうやら私の車が神様になったらしい

◇◆◇


 ”迷いの森”と呼ばれる森林地帯から更に北へ進み、森を抜けたところに、小さな村落が広がっていた。


 ――シスリ村。


 この村に住む住人は皆、頭に獣の耳を生やした者……つまりは獣人たちが暮らしている村だった。


 あまり裕福な村ではないのか、建っている家はどれも木造で、丸太を切って並べ、屋根には樹皮を敷き詰めただけの簡素な作りのものが多かった。


 そんな村の一角にある家の扉が開いて、一人の獣人少女が外に飛び出した。


 少女の年齢は十二、三歳くらいだろうか。頭にモフモフな茶色い毛の猫耳を生やしており、不安な表情を浮かべて一目散に道を駆けてゆく。


 途中、外を散歩していた犬耳の老爺ろうやが、走ってゆく彼女を見つけて声をかけた。


「おやぁ? ルノんとこの小娘じゃねぇか。そんなに急いで何処へ行こうってんだい?」


 すると少女は、老爺に向かって叫んだ。


「カングー叔父さん! これから村長様に会いに行くの!」

「村長様にぃ? それはまたどうしてだい?」

「トゥイナ姉がまだ帰って来ないの! きっと何かあったに違いないわ! だから村長様に助言を求めに行くところなの!」


 少女はそう言って、足を止めることなく村の中央に向かって駆けていった。


◇◇◇


「ルノ・トウィナが、迷いの森に行ったきり、まだ帰って来ていない……だと?」


 杖を突き、長い顎髭あごひげを伸ばしたヤギ耳の長老が、唸りながらそう言った。


「はい、村長様。いつもならもうとっくに帰って来ているはずなのに……きっとお姉ちゃんの身に何かあったに違いないわ!」


 そう必死に訴える少女を前に、ヤギ耳の村長含め、その場に集った長老の獣人たちは皆、肩をすくめて「自分たちも彼女の姿を見ていない」と首を横に振った。


「そうか……しっかり者なあの子のことだ。きっと無事だとは思うが……」

「私に探しに行かせてください! もし怪我なんかして動けないで居たら大変よ!」

「それはならん! 迷いの森には狂暴な魔物が多く潜んでおるのだぞ。お前一人で行くには危険過ぎる」

「じゃあどうすれば……っ!」


 何もできないことが悔しくて目に涙を浮かべる少女を前に、老人たちは揃って肩を落とし、黙り込んでしまう。


「……今は、あの子の無事を祈るしかない。村の外れにあるほこらまで行き、共に祈りを捧げるのだ」

「……祠?」

「そうだ。あの祠には我々の村の守護神である”黒獅子くろしし”様が封印されている。その昔、魔物の襲撃で村が危機にひんしていた時、黒い毛並みを持つ獰猛な獅子が現れ、村から全ての魔物を追い払ったという。村人たちはその獅子を洞窟へと追い込み封印し、あの祠を立てたのだそうだ。それ以降、村に厄災が訪れるであろう時、再び黒獅子様が現れて我らを救ってくれると、今も信じられているのだ」


 村長はそう語り、黒獅子様が祭られているという祠へと、彼女を案内した。


 少女は、村長たちが神へ祈ることしか助言できないことに不満を隠せずにいたが、大切な姉が無事に戻って来れるのならと、藁にもすがる思いで祠の前に立った。


 その祠は厚い石の扉で閉ざされ、太い縄で固く封じられていた。


 あの扉の奥に黒獅子様が眠っている……そう想像しながら、少女は祠の前で両膝を突き、腕を組んで祈りを捧げた。


「……黒獅子様、どうか私のお姉ちゃんを……トウィナ姉を無事に連れ戻してください。トゥイナ姉が無事に帰って来られるのなら、私何でもやります……だから、どうか―――」


 必死にそう懇願する少女。



 ……そして、そんな少女の願いに答えるようにして、出来事は起こった。


 ………ズズズズズズズズ


 封印されている石扉の奥から、何やら地響きのような音が聞こえてきたのである。


「いっ、一体何事だっ!?」


 付き添っていた村長や他の村人たちは、これまの村の歴史で一度として起こらなかった異変に直面し、慌てふためいている。


 その音は徐々にこちらへ近付いているのか、更に音量を増し、やがて鼓膜を破らんばかりの轟音となって村中に響き渡った。


 そして、次の瞬間――


 ヴゥウウウウウウン!! ドガガガッ!!


 分厚い石の扉を突き破り、巨大な黒い影が、まるで獣の咆哮のような爆音を上げて、ひざまずく少女の頭上を飛び越えていった。


 宙高く舞うその影は、地面に荒々しく着地すると、パニックになり逃げ惑う村人たちの間を縫うように駆け回り、やがてキキ――――ッ! と甲高い鳴き声を上げて止まった。


 突如として祠の中から現れた黒い塊は、暫くの間、その場でグルルルと低い唸り声を上げているようだったが、にわか静かになって、村一帯は静寂に包まれる。


 一体何が起きたのかと、村中から集まってくる獣人たち。


 そして、これまで見たことのない黒い塊を目の当たりにして皆が騒然としている中、塊の横に付いた扉のようなものが開き、一人の人物が降りてきたのだ。


「あれは………お、おねえ……ちゃん?」


 それまで祠の前で祈りを捧げていた少女は、驚きのあまり立ち上がり、目を丸くする。


「……た、ただいま。テシア」


 その人物の姿と声が、自分の姉であると分かった瞬間、テシアと呼ばれた少女は駆け出して、彼女に抱き付いていた。


「トウィナ姉っ!! ずっと戻って来なかったから、もう会えないかと思ったよぉ!」


 再会できた喜びのあまりボロボロと涙をこぼすテシアを、ルノ・トウィナはしっかりと胸に受け止めた。


「ごめんね……ずっと一人で、寂しかったでしょ?」

「もう! こんな遅くなって今まで何処に居たの! こっちがどれだけ心配したか……」


 泣きながらも怒る妹に対して、ルノは何かをこらえているような表情で答える。


「う、うん、分かってる………分かってるけど、テシアごめん……少し離れてもらっていい?」

「えっ? ど、どうしたの?」


 姉からそう言われて、慌ててテシアが離れると――


「…………うぅ……お”ぇ”~~~~~~~~~っ!」


 顔を真っ青にしたルノは、その場で勢い良く虹色の液体を吐き出してしまう。


「ええ~~~~~っ!? ちょっとお姉ちゃん大丈夫っ!?」

「うぅ……えへへ……大丈夫、このくらい平気平気う”ぉえ”~~~~~~~~~っ!」

「いや全然大丈夫じゃないよね!?」


 マーライオンと化したルノと、それを見て慌てふためくテシアと村人たち。


 そんな彼らを他所よそに、祠から飛び出してきた黒い塊―――黒曜石オブシディアンの輝きを放つチートー900Sのドアが開いて、運転手である武之が降りてきた。


◇◆◇


「……やれやれ、どうやら洞窟からは無事抜け出せたみたいだ」


 車を降りた私は、降り注ぐ太陽の日差しを浴びながら安堵した。


 これまでずっとじめじめした暗い洞窟の中を彷徨っていたものだから、久々に青空を見た気がする。やっぱり外の空気は美味い。


 隣では、車酔いしてすっかり吐くもの全部吐いてしまったルノを、同じ猫耳の少女があたふたしながら診てくれていた。


 きっとあの子が、ルノの妹なのだろう。無事に再会できたみたいで、何よりだ。


(とりあえず、これで一件落着だな)


 ……などと思っていると、何やら周りがやけに騒がしくなっていることに気付く。


「………く、黒獅子様だ!」

「あれが黒獅子様……なんと神々しく美しいのだろう……!」

「きっと、我々の村を救いに来てくれたに違いないぞ!」


 村の住人たちが皆、恍惚とした表情で口々にそんなことを言いながら、私とチートーの周りを取り囲んでゆく。


 村人たちの視線を一身に受けた私は、どうして良いか分からずに肩をすくめることしかできなかった。


 ……すると、私の前に一人の老人が、杖を突きながら歩み出て来る。


 その老人はヤギの耳を頭から生やし、口元にはサンタクロースのような白い髭を蓄えていた。


「わ、私はこの村の村長を務めておる者です。……あなたは、どう手懐けたのかは分からんが、我らが守護神である黒獅子様に乗り、村の大事な娘を救ってくだされた。……きっとあなたも、黒獅子様と同じく神の使いであるに違いない!」

「……か、神の使い? 私が?」


 どうやら村長を含めこの村の住人たちは、私と私の乗ってきたチートーを、村の守護神か何かと勘違いしているらしい。あまり変な注目を浴びるのも良くないと思い、私は誤解を解こうとしてみるものの――


「いえ、私はそんな大層な者では……ただこのチートーに乗って偶然あの子を拾い、偶然ここへ辿り着いただけなのですが……」

「おお、さすが神の使いだ! 懐が深く慈悲深い心をお持ちでおられる!」


 村長は私の言葉を聞いた途端、感動のあまり持っていた杖を取り落とし、ヨロヨロとその場に倒れてしまう。私は慌てて倒れた村長に駆け寄り、体を起こしてやった。


「あぁ……失礼ですが、あなた様のお名前を聞いても?」

「た、武之……神凪武之です」


 そう名前を告げると、私に抱えられた村長は、周りに群がる村人に向かって声を上げた。


「……皆の者、よく聞け! 我らが村の守護神である黒獅子様に乗られていたこのタケユキ様は神の使いだ! 我々の村の危機を察知して、祠に眠る黒獅子様を呼び起こしてくれたのだ! 今日は黒獅子様が神の使いと共に再びこのシスリ村に降臨なされた記念の日じゃ! 村の全てを挙げて歓迎の準備をするのだ!」

「「「「おぉ~~~~~~~~~~~っ!!!」」」」


 途端に巻き起こる村人たちの大歓声の中、私はただ一人困ったようにその場に立ち竦む。


「………やれやれ、また面倒なことになってきたな」



 ――この日、私とチートーは、この村の神様となった。

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