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第17話 女神マセラティスとの謁見

◇◆◇


 神凪一家が異世界へ召喚された、一週間後ほど前――


 王国の勇者として選ばれた渚と琴音は、初めて神聖ギブリール王国の創造主であり、最高指導者である女神――マセラティス・ギブリールとの謁見を許された。


 最初、二人が彼女と対面した時、その美しい容姿に目を釘付けにされた。


 艶やかな水色の長髪、頭には銀のティアラ、モデルのように整った顔にはサファイアブルーの瞳が輝いている。


 そして、男性なら誰もが虜になるほどの魅惑的な体付き。そのボディラインを強調するようなレースの編み込まれた白いドレス衣装は、彼女を女神たらしめるに十分な華麗さを放っていた。


「……あなた方が、別世界より召喚された勇者様たちですか?」


 透き通るような声で、女神がそう尋ねる。


 女神の前で跪いていた渚は、その美貌に目を奪われてしまい、返事することすら忘れてしまっていた。


「ちょっと渚っ!」

「……はっ、はい! その通りですっ!」


 隣で同じく跪いていた琴音に肘で突かれ、渚は慌てて返事をする。


「突然この世界へ呼び出してしまい、さぞ混乱されていることでしょう。我らの勝手都合により、あなた方には大変なご迷惑をおかけしてしまいました。ここで謹んでお詫びさせてください」


 女神はそう言って、二人の前で深々と頭を下げた。


 美しい容姿に慈悲深い態度。彼女こそまさしく、女神と呼ばれるにふさわしい人物なのだと、渚は確信する。


「ですが、こうして我々とあなた方が出会ったのも神の定めし運命。その運命に逆らうことはできません。……二人にはこれから、我が聖騎士団たちと共に魔王軍討伐のための遠征に出向いていただきます。二人の持つ力は偉大です。その力をもって、我が王国の脅威となる悪しき魔王を倒してほしいのです」


 女神マセラティスからそう懇願され、自分たちに大いな期待を寄せられていることを知った渚は、改めて自分がこの世界で勇者の立ち位置であることを自覚する。

 そして、これぞゲームの王道的な展開だと心を躍らせ、女神に対し力強く答えた。


「分かりました女神様! 俺たちが魔王軍を打ち倒し、必ずこの国を救ってみせます!」

「ああ、なんと心強いお言葉を……ありがとうございます。期待していますよ」


 そう言って、女神はにこにこと微笑んだ。


 一方、渚の隣に居た琴音は、魔王軍討伐の遠征に行かされることに若干乗り気でないような顔をしていたが、女神の頼みとあらば仕方なしと言うように肩をすくめて立ち上がった。


「分かったわ。一応アンタには従うけど、ちゃんと帰って来れるのよね? いくら強い私たちだって、遠征先で死にたくなんかないし」

「それはもちろん。何かあればすぐに戻って来られて構いませんし、二人を必ず生きて戻らせるよう、お供する聖騎士団全員にも伝えておきます。……ですが心配されずとも、お二人の強大な力があれば、どんな危機をも跳ね除けられるでしょう」


(一体何の根拠があってそんなこと言えるのよ……)


 琴音は内心そんなことを思いながら、訝しげな眼で女神を見つめていた。


「……あ、それからさ――」


 そして琴音は、ふと思ったことを女神に尋ねる。


「……私たちのパパとママは今、何処に居るの?」



 ――女神の表情が、一瞬だけ引きつった。


「……あら、あなた方のご両親は二人とも王都を追放されたと聞いていますが、何かご心配でも?」


(そりゃ、家族なんだから心配にもなるでしょうが)


 琴音はそう思いつつ、女神に言う。


「二人が今何処にいるか、探すことはできるの?」

「探すことは可能ですが、あなた方には魔王軍討伐の遠征があります。ですので、両親を探すのは我々に任せて、あなた方は遠征に専念していただく……ということでどうでしょうか?」

「………分かったわ。二人を見つけたら連絡して」


 琴音は女神の提案を渋々受け入れ、渚と共に引き下がっていった。


 遠退く二人の後ろ姿を見送る女神。


 その表情は笑っていたが、目は笑っていなかった。



「………チッ、生意気なガキ共が。所詮貴様らは私の手駒でしかないんだ。せいぜいブッ壊れるまで使って、用済みになったら即処分してやる」


 女神の口から漏れた、女神らしからぬその言葉は、去り行く二人の耳には届かない。


 女神マセラティスは口元を吊り上げ、獣のような目で、遠退く二人の背中を睨む。


 ……世界一美しく慈悲深き女神が、世界一醜く凶悪な悪魔へと、変貌した瞬間だった。


◇◇◇


 女神との謁見を終え、神殿を出てゆく渚と琴音。


 そんな二人の様子を、遠くにある城の窓から、心配そうな表情で眺めている者がいた。


「……やはり、あの子たちの両親を追放してしまったのは、間違いではなかったのですか?」


 煌びやかなドレスを着た女性は、目線を窓際から部屋の中にある玉座へ向けてそう言った。


 玉座に就いていた国王アルナジ・ヴェントレイは、彼女の問いに対して「またその話か」とでも言いたげに溜め息を吐いて脱力し、肘掛けに頬杖を突く。


「お前はまだあの無能な転移者のことを心配しておるのか? 当の昔に追放した者のことなど考えて何になる?」

「あの方たちは無能などではありません! こちらから呼び出しておいてあの仕打ちなんて……おまけに二人の勇者様のご両親なのですよ。あんな不当な追放を、きっと勇者様方も良く思ってはいないはずです。これは我が国の信用問題に関わる事件です!」

「では、その二人をどうやって探すというのだ? 王国の領土は広い。しかも国境を越えれば人探しなど到底無理だ。そんなことに我が兵を使う訳にはいかん」

「ですが、お父様――」

「話は終わりだ、娘よ。全ては女神マセラティス様の御意志なのだ。逆らうことは許されん」


 玉座を立ち上がり、部屋を出てゆく父親の姿を、娘である王国第一王女――ミュルザンヌ・ヴェントレイは、憂鬱な表情で見送ることしかできなかった。


(……あの女神――マセラティス・ギブリールがこの国を仕切るようになってから、父は変わってしまった。女神の仰せのままに動く、完全な操り人形と化してしまった。……あの女に全てを託してしまったこと自体が、間違いだったのではないでしょうか?)


 ミュルザンヌは途方に暮れ、悲しい目で再び窓際へ目を向けた。


 窓の外では、西の山に陽が沈み、空が紅く色付いてゆくのが見えた。そして空を映す湖も同じく、血のように真っ赤に染まっていた。


「……一体誰が、この国を救う真の指導者なのでしょうか?」


 誰も居ない部屋に、ミュルザンヌの呟きが漏れた。


◇◇◇


「……それで? 召喚したあのガキ共はちゃんと使い物になるのかよ?」


 灯が落とされた暗い神殿の中に、女神マセラティスの荒々しい声が響く。


「ははっ、それはもちろん! 召喚の儀式の際、きちんと全員の魔力適性値を計りました。二人とも予想をはるかに超える値を叩き出した逸材でして――」


 そして、女神の言葉に続き、媚びへつらう男の声が慌ててそう言葉を返す。


 神殿の壇上、机に置かれた燭台の灯りのみで照らされた中に移っていたのは、椅子にだらしなく脚を組んで腰かけ見下ろしている女神マセラティスと、彼女の前で土下座して頭を下げている国王アルナジの姿。


 彼を国王たらしめていた王冠は、無惨にも床の上に転がってしまっている。


「……ったく、こっちが聞いてんのはそんなことじゃねぇんだよ」


 マセラティスはそう言って、土下座した国王の背中を、ヒールを履いた足で思い切り踏み付けた。


「ぐふぉおおおっ!」

「ちゃんと、私の、手駒として、使えるだけの能力があるかって聞いてんだ! このクソ国王がっ!」


 鋭いヒールのかかと先でぐりぐりと背中を付いてくるマセラティスに、国王は息を荒くしながら答える。


「そ、それはもちろん……遠征先でも、数々の魔物を打ち倒し、見事な成果を上げていると報告がありました。そして抱えきれないほどの褒美を持って戻るとも……あ”ぁ”ぁ”っ、マセラティス様っ! そ、それ以上強くやられると――」

「黙れブタ野郎。……それで、使い物にならないとかいう転移者の方はどうしたんだよ?」

「はぁ、はぁ……はっ、はい! マセラティス様の仰せの通り、王都からの追放と表上では見せかけ、裏で手を回してきちんと()()しておきましたので……」

「そうか、クソ国王でもやることはちゃんとやってるみたいだな。使えない奴はさっさと消すに限る。残った使える二人も、私のためにこき使ってやるさ。貴様もあの二人が妙なマネをしないよう、しっかり見張っておけ、いいな?」


 マセラティスはそう言って国王の方を見やる。


 土下座したままの国王は、散々ヒールで踏み付けられ真っ赤に上気した顔を上げると、息を荒らげながら彼女の魅惑的な脚を両手で触れ、舌を出して舐めようとしていた。


「チッ!……誰が勝手に触れて良いなんて言ったぁ!!? キモいんだよこの変態国王がっ‼︎ 死ねよこのブタっ!」

「ごっふぉおおおおおおおっ‼︎」


 マセラティスは眉を吊り上げて怒鳴り、国王の顔面を散々蹴り付けた後、伸びてしまった彼を壇上から突き落とした。


 長い階段の上を、ボールのように跳ねて転がり落ちてゆく国王。


 そこへ、ある人物が階段を登って来ていたが、転がってゆく国王には目もくれず、マセラティスの居る壇上へやって来た。


「……マセラティス様、ご報告があります」


 その人物は男で、尖った耳の形からエルフであることが分かった。エルフの特徴である高身長に、パーマをかけたような波打つ濃い緑色の髪、耳元にはスモークのかかった丸眼鏡が掛けられており、眼鏡の内側には鋭い眼光を隠していた。


「……ああ、ラチアンか。何だ?」


 女神からラチアンと呼ばれた男は、冷たいほどに落ち着きのある声で、彼女に報告する。


「例の設計図が全て完成しました。一時、機密資料の漏洩事件により遅れが出ておりましたが、資材が届き次第、直ぐに製造可能です」

「そうか、ご苦労だった。……で、設計図を奪った裏切者は見つかったのか?」

「……いえ、まだ」

「さっさと捕まえてぶち殺せ! この私に逆らった奴は全員処刑だ!」

「はっ、承知しました」


 ラチアンは深く頭を下げ、壇上を後にしてゆく。



 神殿に一人残された女神マセラティスは、怒りに歪んだ表情のまま玉座に戻ると、手で顔を覆い――


「ふふっ……これで()()()()()を果たす時も近いな……待ってろクソ野郎……貴様を殺すのは、この私だからな」


 手から覗いた口元は吊り上がり、女神に化けた悪魔は密かにほくそ笑んでいた。

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