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第15話 準備は入念にしておくに越したことはない

『カンニバルフラワーの討伐を確認。250PTの経験値を獲得』


 ピロロン


『チートー900Sのレベルが4に上昇しました』


 AIのシャシーが報告してくれる中、私はチートーの後ろにあるトランクを確認していた。


 開けると、中には大きなスーツケースが一つ。


「トランクにこいつを入れていたのは正解だったな」

「それには何が入っているの?」


 トランクに入ったケースを見て、首を傾げるルノ。


 これは、いつか家族と旅行に出かける時のために、私の着替えや生活用品などの一式を予め用意して入れておいたものだ。こうしておけば、何時でも家族をドライブに誘うことができるだろう。そんな意図があって、周到に準備していた。


(まぁ結局、これまで一度も使う機会は無かったのだがな……)


 誘いはしたものの、これまでずっと家族の誰ともドライブに行けず、もはや無用の長物と化していたのだが……違う形ではあれ、色々と役に立ちそうだ。


 スーツケースを開けると、中には衣服と下着、それにシャンプーや歯磨き粉などの生活用品のほか、何かあった時のための応急医療キットや非常食、携帯トイレ。


 あと、髪をとかすくし、髭剃り、それに制汗剤やワックス。良い車に乗る者は、身だしなみもしっかりしていなければ――という私なりの信念のもと、用意したものだ。


 でも、着替えの中に仕事で使う黒のスーツ一式も入れていたのは少しやり過ぎだったかもしれない。


ぼう運び屋映画の見過ぎだな……)


 トランクにはスーツケースの他に、トム・ポーラのロゴが付いた細長のバッグが奥に入れられていた。


 開けてみると、中に入っていたのは車の天井に取り付けるルーフキャリアのバー二本と専用アタッチメントだった。


 確かチートーを買った際、新車購入の特典としてディーラー側が用意してくれていたことを思い出す。これがあれば、トランクに入らない大きな荷物もルーフに乗せて運ぶことができるだろう。


 私は助手席に裸で座っているルノに、スーツケースに入っていた着替えのシャツと制汗剤を渡した。


「そのままじゃ風邪を引く、これを着るといい。近くに水でも湧いていれば体も洗えただろうが、この洞窟にそんな所は無いみたいだ。代わりにと言っては難だが、この制汗剤を付ければ、少しは体に付いた悪臭もマシになるだろう」

「ありがとう……アンタ、色々と気遣いできる人なのね」


 受け取ったルノは、そう言って笑みを浮かべる。


「これでも妻と二人の子を持つ父親をやってきた身だからね。多少の事なら」

「家族持ちだったのね。でも、見ていて何となくそんな雰囲気がしたわ。子どもから好かれる優しいパパって感じ!」

「正解。……と言いたいが、残念ながら子どもたちとの関係はあまり良くないんだ。だから家族は皆私の元から離れ、今はこうして独りぼっちだ」

「家族と何かあったの?」


 ルノに問われ、私はここに来るまでの経緯を彼女に話した。


「私たちはとある王国に国を救う勇者として呼ばれたらしいのだが、私だけ勇者に備わっているはずの才能が無かったみたいでね。それで私だけお払い箱さ。妻や子どもをその国に残したまま」

「それは酷い話ね……」


 ルノの抱く感情と呼応するようにして、彼女の猫耳が力無く垂れる。


「……私にも昔、家族が居たの。でも、両親は二人とも死んで、今は妹と二人暮らし。妹や村人たちの食費を稼ぐために、運び屋(トランスポーター)の職業に就いて、危険なこの”迷いの森”で物資を運ぶ依頼仕事をしていたの。魔物の出やすい森だから気を付けてはいたのだけど……油断大敵ね、危うくカンニバルフラワーの餌食にされちゃうところだった」


 そう言って肩をすくめるルノ。あの花の化け物のような恐ろしい怪物たちの跋扈ばっこする森でそんな仕事をしているなんて、きっと命が幾つあっても足りないはずだ。


「もっと安全な場所でできる仕事を探せば良いだろう? わざわざあんな危険な森で運び屋をする必要はないと思うが?」

「確かにそうね。でも私たち獣人は人間より格下と見られているから、運び屋になっても楽で儲かる仕事はみ~んな人間に優先されて持って行かれちゃうの。私たち獣人が請け負うのは体を張る命懸けの危ない仕事ばっかり。しかもそれで報酬はこれっぽっちもない。不憫ふびんなものよね……」


 なるほど、ルノのような獣人と呼ばれる者たちは、人間からすれば差別の対象になってしまっているらしい。


(まったく、何処の世界でも人種や種族差別は世の常ということか)


 そう思っていた時……


 突然、洞窟の奥からズズズ……と何かの動く音が聞こえた。


「何だ?」


 音のする方を振り向くと――


 暗闇に光る八つの赤い点のような眼が、こちらをギロリと睨み付けていたのだ。


「なっ!? あれはワイアードタランチュラ! さっきの花の怪物と同じ、A級ランクの危険な魔物よ!」

「急いで車に乗るんだ、早く!」


 私はトランクを閉めてチートーの運転席に乗り込むと、エンジンを始動させアクセルを踏み込んだ。


 方向転換する際、前方を照らすヘッドライトが魔物の姿を一瞬映し出す。


 タランチュラの名前の通り、その姿はまさに巨大なクモで、全身を芋虫がのさばったような赤と黒のまだら模様をした硬い鱗で覆われていた。


 しかも腹部の背中には、ハチの巣状に無数の穴が開いており、その見た目は集合恐怖症を引き起こしそうなほどにおぞましかった。


(……あんな気持ちの悪い生き物、美雪や琴音が見たらきっと絶叫するだろうな)


 巨大グモは逃げるチートーを見ると、すかさず口を開き、粘着質な白い糸を吐き出した。


 その糸はチートーの車体に綿あめのように絡み付き、みるみるスピードが落ちてゆく。どうやら前輪のタイヤに糸が絡んでしまったらしく、いくらアクセルを踏んでも後輪が空転するだけで前に進まない。


「ワイアードタランチュラの吐く糸は鋼鉄に匹敵する硬さを持つの。一度糸に絡まれたら、脱出するなんて不可能よ!」


 助手席のルノが声を上げる。


(不可能、か………)


 ついさっきも聞いた言葉だ。あの花の化け物の胃袋から出ることも、ルノは不可能だと言った。


 だが、結果的に私たちは脱出し、こうしてまだ生きている。可能か不可能かの判別なんて案外曖昧なものだ。


「ルノ、この糸を切る方法はあるのか?」

「ええと……た、確かワイアードタランチュラの糸は炎に弱いと聞いたことがあるけど……でも、私火属性じゃなくて土属性だし、炎を出したりなんてことは――」


 炎、つまりは熱。熱が糸の弱点なら……


「逃げる手段なら、あるよ」


 私はそう言って、助手席に座るルノに向かって口角を上げてみせた。

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