第12話 勇者たちの帰還
場所は移り、神聖ギブリール王国、王都トゥーラン――
広大な湖を中心として栄えるこの王都は、湖畔全域に渡って西洋風の街並みが広がり、都市に囲われた湖の中央には、国王の居城であるコンティネル城塞が佇んでいた。
湖畔から見たその城塞は、まさに湖上に浮かぶ城。朝日や夕陽を受けて煌めく水面に城の影が映り込む様子は息を呑むほどに美しく、王都を訪れる者たちの人気観光スポットと化していた。
街と城塞を繋ぐ足掛かりとなっているのは、湖の上に敷かれる、長さ1キロにも及ぶ堅牢な石橋。
……その橋の上を、一台の馬車と五台の幌馬車から成る一団が縦列を組み、城塞を目指して全力で馬を走らせていた。
そして、馬車の列の周りには、鷹の上半身と獅子の下半身を併せ持つグリフォンと呼ばれる獣が十数頭、隊列を組む馬車の周りを取り囲むように並走していた。
グリフォンの背中には人間が跨っており、彼らは皆、肩や胸に銀の鎧を装着し、腰や背中には剣や弓を背負って武装していた。
彼らは王国所属の騎士であり、馬車を警護する役割を担って、絶えず周囲に警戒の目線を送り続けていた。
グリフォンを駆る騎士の一団に警護、引率された馬車の隊列は、城塞まで到着すると、見張りの兵たちに率いられる形で城の中へと通された。
重い扉が開かれ、物々しい警備の中、馬車の列が城内へと侵入する。
城内の広場では、かつて武之と美雪を王都から追放した張本人である神聖ギブリール国王――アルナジ・ヴェントレイが、お付きの兵士たちを率いて出迎えに来ているところだった。
「おお、勇者様たちが帰還なされたぞ!」
喜びを露わにする国王の前に、車列の先頭にいた馬車が止まり、傍に控えていた兵士が篭に駆け寄って扉を開けた。
馬車から降りてきたのは、赤いマントをなびかせ、全身を白銀の甲冑に身を包んだ戦士。
他の兵士たちと比べて少し背は低いが、それでも立派な鎧を着て大剣を背中に担ぎ歩く姿からは、いかにも国の命運を握る勇者という雰囲気が色濃く漂っていた。
その戦士は国王の前まで歩いて行くと、被っていた兜を脱いで国王の前で片膝を突く。
「これはこれは、予定よりもお早いご帰還ですな! 勇者ナギサ様」
国王からの感激の言葉に、勇者と呼ばれた彼は顔を上げた。
勇者ナギサ――そう、厚い甲冑に身を包んだその勇者こそ、武之の息子である神凪渚だった。
「国王様、魔族討伐を終えて只今帰還いたしました! 戦利品である魔石や鉄鉱石、それにドラゴンの鱗もたくさん持ち帰っていますので、ご覧ください!」
渚は目を輝かせながら、自分の乗って来た馬車の背後に続く幌馬車の列を指差した。
「おお、こんなにもたくさん持ち帰ってくれたとは感激だ! おいお前たち、急いで荷の積み下ろしにかかれ!」
「「「はっ!」」」
命令された兵士たちは馬車から積荷を下ろし、その中身を確認してゆく。
積まれた木箱には、宝石のように光る石や黒光りする鉄鉱石がぎっしり詰め込まれていて、他にも倒したドラゴンから剝ぎ取ってきた金属のような光沢を放つ鱗が、何枚も重ねて積み込まれていた。
「なんと、これはミスリル製の鱗……まさか、ミスリックドラゴンを討伐されたのですか⁉︎」
「全部で十頭分はあります!」
「……こ、これらのドラゴン全てを、勇者お一人で討伐なされたので?」
「はいっ! どんな強敵と出会っても、僕の持つこの剣を前に適う者などおりません!」
渚は誇らしげにそう言って、背負った剣に触れて見せる。
その剣は、かつて異世界転移した際、女神ロイスに見せてもらった装備カタログの中から選んだ一本だった。
「おい渚〜〜〜っ!」
すると、遠くから声が聞こえ、グリフォンに乗った鎧姿の少女が渚の前に駆けて来る。
「あのさぁ、私たち王国聖騎士団もドラゴン狩りに参加したことを忘れたの? なに勝手に成果を独り占めしようとしてんのよ!」
背中に弓を背負った彼女は、青のマントをなびかせて竜から降りると、憤りを露わにして渚の方へつかつか歩み寄った。
「なっ……べ、別に姉ちゃんたちは僕の支援に回ってただけで、ずっと先頭で戦ってたのは僕だっただろ!」
「はぁ、何言ってんの? 私だってこの弓で下級ドラゴン三頭はしとめたのよ。その成果すら全部自分の手柄にしようとするとか、傲慢過ぎるにも程があるんですけど〜?」
渚に詰め寄ってゆく弓使いの少女は、渚が「姉ちゃん」と呼ぶ通り、神凪家の長女である神凪琴音だった。
魔王を倒す勇者として召喚された二人は今、王国の聖騎士団に入団しており、国王の命により魔族討伐の遠征に出掛けていたのだった。そして今日、遠征を終えた彼らは、晴れて王都への凱旋を果たしたのである。
既に騎士団の一員として、すっかり異世界人たちの中に馴染んでしまっている二人だったが、些細な事から口喧嘩に発展してしまうのは、異世界に来る前から変わらなかった。
「姉ちゃんがあのドラゴンを倒せたのは、僕が最初に一撃を浴びせて怯ませたからじゃないか。しかも後援を任せたのに、最初の何発かは外しちゃってたし」
「なっ! ……そ、それは渚が私の射線に入ってくるのが悪いんでしょ!」
「戦闘中にそんなことなんていちいち気にしてられるかよ!」
いつものように、言い争いがエスカレートしてしまう二人。
「おい、二人とも――」
しかし、そこへ突然、いがみ合う渚と琴音の間にシュッ! と鋭い影が走り――
チャキッ……
気付けば、二本の鋭いサーベルの切先が、渚と琴音二人の首元に突き付けられていた。
しかもそのサーベルは、まるで見えない糸で吊られているように、独りでにピタリと宙に静止して浮いていたのである。
どうやらそのサーベルは魔法により操られているらしく、魔力が付与されたサーベルの柄と刃からは薄い光が放たれていた。
宙を浮くサーベルに喉元を狙われ、その場に動けなくなってしまう二人。
そんな彼らの前に、グリフォンに乗った一人の女性騎士が現れ、背中から降りて二人に近付いてきた。
「げっ……」
彼女の姿を見た琴音は、露骨に嫌な表情を見せる。
その女性は他の聖騎士たちとは違い、明らかに別格の雰囲気を漂わせていた。
色白な肌、艶やかで流れるような金色の長髪、整った顔立ちにエメラルドグリーンの瞳。そしてエルフの特徴である、顔の左右に伸びる尖った耳。
エルフ特有の魅力的な容姿もそうだが、その女性の携帯する武器にも目を引いた。
彼女の腰には二本のベルトがクロスに巻かれ、左右それぞれ二本ずつ、計四本ものサーベルを納める鞘を吊るしていた。うち二本は納刀され、もう二本は鞘のみの状態だったが、抜刀された二本については、今渚と琴音の喉元に突き付けられている。
ガチャガチャと鞘の触れ合う音を響かせ、周りに強者の風格を漂わせながら颯爽と歩くエルフの女性騎士は、二人のところまでやって来ると、エメラルド色に光る鋭い瞳でキッと睨み付けながら言った。
「二人共、今は国王陛下の前なのだぞ。くだらん言い争いなら他所でやれ、見苦しい」
「じゅ……ジュリアナ団長」
琴音が「団長」と呼んだ彼女は、その言葉通り王国聖騎士団を率いる団長であり、王国最強と名高い百戦錬磨のサーベルの使い手――ジュリアナ・ロメリオだった。
外見は容姿端麗ながら、その体の内に秘める魔力は強大で、四本のサーベルで容赦無く敵を斬り刻む姿から”斬り裂き淑女”と渾名が付くほどの強豪戦士として、騎士団内でも恐れられていた。
「す、すみません団長……」
彼女の放つ圧倒的な気迫を前に、すかさず頭を垂れてしまう琴音。
しかし渚の方は、喉元に剣を突きつけられながらも尚、反抗的な眼差しでジュリアナを睨み続けている。
「……こんな剣一本で、僕を止められると思ってるんですか?」
「……何だと?」
渚の漏らした一言に、聞き捨てならないとでも言うようにジュリアナの眉が歪む。
――この時、渚は隙を突いて、喉元に突き付けられていた剣の刃先に自分の指を触れた。
途端に、サーベルに浴びていた魔力が消え、操り糸が切れたようにドサッとサーベルは地面に落ちる。
「っ………」
それまで自分の操っていたサーベルをいとも簡単に地面に落とされてしまい、ジュリアナは一瞬動揺する。
「団長も知ってるはずですよ。僕のユニークスキルは【魔力吸収】。あなたの操る剣も、魔力を吸い取られてしまえば、たちまちこの通りだ」
そう言って、渚は地面に落ちたサーベルを足で踏み、浮き上がって再び彼女の元へ戻らないよう押さえ付けた。
「……なるほど、確かにお前の言う通り。魔力を失えば、私の手脚となるこの魔剣も、私の元から離れてしまう」
自分の剣を一本失ったジュリアナは目を閉じ、渚の言葉に同意を示した。
――が、次の瞬間、
彼女の姿が蜃気楼のように消え失せ、瞬きも許さぬ一瞬のうちに渚の目の前まで詰め寄ると、腰に残る二本のサーベルのうち一本を抜刀して、再び渚の首元へ突き付けた。
「ひっ!……」
渚は背中に負った自慢の大剣に手をやる暇もなく、青ざめた顔で固まってしまう。
「……だが、こうして肉弾戦で迫られれば、お前も成す術がなく首を落とされるだろう。魔力だけでなく、剣の実力も伴わなければ戦には勝てないぞ」
そう言って、突き付けていたサーベルを納刀するジュリアナ。渚は恐怖のあまり腰が抜けて、その場に尻餅を付いてしまう。
「二人とも鍛錬が足りない。もっと精進して腕を磨け。分かったか?」
ジュリアナはそう言って踵を返した。
そして、振り返り様にパチンと指を鳴らすと、それまで琴音の首元に突き付けられていた一本と、地面に落ちていた一本のサーベルがふわりと宙に浮き上がり、立ち去ってゆくジュリアナの腰に下げた鞘へ、すらりと収まったのだった。
残された渚の元へ、琴音が慌てて駆け寄る。
そして、琴音は渚の前に来るなり、彼の頭をべしっ! と思いきり引っ叩いた。
「渚のバカっ! 団長相手に張り合って敵うわけないでしょ! 何考えてんのよ!」
「だ、だって……つい一言返さずには居られなくて……」
姉である琴音に叱られ、肩をすぼめて凹んでしまう渚。
一方で、その様子を側で見ていたアルナジ国王が、愉快そうに笑いながら言った。
「はっはっ! ジュリアナは気難しい奴だからな。……それより勇者ナギサ様、女神マセラティス様が至急王宮の方へ来るようにとのご伝言ですぞ」
「えっ? 女神様が僕と直々に? ……わ、分かりました! すぐ向かいます!」
渚は国王の前で一礼すると、そそくさとその場を後にした。
「ちょ、ちょっと待ってよ渚っ!」
そして、去って行く渚の背中を、琴音も慌てて追いかけていった。
◇◇◇
――王宮へと走り去ってゆく渚と琴音。
二人の後ろ姿を見送ると、国王の表情はそれまで勇者に対し媚びを売るような笑顔から、見下すような嘲笑へと一変した。
「……ふん、いくら国一番の才を与えられた勇者とはいえ、所詮は生意気なガキだな。こちらの企みにまったく勘付きもしないとは。鈍感なものよ」
国王は馬車の方へ目を向けると、そこではまだ兵士たちの手で渚たちの持ち帰った戦利品の積み降ろし作業が続けられていた。
「おい、さっさと積み荷を地下へ運ばんか! 魔石の持つ魔力濃度の計測は済んだのか?」
国王が苛立ちの声を投げると、積み下ろし作業をする兵士たちに交じって、木箱に詰められた魔石を片眼鏡のようなもので鑑定していた白衣姿のエルフたちが、国王に向かってこくりと頷きを返した。
「石に秘められた魔力濃度は極めて高いです。これだけ高濃度の魔石がこれだけあれば、より高性能かつ高出力な新兵器を製造することも可能かと」
「ほう、そうか。ならば使えそうだな。勇者様にはもうしばらく、我らの計画実現のために必要な資材を集めさせておくとするか」
白衣姿のエルフたちからの報告に、国王は態度を大きくしてそう答えた。
「それにしても、別世界からの転移者がこんなにも働き者で扱い易い者たちばかりとは。こちらとしても都合が良いわ」
そう語る国王の隣で、静かに傍に控えていた聖騎士団長のジュリアナが、警告するように口を挟む。
「しかし国王陛下、転移者たちの秘める力は計り知れません。常に警戒しておかねば、国を揺るがす事態にもなりかねないかと」
「ああ、言われずとも分かっておる。そのためにもお前の力が必要なのだ。あの二人を上手く操って、我々の計画が無事達成できるよう努めたまえ」
「はい陛下、仰せのままに」
ジュリアナは国王に向かって深々と頭を下げた。
「……ああ、そういえば、例の女の転移者の方はどうなったのかね?」
「はっ、陛下のご命令通り、既に身柄は教団の方へ引渡し済です。かなりの高値が付いたようで、商人による鑑定でも『これほど質の良い商品は初めてだ』と」
「ふふ、そうか。ちょうど計画遂行の資金が枯渇していたこともあって、実に嬉しい知らせだな。……確か、その女はあの勇者二人の母親なのだろう? 教団に引渡した事実が漏れれば、それこそ奴らが憤慨して謀反を引き起こしかねない。二人には上手く誤魔化しておくのだぞ」
そう言い付けられた聖騎士団長のジュリアナは、軽く頭を下げつつも、何故かその表情には影が差し、眉をひそめていた。
そして、少し躊躇う様子を見せつつも、彼女は国王に向かって言う。
「……お言葉ですが陛下、あの女を奴隷商へ引き渡したのは、果たして最善の策だったのでしょうか?」
「何だと?」
ジュリアナは虚ろな目で遠くの方を見つめ、口を固く結んでいた。
「……母親を失う苦しみは、耐え難いものだというのに――」
その表情はどこか悲し気で、かつて彼女が体験した過去の出来事を思い返しているようにも見えた。
「全ては我らが女神マセラティス様の決定なのだ。偉大なる女神のご判断を、お前は否定するというのか?」
しかし国王はジュリアナの言葉を聞こうともせず、逆に強い口調で彼女に迫った。
「っ……とんでもございません陛下」
「お前は黙って己の使命を果たせば良いのだ」
そう言って、国王はその場を立ち去ってゆく。
残されたジュリアナは、表情に影を落としたまま、渚と琴音が歩いていった王宮の方をじっと見つめていた。




