第11話 さぁスタート!……と思ったら進まない⁉︎
「いやあああぁっ‼︎ ちょっと離して! 離しなさいよっ!」
暗い森の中に響き渡る悲鳴。
乱立する木々が影を落とす中、明らかにこの世の生き物ならざる姿形をしたシルエットが一匹、影の中に紛れ込んでいた。
その異形の怪物は、見た目は地面に生えた巨大な花のような形をしているものの、その大きすぎる花弁からは無数の触手が生え伸び、花弁の中央には黄色に光る一つ目がぎょろりと覗いていた。
そして、蛇のようにうねる触手の先には、一人の女の子が捕らえられていた。
「くうぅっ……まさかこんなところにまで、カンニバルフラワーが巣食っているとは思わなかった……迂闊だったわ!」
職種にとらわれたその女の子は獣人であり、頭上に黒い毛で覆われたモフモフの猫耳を生やしていて、お尻からは長い尻尾が伸びていた。
彼女は花の怪物から逃れようと精一杯の力で抵抗していたが、両手両足に絡み付いた触手は彼女の体をいとも軽々と持ち上げてしまう。
「ひゃっ!? ちょ……いやっ、どこ触って……ひうぅっ⁉」
服の中までずるずると触手が入り込んできて、あまりの気持ち悪さに悲鳴を上げる少女。
すると花の怪物は、獲物が抵抗できないことを悟ったのか、ゲヘゲヘッ! と笑い声のような鳴き声を上げると、花弁中央にある目を閉じた。
そして次に目蓋を開くと、目だった花弁部分は巨大な口に変化して、あんぐりと開かれた口の中から、酷い悪臭と共にドロドロとした粘液が糸を引いて、周囲にズラリと並んだ鋭い牙が露わになった。
まるで底無し穴のような怪物の口の中を見た少女は、顔を真っ青にして身を震わせる。
「ひっ! こ、コイツ私を食べようとして……いやぁああっ! 誰かぁああああああっ!」
必死に助けを求めるが、深い森の中で彼女の声は誰にも届かない。
そして、もう待ちきれんとばかりに腹を空かせた花の怪物が、捕らえた少女を一呑みにしようとした、その時――
バキバキバキッ!
突然近くの藪の中から音がして、巨大な黒い塊が、沢山の枝木を引っ掛けて飛び出してきた。
その黒い塊は、どんな獣や魔物にも似つかない鳴き声を辺りに響かせながら、地面の上を勢い良く横滑りして、花の怪物の居るすぐ真横で止まる。
「なっ、何っ⁉︎ あれは一体何なの⁉︎」
突如として目の前に現れた、見たこともない外見をした物体を前に、少女は困惑の声を上げる。
全身真っ黒で、光沢のあるボディーは鉄製のようだが、前方には二つの目が光っており、四足歩行の生き物のようにも見える。
すると、その黒いシルエットの左右に付いていた窓のようなものが開いて、中から一人の男性の顔が覗いた。
「どうも、こんにちは。森の中から悲鳴が聞こえたので来てみたのだが…… どうやらお困りのようだね」
恐ろしい怪物を前にしているというのに、その男は平静な態度を崩すことなく少女に向かって挨拶する。真っ黒な獣に乗って颯爽と現れた彼を前に、少女は混乱を隠せなかった。
そもそも、彼が乗っているあの奇妙な形をした何かは、生き物なのだろうか? それとも乗り物なのだろうか?
多くの疑問が脳裏を過る中、少女はハッと我に返り、命の危機を前にタイミング良く現れてくれた彼に助けを求めようと叫んだ。
「……も、もしかして、あなたは冒険者の方ですか⁉︎ でしたら、どうか私を助けてください! この人喰い花に食べられそうなんですっ!」
体中を触手に絡まれながらも、必死に助けを乞う少女。
そんな彼女を前に、黒い獣に乗った男――もとい、チートー900Sを駆る神凪武之の目が光った。
◇◆◇
……さて、突然森の中から上がった悲鳴を聞き付け、一体何事かと急ぎチートーを転がして駆け付けてはみたのだが……
そこで出会ったのは、頭に猫耳、それに長い尻尾を生やした奇妙な容姿の少女だった。
(……不思議な耳をした子だ。彼女も人間なのか? 私たちとは違う人種? キメラ? まるで映画でも見ているみたいだ)
私は頭の中で考察を巡らせながら、じ――っと少女を観察する。
一方、怪物の触手に捕まり両脚を開かれあられもない格好をさせられている猫耳少女は、じっと見てくる私の視線に、たまらず顔を真っ赤にして叫んだ。
「ちょ、ちょっと何まじまじ見つめてんのよこの変態っ! こちとら化け物のエサにされる寸前なのよ! いいから早く助けなさいよっ‼︎」
「ん……ああ、すまない。少し待っていてくれ」
少女に怒号を飛ばされ我に帰った私は、すぐさまギアを入れてアクセルを踏み込む。
さぁ、勢い良く発進!――
……と、思ったが前に進まない。
エンジンは唸りを上げて回転しているし、タイヤは確かに回っているはずなのだが……一体何が起きている?
ギシギシギシッ……
すると、何やら車体周りから軋む音が聞こえて、まる重力を忘れたようにチートーが宙高く浮き上がった。
なんとあの花の怪物は、伸びる触手でチートーを車体ごと絡め取り、持ち上げてしまっていたのである。
どうりでいくらアクセルを踏んでも走れない訳だ。タイヤが地面に付いていなければ、車は車としての役割を成さない。
と、いうことはつまり――
完全に打つ手無し。詰みである。
「……すまない、助けようと思ったが、私の方も万策尽きてしまったようだ」
「何やってんのよバカぁ〜〜~~〜〜っ‼︎」
乗っている車ごと宙吊りにされてしまい、これでは逃げることもできない。まさかあんな細い触手で、車一台を軽々と持ち上げられてしまうとは。この世界の生き物は本当に私の想像するものより遥かにスペックが桁違いのようだ。
呆気なく捕まったチートーと猫耳少女は、宙吊りにされたまま化け物の巨大な口へと運ばれてゆく。
「いっ、いやぁああああああっ! こんな化け物のエサになんかなりたくない! 離してっ! お願いだから離してぇえええええっ‼︎」
猫耳少女の絶叫が、ウインドウ越しでもはっきりと聞こえてくる。
(……まったく、これぞまさに”二度死ぬ”だな)
またしても早々と死んで天界に戻ってきた私を見て、あの女神は一体何を言うだろうか?
この世界を変えるだろうと神様たちから期待され、これだけ立派な装備を待たされて二度目の人生に挑戦したというのに、それでも一日とこの異世界で生き抜くことができなかった。
女神は期待を裏切られ、さぞかし失望し、ご立腹されるだろう。私が言うことではないと思うが、心中お察しする。
「……すまない美雪、琴音、渚。父さんの迎えは、少し遅くなりそうだ」
こうして私たちは、何の抵抗も敵わぬまま、花の怪物の巨大な口の中へ放り込まれていった。




