第10話 スキル【轢き殺し】を獲得しました
女神と別れてから暫くして――
チートーに乗った私は、あれからずっと広い草原の上を走り続けていた。
果たして行き先はこの方角で合っているのか? それすらも分からないまま走り続けること三十分。さっきから道先を示す看板どころか、道らしき道を見つけることすらできない。
更にもう十五分ほど走って、ようやく轍のあるオフロードを見つけたので、私は道の脇に車を止め、一息吐くことにした。
辺りは静かで、風の吹く音と小鳥のさえずりしか聞こえない。まさに平和そのものだった。
轍の道は平原を越えて、更にその奥にある深い森の中へと続いていた。
道路案内の青看板や速度制限、一時停止などの標識すらないこの世界の道は、行き先は自由に決められるものの、目的地が示されていない分、ほとんど勘を頼りの運転となってしまうのがどうもまだ慣れなかった。
……では、車のナビシステムは使えないだろうか?
そう思ったが、さっきからタッチパネルには真っ白な画面の中央に現在地の矢印が表示されているだけ。どうやら使えなそうだ。
「シャシー、ここが今どの辺りだとか、周辺地図を出せたりとか、できないかな?」
私は運転支援AIであるシャシーにそう尋ねてみるが……
『申し訳ありません。周辺地理が登録されたマップと一致しません。周辺地理が登録されたマップと一致しません。周辺地理が――』
どうやらシャシーも、慣れないことばかりでかなり混乱しているらしい。
(……やれやれ、これでは先が思いやられるな)
すると、タッチ画面の左上にこれまで無かったボタンが追加されていることに気付く。
”ステータス”ボタン――
タップしてみると、以下のような数値が画面表示された。
チートー900S Lv1/Ё
搭乗者:神凪武之
攻撃:128/Ё
防御:224/Ё
速度:190/Ё
「あの女神め、ナビにも何か細工していったみたいだ。見たところ重要な数値みたいだが、私にはよく分からん。……なら、こっちのボタンは?」
私は画面下に表示された”スキル”というボタンをタップする。
〈使用可能スキル〉
◆運転者
【ドライビング(ユニークスキル)】
◆マシン
【物理攻撃無効化】
【轢き殺し】
どうやら私とチートーが持つスキルの一覧表らしい。【物理攻撃無効化】については女神から事前に説明を受けていたから分かるものの……
(なにやら物騒な単語が下に一行追加されているのだが、これは何だ?)
女神からこんなスキルもあるなんてことは教わらなかった。新しく追加されたのだろうか?
……まさか、私が女神を跳ね飛ばした時に?
ピロロン
『――スキル【轢き殺し】を獲得しました』
そう言えば、女神を跳ねたあの時、シャシーが何やら訳の分からないことを口にしていた気がする。運転に夢中でスルーしてしまっていたが、この事だったのか?
「……とにかく、ナビが使えないことには、王都のある場所も分からんな。行き当たりばったりで行くしかなさそうだ」
美冬や琴音、渚はまだあの神聖ギブリール王国王都に居るはず。一刻も早く戻って、三人を連れ戻さなければ……
家族のことを考えた途端、私を見放して背中を向ける琴音や渚、それに連れ去られてゆく美冬の姿が脳裏にフラッシュバックし、募る思いに思わずステアリングを握る手に力が入ってしまう。
(……いかん、冷静さを欠いては運転にも支障が出てしまう)
私は深呼吸して、自分自身に言い聞かせた。
「オーケー、クールに行こう。道のりはまだ長いんだ。このチートーが一緒なら、きっと大丈夫だ」
気を鎮めて逸る気持ちを落ち着かせ、気を取り直して再びギアを入れようとした。
――と、その時、道端の草むらからカサカサと音がして、小さな影が轍の道に飛び出してきた。
(……あれは、ウサギか?)
その小動物は、見た目は白い毛に覆われ長い耳を持ったウサギなのだが、額からユニコーンのような長い角が生えていた。
「あれが異世界の生き物なのか? 随分と変わった形をしているな」
そのウサギは、私が乗るチートーを見つけると、真っ赤な目でこちらを睨み付けた。この車を何か危険な動物と勘違いしているらしい。
キュキュッ!
ウサギが甲高い鳴き声を上げる。
すると、周囲の草むらに隠れていた同じ仲間のウサギたちが、赤い目を光らせて次々と姿を現した。
「おや、連れが居たらしいな」
『武之様、あの生き物はかなり狂暴な性格のようです。車から降りないことを推奨します』
シャシーが私に警告する。
ウサギたちは私の乗るチートーを取り囲むと、威嚇するように長い角を向け、こちらへ突進してきた。
ガン! ガン! ガンッ!
次々と体当たりしてくるウサギたち。鋭い角先がチートーのボディーに炸裂する。
しかし、車体には穴どころか傷すら付くことなく、車内にいる私には衝撃音こそ伝わるものの、ウサギたちの攻撃を受けても微細な振動しか感じられない。
これも【物理攻撃無効化】のおかげなのだろうか?
「どうやら、歓迎はされていないようだが……」
『この生物は集団で獲物を狩る性質があるようです。速やかにこの場を離れることを推奨します』
シャシーが私にそう言ったが、体当たりを続けるウサギたちに、やがて変化が現れ始めた。
車体を貫こうとした彼らの自慢の角が、みるみるうちにボロボロになり、根本からぽっきり折れてしまったのである。
うち何匹かは脳震盪まで起こしたようで、その場に倒れてピクピク痙攣を起こし、すぐに生き絶えた。
『ホーンラビット6匹の討伐を確認。合計30PTの経験値を獲得』
シャシーがまた訳の分からないことを話している。どうやらこの世界では、生き物を殺すと経験値というポイントがもらえるらしい。よく分からないシステムだが、それがこの世界でのお決まりのようだ。
生き残ったウサギたちは、自分たちの攻撃が全く歯が立たず、呆然と立ちすくんでいる。
試しに私は、停止したままアクセルを踏んでチートーのエンジンを唸らせてみた。
すると、重々しい排気音が獣の咆哮にでも聞こえたのか、勝ち目のないことを悟ったウサギたちは、怖気付いたように頭を低くして草原の中へ走り去っていった。
「こちらが逃げる前にあちらが逃げてしまったね」
『はい。……しかしながら、油断は禁物です武之様。新たな敵がこちらへ接近中。ご注意ください』
シャシーの警告に、私は目線を前方に移す。
すると、前の道から先ほどのウサギとは比べものにならないほど巨大な影がこちらに迫って来ているのが見えた。
体長は七メートルを超えているだろうか? 四足歩行でこちらに突進してくるその生き物は、見た目はイノシシのようで、それでいてアルマジロのように硬い甲羅で全身が覆われていた。
やはり世界が異なっているためか、出会う動物も、これまでに見たことのない外見をしたものたちばかりだ。
しかも、どの動物も狂暴な性格をしているようで、あのイノシシのような動物も、こちらへ向かって突進する脚を止めてくれない。
あの勢いで体当たりを食らえば、きっとタダでは済まないだろう。
……あちら側が、という意味だが。
私はギアを素早く1速に入れ、アクセルを踏み込んだ。
エンジン回転数が上がったところで即座にクラッチを繋ぎ、勢いの付いたエンジンの回転が一気にクラッチディスクを伝って駆動系へ伝わり、後輪を空転させながら急発進する。
1速から2速――不整地であるにもかかわらず、この時点ですでに時速60キロ超え。
速い。流石、ドイツの名門自動車メーカーであるトム・ポーラ製のエンジンは伊達じゃない。
私はアクセル全開で、襲ってくるイノシシに向かって真正面から突っ込んでゆく。
まるで侍同士の命を懸けた一騎打ちのよう。私の視界は途端にモノクロ一色となり、懐かしい時代劇のBGMが脳内に流れてくる。
ガッ!!
そして両者がすれ違った瞬間、鋭い衝撃が座っているシートから全身へ駆け抜けた。
ブレーキを踏み込み、一気に減速。勢い余ってスリップし、チートーは車体を横に滑らせながら停止した。
―――ドサッ!
それから一瞬だけ間を置き、宙高く吹っ飛ばされたイノシシの屍が、はるか遠くの草原に落ちた。
「………また、つまらぬものを轢いてしまった」
人生で一度は言ってみたかった決め台詞を、少しもじってカッコ良く決めてみる。
『オオヨロイボアの討伐を確認。54PTの経験値を獲得』
ピロロン
『チートー900Sのレベルが2に上昇しました』
……少し、お遊びが過ぎただろうか。
それまでアツくなっていた感情が冷めて冷静になった私は、自分の無茶な行いを少しばかり反省し、それから車を降りてフロントバンパーに傷がいっていないかどうかを確認した。
しかし、入念に調べてみてもフロント部分には擦り傷一つ見当たらなかった。あんなに激しくぶつかったというのに、全くの無傷とは……
けれども、グリル部分には、あのイノシシの血なのか、赤い液体でべっとりと汚れてしまっていた。洗車をしたいところだが、近くに綺麗な水の流れる川は無さそうだ。
ピロロン
『スキル、【地理把握】を獲得。マップが更新されました』
シャシーが唐突にそう告げたので、私は車に戻ってナビ画面を見てみる。
すると、自分がこれまで通ってきた道が、画面のマップ上に表示されているではないか。
どうやら自分の通ってきた場所の周辺がマップとして更新されてゆく仕組みらしい。
訪れていない土地ばかりで、マップの周囲はまだほとんど真っ白に塗りつぶされた状態だが……これからこの世界の各地を回っていけば、いつか完全な異世界地図を完成させる日も来るかもしれない。
そんな遠い未来を想起し、私は未踏の地を開拓できることに気分を高まらせていた。
と、その時――
「………きゃぁああああああああっ!」
突然、遠くの方から甲高い女性の悲鳴が聞こえた。
声のした方角は、あの鬱蒼とした森の中からのようだった。何かあったのだろうか?
私はチートーに乗り込みエンジンをかけると、森の中へと車を走らせた。




