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第9話 異世界にスピード違反なんて無い

 チュンチュン……


 教会の外は静かだった。蒼い空には鳥たちが飛び回り、平原にはさわやかな風が吹いている。


 しかし次の瞬間――


 バキバキッ!!


 平穏な静寂を破るようにして教会の扉がぶち壊され、一台の黒い塊が建物の外へ飛び出した。


 ヴゥウウウウウウウウン!


 その塊はV8ツインターボエンジンを豪快に唸らせ、土埃を巻き上げながら草原の中を爽快に駆け抜けてゆく。


 ――黒き猛獣(チートー900S)の降臨。


 最新鋭のテクノロジーを乗せた現代の乗り物が、剣と魔法の世界に解き放たれた瞬間だった。


 黒き猛獣の運転席に乗り込んだ私は、ギアレバーを1速から2速、2速から3速と素早くシフトチェンジし、スピードに乗せてゆく。


 ……何だろう? クラッチを切ってギアチェンジからの、再度繋いで加速――そんなこといちいち考えずとも体が勝手に動くのは当たり前だが……


 それだけではなく、目まぐるしく変化する地形を見るだけで、どのギアで走るのが最適か、手に取るように分かる。加速するタイミング、減速するタイミング、アクセルとブレーキの微細な調節まで……まるで私とチートーが一体となったような感覚に、私は異様な興奮を覚える。


(これが私のスキル……【ドライビング】の力なのか?)


 チートーは足元の安定しない草原の上でもお構い無しに速く、そして激しく走った。


 ギアを変えてアクセルを踏む度に、この黒い猛獣は私の求める速度まで一気に加速し、ステアリングを回せば機敏に反応して進むべき方向を私に示してくれた。


 窓を開ければ異世界の風が車内を吹き抜け、私の頬を心地よく撫でてゆく。


 ……あぁ、なんと気持ちの良い走りだ。このまま何処までも走って行けそうな気がする。


「………あ、あの、少々飛ばし過ぎじゃありませんか?」


 すると、隣から弱々しい声が聞こえてきて、私はふと我に返った。


 実は助手席には女神ロイスも同乗しており、彼女は顔を青くしてシートベルトにしがみ付き、わなわなと唇を震わせていたのだ。


「駆け出しとはいえ、まだ慣れないうちはゆっくり走った方が良いかと……」

「異世界にはスピード違反なんてものは無いんだろう? なら思う存分に走らせてくれ。改良されたチートーの性能を実際に肌で感じてみたい。それに――」


 私はステアリングを握りながら、隣に座るロイスに目線を向けた。


「私以外の人をチートーに乗せたのはこれが初めてでね。君と一緒に走れることに喜びを感じているんだ」

「そ、そうですか。それは何よりですが、事故を起こされたらこちらとしてもたまったものではないので、私はそろそろ降ろしていただいても――」


 ロイスは一刻も早く降ろして欲しそうな目で私を見ていたが、残念ながら運転に夢中だった私は、彼女の言葉を最後まで聞くことなく、更にアクセルを踏み込んだ。


「ひぃいいいいっ! だから速いんですってば~~~~~っ!」

「このくらいまだ序の口だ。本気はこれからさ」

「はぁ⁉ 一体何を言って………って、まさか⁉」

「ああ、その()()()さ。あの機能を紹介してくれたからには、使わない訳にはいかないだろう?」


 カシャン!


 私がそう言った途端、ステアリングの裏から赤いパドルスイッチが飛び出す。


「ま、待って! このタイミングであれを使ったら車体を制御しきれな――」

「やってみれば分かる」


 ロイスの言うことなど無視して、私は飛び出したスイッチを指で押し込んだ。


「―――【魔力解放マジカルブースト】」


 カチッ――


 キュイィイイイイイイン――――ボウッ!!!!


 蓄積された魔力がエンジンへと送り込まれ、マフラーから真っ赤な炎が噴き出し、チートーは一気に急加速する。


 急激に狭まる視界。ステアリングが持って行かれる感覚。超絶なロケットスタートを肌で体感し、私の脳内でアドレナリンが弾け飛んだ。


「いぃぃいいいいいいいゃああああああああああぁっ!!―――――」


 ロイスの悲鳴すら置き去りにする勢いで、虎の如く加速してゆくチートー。スピードメーターの針はもはや時速200キロに到達する勢いだ。


(これが【魔力解放マジカルブースト】……想像以上のパワーだな……)


 私はニトロを超えるほどの加速性能に驚きつつ、高速に適した6速までシフトアップしながらステアリングを思い切りブン回す。


 チートーは勢いに乗ったまま、草原の上をアイススケートのように横滑りしながらリアを振り、美しいカーブを描いてゆく。


 その疾走感といったら、言葉で言い表しようの無いくらいに気持ち良いものだった。


 のだが……


「ふぎゅぅうう⁉︎」


 どうやら助手席に座るロイスはそうではなかったらしい。勢い付けてカーブしたおかげで、彼女は遠心力で窓に顔を押し付けられ、女神らしからぬあられもない姿を外に晒す羽目になった。


「もういやぁ~~~~~~っ! お願いだから降ろしてぇ~~~~~~っ!!」


◇◆◇


 やっとのことで暴走するチートーから降ろしてもらえたロイスは、教会の前でへなへなと腰を下ろし、荒い息を整えていた。


「まったくあの人は……普段は消極的で大人しい性格なのに、どうしてあの車に乗った途端、ああもヒートアップしてしまうのかしら?」


 未だに彼女の目の前では、武之の乗ったチートーが爆走を続けていた。かれこれもう一時間もあの調子で草原をぐるぐる駆け回り続けている。彼は疲れることを知らないのだろうか?


「……でも、異世界仕様に改良したあの車を、僅か短時間のうちにあそこまで乗りこなせてしまうなんて驚きね。これもきっと彼の持つユニークスキルのおかげなのでしょう……流石は天界の神々をも震撼しんかんさせる力を持った特異者イレギュラー。少し侮っていたわ」


 ロイスは武之の秘めた才能を改めて見せつけられ、驚きを隠せずにいた。


 すると、それまで遠くで響いていたエンジン音が近くなり、草原の向こうからチートーが戻って来るのが見えた。


(はぁ、ようやく満足したみたいね……)


 ロイスは呆れたように溜め息を吐いて立ち上がり、走ってくるチートーに向かって声を上げた。


「もう、何時まで走っているつもりですか? いい加減に降りて休まないと魔力が持ちません――」


 ドガッ‼︎


「…………よ?」


 鈍い音がして、ふと気付けばロイスの体は、地面を離れて宙高く舞い上がっていた。


「…………へっ?」


 素っ頓狂な声を上げるロイス。


 彼女の体は美しい放物線を描きながら空高く飛んでいき、はるか向こうの地面に、犬神家みたいな格好でドサッと落ちた。


 大の字になり、白目を剥いて倒れたロイスの横に、ようやくチートーが停車する。


 そして車から降りてきた武之は、照れくさそうにに頭を掻きながら、倒れた彼女に向かって言った。


「……いや失礼、ブレーキのタイミングを見誤ってしまってね」


◇◆◇


「………確かに、あなたの許可なく一家全員を異世界へ召喚してしまったことは、私たち神々の身勝手でもあったと、正直反省しています」


 頭に巨大なコブをこしらえたロイスが、ヨロヨロと立ち上がりながら顔を上げ、私に向かってそう言う。


 その表情はなんとか笑っていたが、口元がピクピクと引き立っているところから、彼女が怒り心頭であることは明白だった。


「……でも、かと言って私を問答無用で跳ね飛ばすような真似は、金輪際こんりんざい二度としないでください」

「悪い。次からは気を付ける」

「いやいや謝罪態度軽くないですか⁉︎ あなたは人を轢いたんですよ! 転移前の世界であれば過失運転致死傷罪で罰金どころじゃ済みません!」


 軽く頭を下げた私の前で、ムキになって喚き散らすロイス。


 猛スピードのチートーを運転していた私は、ロイスを前にして止まり切れず、彼女を跳ね飛ばすという失態を犯してしまい、あれから彼女にこってり絞られていたのだ。


 別に私は、ロイスに恨みがあってワザとぶつけた訳ではなく、完全に不慮の事故だったのだが……


 しかし女神と言うだけあって、あれだけ思い切り跳ね飛ばしたにもかかわらず頭にコブをこさえるだけで済んでいたのは驚きだった。どうやら彼女は私の車よりも頑丈な体をお持ちらしい。流石は女神、誠に恐れ入った。


「はぁ……とにかく、この車が今後、あなたの身を守るための装備となります。上手く使いこなして、どうかこの世界を蝕んでいる悪しき魔王を倒してください」


 そう言われた私は、本当は魔王退治なんてしたくない気持ちの方が強かったのだが、私のためにここまで手配してくれたロイスに対して、流石にノーという訳にもいかなかった。


「………分かった。善処してみよう。ちなみに、その悪しき魔王というのは一体どんな奴なんだ?」


 私は前知識として、これから対峙するであろう敵についての情報をロイスから聞き出そうとした。


「魔王の本名はメルデウス・K(カール)・ライバッハ。世界最強の魔術の使い手で、魔族を統一する王としての座位を実力だけで勝ち取った者。かつて人間と魔族間で起きた最大の戦いである第二次人魔大戦では、”王下八魔凶おうかはちまきょう”と呼ばれる八人の魔王幹部候補たちを従え、人間側の軍隊に壊滅的被害をもたらした、”生きる厄災”とも揶揄やゆされる危険な男です」

「………なるほど」


 どうやら相当な強者つわものでありそうだということは分かった。


 ……が、如何せん話のスケールが大き過ぎて言葉だけではその人物がいかに危険であるか想像が付かなかった。実際に会って、どんな人物なのか確かめてみる必要がありそうだ。


「……ところで、一つ聞きたい。なぜ、わざわざ一度死んだ人間を蘇らせるような禁忌きんきを冒してまで、私を助けたんだ? しかも、私のための装備まで用意してくれて、ここまで優遇するのには何かそれなりの理由があるはずだろう?」


 私がそう問いかけると、ロイスは少し答えるのをためらっていたようだったが、やがて話す気になったのか、私に目を合わせてこう言った。


「あなたが、これまで見てきた誰よりも特別な存在だからです。天界の神たちは皆、少なからずあなたに興味を持っています。これだけの魔力を持った人間が転移すれば、この世界は一体どうなってしまうのか。本来なら装備を持ってゆくところを、あえて何も持たない選択をするような変わり者が、あの世界で何を成すのか……その顛末てんまつを、私たちは見届けたいのです」


 なるほど。言葉は巧みだが、要するに私はこの世界を監視する天界の神様たちを楽しませる良きエンターテイナーとしての働きに期待されているらしい。


 きっと彼らは、私が異世界で魔王を倒そうと四苦八苦する様子を、雲の上からバラエティー番組でも見ているような感覚で、ただ膝を叩いて笑いながら鑑賞しているのだろう。まったくお気楽なものだ。


「……しかしまぁ、本来一度死んだらそれきりだった私に、二度目のチャンスを与えてくれたんだ。……これまで私は、妻や子どもたちに認められるような立派な父親になれていなかった。だからこれからは、もう少しまともな父親になれるよう努力するつもりだよ」

「良い心がけです。私たちも天界であなたのことを随時監視しています。この世界に新しい風を巻き起こしてくれることを期待していますよ」


 ロイスはそう言って私の手を取り、その手にチートーのキーを握らせた。


 人間離れした美貌で微笑む彼女の姿は可憐で、神々しいことこの上ない。


 しかし、彼らのやっていることは所詮ただのストーカー行為だ。そんな危ないやからに常時監視されていては、こちらとしてもたまったものではない。


「……ベビーシッターなんて要らない。私一人で何とかするさ」


 私はそう言葉を返して立ち上がると、再びチートーに乗り込み、エンジン始動ボタンを押す。


 轟く重低音。車の心臓であるエンジンに火が入ると共に、息を吹き込まれたようにデジタルメーターやナビシステムが起動して画面に表示された。


 先ほど、思う存分に走り回って魔力をかなり消耗してしまっていたが、ロイスの説教を受けていた短時間の間に、ほぼ全回復してしまっていた。


 燃料は満タン。前方の視界も良好。エンジンの調子も良い。


 ……何もできない弱き者、才能無き者は容赦なく切り捨てられる残酷な世界。前に居た世界より、随分と生き辛い場所に放り出されてしまったが、自分専用の装備も手に入れて、一体どこまでこの世界と渡り合って行けるのか、試してみたくなった。


 ――そして必ず、離れてしまった私の妻と子どもたちを、この手に取り戻す。


 ステアリングを握る手に力が入った。


「どうかお気を付けて。あなたの道行きに、さち多からんことを」


 旅立つ私に向かって、ロイスは両手を組み祈りを捧げている。


 そんな彼女に向かって、私は言った。


「幸ならもう十分受けたよ。君のおかげでね」

「えっ?」

「色々と世話になった。ありがとう」


 私はハンドブレーキを下ろし、ギアを入れた。チートーはゆっくりと走り出し、教会を後にする。


 去り際、私はサイドミラーから背後に遠退くロイスの姿を見た。


 ミラーに映った彼女は、紅潮させた顔を両手で隠すようにして、その場に突っ立ったままだった。


(――本当に、感情が表に出やすい女神だな)


 そう思いながら、私は更にアクセルを開けてスピードを上げた。





◇◇◇


表紙イラスト&タイトル

挿絵(By みてみん)

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