第1話 装備なんか何も要らない
――目が覚めると、私は何もない真っ白な空間の中に倒れていた。
起き上がると、目の前には白衣を着た美麗な出で立ちの女性が立っていて……
「おめでとうございます! あなた方一家は異世界転移者の最終候補者として選ばれました!」
本当に唐突に、何の前置きもなくそう言った。
「…………」
私は驚きのあまり声も出ず、夢でも見ているのだろうかと自分の目を疑った。
なぜならその女性は地面に足を付けておらず、足裏は地から離れて平然と宙にぷかぷか浮いていたのだから。
「……あなたは?」
「私はロイス。あなた方の世界で言う『女神』なる存在です」
「女神様?」
最初は冗談で言っているのかと思ったが、宙に浮くという人間離れした技を見せられ、冗談でもなさそうだと思った私は、とりあえずその場の雰囲気に合わせてこう言葉を返してみる。
「……これは夢かもしれないが、神様の御前に居るのであれば、跪くとかして挨拶した方が良かったかな?」
「ふふっ、礼儀を弁えていらっしゃるのですね。別に構いませんよ。……それに、これは夢ではありません。れっきとした現実です」
女性はそう言って、優しい微笑みを浮かべる。
もし現実なのであれば、一体どうやって私をここに連れて来たのだろう?
それに彼女は、私に異世界転移者の候補として選ばれたと言っていた。
……いや待て、私だけでなく「あなた方一家は」と言っていなかったか?
ということはつまり――
私はふと後ろを振り返る。
「……あなた、大丈夫?」
そこには、私の妻である美雪の姿が。
そして傍には、娘の琴音と息子の渚も一緒だった。
「ちょっと……何よここ? どこなの?」
「あれ? おかしいなぁ、ついさっきまで自分の部屋でゲームしてたはずなのに……」
「みんな無事か? 怪我とかしてないか?」
私は皆に向かってそう尋ねる。
「私なら大丈夫よ」
「私も、別になんてことないけど……」
「う、うん。僕も平気だよ」
どうやら三人とも無事なようで、私は安堵して息を吐く。
すると、女神と名乗る女性ロイスがこう答えた。
「あなた方に危害を加えてはいません。あなた方の元居た世界から、世界と世界の狭間にあるこの場所へ転送しただけです。異世界転移者の候補となったあなた方には、ここから異世界へと旅立ってもらいます。そして、異世界で猛威を振るう悪しき魔王を、倒して欲しいのです」
私は、ロイスの言っていることがさっぱり分からなかった。
けれども、なぜか息子の渚だけは彼女の言葉の意味が理解できたようで、興奮気味に声を上げた。
「それマジで! すげぇ! それってつまり、最近流行りの小説とか漫画である『異世界転移』みたいなものでしょ⁉ 僕たちがそれに選ばれたの! すっげぇ! そんな夢みたいな展開が現実にも本当にあったんだ!」
飛び跳ねて喜ぶ渚を見て、「理解が早くて助かります」と女神ロイスはニコニコ微笑んでいる。
けれども、自分が最近の若者の流行に疎いせいなのか、私だけさっぱり話に付いて行けず置き去りにされてしまっていた。――そして、それは妻の美雪の方も同じらしかった。
「あの……私たち、元の世界には戻れないのでしょうか?」
美雪がロイスにそう問いかけると、彼女は首を横に振り、「残念ながら」と申し訳なさそうに謝罪した。
「戻らなくたっていいよ! だって異世界の方が今の世界より断然面白そうだし!」
そう言って目を輝かせている渚。どうやら渚だけは、女神ロイスの言う異世界とやらへ行くことに乗り気満々のようだ。
「……では改めて、神凪武之さん、美雪さん、琴音さん、渚さん。あなた方四人は、異世界転移の資格を持つ者として選ばれました。転移するにあたり、前知識として異世界がどのような場所なのかを今からお教えします――」
ロイスの話によれば、転移先は『剣と魔法』の世界――人間の他にエルフや獣人、妖精など多種様々な種族が存在し、村や町――さらには巨大な国家を形成して生活しているという。
そして、猛獣や魔物といった危険な生き物も多く生息し、魔物の中でも意志を持って人間に仇をなす者たちは総じて”魔族”と呼ばれ、魔族の頂点に君臨しているのが”魔王”と呼ばれる者であるらしい。
ロイスの話を聞く限り、その世界は私たちがこれまで住んでいた世界とは違い、かなり物騒なところであるようだ。そんな人を襲う危険な獣が平気でその辺を彷徨いているような場所に、私の妻や子どもたちを行かせるのは、正直父親として賛同できなかった。
しかし、ロイスはこう続ける。
「ご安心ください。転移者であるあなた方には、転移した際にそれぞれ固有スキルが付与されます。何のスキルが与えられるかは転移先で確認しなければ分かりませんが、必ず役立つスキルであることは間違いありません。……さらに、私たち女神からの特典として、一人につき一つ、便利な装備を与えて差し上げます。それぞれの装備にもスキルや属性が付与されていますので、その点も吟味して選ばれるのが良いかと思います。こちらにアイテムのカタログがありますので、ご覧ください」
そう言って、彼女はパチンと指を鳴らす。
すると、私たちの目の前に辞書のような分厚いカタログが、どこからともなく現れた。
「えっ、装備も自分で選べるの? やった! よし、チートで無双できるくらい強い装備を探してやるからな!」
渚はカタログに飛び付いて、ひたすらページをめくり始める。
「へぇ~、ガチでこんなゲームみたいな装備付けて行く感じなんだ。しかも色々な魔法まで使えるなんて、ちょっと興味湧いてきたかも……」
娘の琴音も関心を持ったようにカタログをめくりながら、中に記載されている装備やスキルを確認してゆく。妻の美雪も乗り気ではなさそうだったが、仕方なしにカタログを開いて目を通し始めた。
美雪が読み始めたのを見て、私もおずおずとカタログを自分の手元へ寄せ、その中を開いてみる。
カタログに載っていたのは、剣や弓、それに様々な形をした魔法の杖やハンマー、鎌。そして、まるで鉄骨に柄を付けたような巨大な大剣……
どれも物騒なものばかりで、私はため息を吐いた。こんなものを常に持ち歩くというのは、少し気が引けるな……
そんなことを思いながらカタログを見ていると、美雪が私の肩を叩いた。
「あなた、まだ悩んでいるの? 私たちはもう装備を選んでしまったのだけれど……」
私は驚いて後ろを振り向くと、既に美冬は魔法の杖を、琴音は弓を、そして渚は大剣を手にして、私の方を見ていた。
「何してんだよ、後は父さんだけだよ」
「まだ決めてなかったの? もう早くしてよね」
渚と琴音からも呆れ顔でそう言われてしまい、私は慌ててカタログに目を戻す。
ちなみに、美雪の持つ魔法の杖は水属性で治癒に特化したものらしく、スキル【治癒】が使えるという。琴音は火属性の弓で使用可能スキルが【百発百中】、そして渚は光属性の剣で使用可能スキルは【魔力吸収】だった。
しかし、それぞれのスキルがどんな効能を持っているのかなんて、私にはさっぱり分からなかった。渚のようにゲームをやっている者なら、簡単に理解できるのかもしれないが。
「す、すまない……少し待ってくれ」
私は子どもたちに急かされるように、カタログに記載された装備一つ一つに目を通してゆく。
……しかし、そもそも「武器を持つ」という行為そのものに対して気分が乗らなかった私は、もう選ぶのも馬鹿らしくなってきて、思わずカタログを閉じてしまった。
「装備はお決まりでしょうか?」
そう問いかけてくる女神ロイスに対して、私は腹を決めてこう答えた。
「せっかくの申し出を断るようで恐縮だが、私は………装備も何も無くていい」
こんにちは、トモクマです。
”やり直しパパの異世界ドライヴ”
始めました。作者の趣味全開てんこ盛りセットとなっています。大好きな愛車に乗り異世界を颯爽と駆けてゆくパパの姿を想像しながら楽しんでいただければ嬉しいです。よろしければ高評価等もお願いします。
ちなみに車の知識についてはド素人ですので、その辺はご了承ください……
よろしくお願いします。