聖女♂でございます。
俺は辻坂陽。元は日本でサラリーマンをしていた。
今は異世界転生して、エトムント・バルツァーというバルツァー侯爵家の次男として生きている。
そして俺は今、どこかで見たことがあるような……いや、転生する時に見た空間に来ていた。
ただ夜中に自分の部屋で寝ようとしてただけなんだが……
ということで、俺は今、真っ白な雲の上。
目の前には女神様がいる、っていう状況だ。
女神様は、胸元がガバッと開いた白いドレスを着ていて、にこにこと微笑んでいた。
ウェーブがかった長い金髪に、青い瞳。ぷっくりと厚めな唇に、口元には小さな黒子——あらゆるセクシーを詰め込んだ、ヴィーナスというか、モンローといった感じの女神様だ。
うん、転生する時に見た女神様だ。
「エトムント様……いえ、辻坂陽。今日はあなたにお願いがあって呼びました」
女神様は俺の元の名前を知ってたんだ……というか、何でエトムントだけ様付け???
「エトムント様は私の最推しですから。様を付けてお呼びするのは当然です」
そうだ、この女神様は人の心を読むんだった!
っていうか、女神様はエトムントが最推しだったのか!?
それならもっと優遇してもらっても……
「こほん。そろそろよろしいかしら?」
女神様が小さく咳払いして確認してきた。
「あ、はい。すみません」
日本人の性で、俺もつい謝ってしまう……
「この国より南の地、隣国との境の瘴気の森で魔王が復活しました。あなたにはその魔王を討伐して、世界を救っていただきたいのです」
「へ?」
女神様のお願いは、俺の想像の斜め上をいく壮大なものだった。
「そ、そんなことを急に言われても……」
いきなり世界を救ってくれと言われて、できるとは到底思えないだろ!
「あなたには、そのために特別なスキルを授けているのですよ」
「えっ? スキル? どんな?」
「『聖女♂』のスキルです」
「『聖女♂』!!?」
なんじゃそりゃ!?
「『聖女♂』スキルって何ですか!? そもそもなぜそんなスキルを付けたんですか!?」
「『聖女♂』スキルは『聖女』スキルの男性版です。この世界にそれぞれ一人ずつにしか与えられないチートスキルで空きがあったのが『聖女』だけでしたので、あなたに授けました」
女神様が朗らかに、とんでもない理由を教えてくれた。
「えぇ……それなら『聖者』で良かったじゃないですか。わざわざ『聖女♂』にしなくても……」
「あら。それもそうですねぇ。今気づきましたわ」
女神様の、のほほんととぼけた雰囲気に、俺の気力が一気にガクッと抜け落ちた。
女神様は俺のガックリした様子は気にせず、話の続きを進めた。
「もちろん、あなた一人で魔王を討伐しろとは言いません。他のチートスキル持ちの方々と協力していただきたいのです。他のチートスキルには『勇者』『剣聖』『賢者』があります。案内人も必要でしょうから、『密偵』も付けましょう」
……ん? この組み合わせって確かどこかで……なんだっけ?
俺が記憶の端に引っかかった何かを思い出そうと首を捻っていると、
「と、とにかく! 他のメンバーも大変優秀な方達ですので、力を合わせて頑張ってくださいね!」
女神様が何やら焦り出して、話をまとめにかかった。
——その時、女神様の足元で何かがガサッと音を立てた。
「!? そ、それは!!」
ふわふわの真っ白い雲から見え隠れしていたのは、プラ◯ドポテト——ちょっとお高めのポテチだ。
ぞっこん岩塩、踊るイベリコ豚、縄文香る帆立だし——この中世ヨーロッパ風の世界では絶対にありえないトゥルトゥルで色鮮やかなプラスチックパッケージが飛び出していた。
しかも、キ◯ィちゃんがてっぺんに鎮座した、淡いピンク色のスナックトングも一緒にある——ポテチを食べる時に、女神様のゴテ盛りネイルが汚れない便利グッズだ。
その時、俺の脳内でピキンッと何かが一つに繋がった。
「……もしかして、召喚すべき聖女を召喚せずに、ポテチを召喚したのでは……?」
「オホホホホッ……! そ、そんなまさか!」
女神様の目線が泳いでる……完っ全にクロだろ!
「俺に『聖女♂』スキルを付けたのも、他に聖女を召喚しなくて済むからでは……?」
そしてその分、思う存分ポテチを召喚できるからでは……?
俺がさらに問い詰めると、女神様はたじたじと後退していった。
「オホホホッ! それでは、頑張ってくださいね〜!」
女神様が誤魔化すようにバイバイと小さく手を振ると、俺の下にあった雲がパッと消えた。
「逃げたな、あんにゃろうっ!! ふざっけんなぁあぁあぁぁああ……!!!」
俺は下界に落とされながら、叫びまくった。
「はっ!!?」
がばりと跳ね起きると、バルツァー邸にある俺の部屋、俺のベッドの上だった。
「夢、だったのか?」
窓の外を見ると、まだ明け方前で暗かった。
いろいろと信じられないことばかりだったが、一度、異世界転生時にも似たようなことがあったから、完全に否定もできなかった。
ただ、ぐったりと疲れていたのは確かだったため、俺はとりあえず二度寝をすることにした。——現実逃避とも言う。ぐぅ。
***
数日後、国王陛下から俺に召集命令が下った。
王宮に登城して、案内された会議室にいたのは、国王陛下、宰相閣下、騎士団長、女神教会の神官たちと、煌びやかなイケメンの若者たちだった。
「ここに君たちを呼んだ理由は他でもない、教会で女神様からお告げがあったのだ——魔王が復活した、と」
会議が始まると、早速、国王陛下が重々しく口を開いた。
「詳しくは私から。女神様は、『南の隣国との境にある瘴気の森にて魔王が復活した』と告げられました。また女神様より、魔王討伐に向かうべきメンバーを告げられております。メンバーは、『勇者』アクセル王太子殿下、『剣聖』ベルンハルト様、『賢者』クリストフ様、『密偵』ディーター様、そして『聖女♂』エトムント様の以上五名です」
女神教会の神官の一人が、説明を始めた。
俺は魔王討伐メンバーを紹介されて、ピンッと閃いた——そうだ! 転生前の妹がやってた鬼畜乙女ゲームの続編だ。
『恋のセレニティ2〜祈りの聖女〜』——通称『恋セレ2』だ。
ヒロインは日本の女子高生。聖女として異世界召喚され、イケメンな仲間たちと魔王討伐の旅をしながら、攻略対象者との好感度を上げて絆を深めていく。最終的には魔王を倒して世界を救いつつ、攻略対象者と結ばれてハッピーエンドを目指すという、ここまで聞くとよくある乙女ゲームだ。
ただ、選択肢のトリッキーさと攻略対象者のクセの強さが売りで、選択ミス一つで即バッドエンドという初見殺しも満載だから、ゲーム難易度はかなり高い。
さらには今作から戦闘システムが加わったため、きちんとレベルアップして魔物、ひいては魔王を倒せないと、攻略対象者との好感度うんぬんは一切関係無く、ガチでバッドエンドを迎える。
当たり前だが、もちろんこの世界も滅ぶ。
なんで俺がこんなに詳しいかというと、転生前に推してたVチューバーがゲーム実況してたからだ。
明るくて少し抜けたキャラと可愛い声にハマって、何周も見た覚えがある……
で、今の俺は聖女♂だから、いわゆる、ヒロイン役だ。
「『聖女♂』だと……?」
「『♂』とは一体?」
「こんなこと、今までに前例がないぞ」
「本当にそんなお告げが下ったのですか?」
アクセル殿下たち攻略対象者四人が、顔色を変えて次々と疑問を口にした。
国王陛下や宰相閣下、騎士団長や女神教会の神官たちまで、全員が沈痛な面持ちで黙りこくっていた。
そんなに聖女が男であることが遺憾なのか!? 女であることが大事なのか!? ぶっちゃけ、魔王を討伐できればそれでいいだろ!!?
会議室の気まずい雰囲気の中、神官たちが代わる代わる説明をしていった。
「古の時代より魔王が復活した折には、我が国では聖女召喚が行われ、異界より訪れた乙女と共に力を合わせて魔王を討伐してきました」
「魔王討伐が完了した暁には褒賞として、聖女様にはこの地で安らかに過ごしていただくためにも、好きな伴侶を選んでいただいておりましたからな」
「聖女様は皆、美しく可憐で、スタイルも良く、得も言われぬ芳しい香りがすると言い伝えられてますからね。それに、どうしても一緒に旅をして苦楽を共にしてきた仲間には情が湧き、聖女様にも選ばれる確率は高くなります」
最後のやつ! それが理由かっ!!
このイケメンどもは、その聖女様(美しく可憐でスタイルが良くていい匂い)が狙いかっ!?
「まずは魔王討伐メンバーで話し合ってみてはどうか? これから協力し合って魔王を倒しに行くのだ。自己紹介もまだだろう? 互いを知る良い機会ではないか」
国王陛下に取りなされて、俺たち魔王討伐メンバーは会議室に残ることになった。
俺たちを置いて行く国王陛下たちの背中が、なぜだか居た堪れない感じを醸し出していたのはなんでだろうな……
初めての魔王討伐メンバーの顔合わせは、まるで葬式のような雰囲気だった。——おそらく、いや、もちろんその原因は俺だろうな。
悪かったな。本来であれば、黒髪ストレートのかわいい女子高生ヒロインがここにいたんだけどな。
「なぜ、聖女が男なんだ……」
勇者で第二王子のアクセル殿下が、世界中のありとあらゆる絶望をかき集めたかのような念のこもった声で呟いた。
膝の上で固く握られた拳が、ブルブルと震えている。
アクセル殿下は、王家特有の銀髪に紫色の瞳で、爽やか系のイケメンだ。
元々は王太子ではなかったが、兄の第一王子が騒動を起こして廃太子されて、繰り上がりで王太子になった。ここはゲームとは違うところだ。
ものすっごく残念そうにしてるけど、どんだけ聖女様に期待してたんだ?
そこまで悲しい顔をされると、こっちまで申し訳なく思えてくる……
「聖女といえば、古来より清く美しき乙女との言い伝えだったはずだが……何か神界で手違いでもあったのでしょうか?」
賢者のクリストフ様が、訝しげに顔を顰めた。
クリストフ様は、青髪のクール系インテリ眼鏡のイケメンだ。旅の仲間の中でも知恵袋的存在で、訊けば何でも答えてくれる。
そしてゲーム上は、ヒロインのバトルのチュートリアル担当でもあった。
鋭い! その通りです!! 女神様が聖女召喚コストを全部ポテチにぶっ込んだからですよ!!! ……と正直にぶちまけてやりたい……
「女神よ! なぜ男を聖女に選ばれたのですかっ!!」
剣聖のベルンハルト様が、テーブルをダンッと拳で叩いて憤っていた。
ベルンハルト様は、赤髪短髪の細マッチョ系のイケメンだ。確か、騎士団長のところの次男坊だ。
元々、家督を継ぐ予定はなかったが、長兄が騒動を起こして廃嫡されたため、繰り上がりで家を継ぐことになった……ここもゲームとは違うところだ。
ストレートだなぁ〜。でもそれについては、俺も完全に同意だ。なんちゅうことをしてくれたんだ、あの女神様は!
「さっさと終わらせましょう。男ばかりのこんなむさいパーティーでずっとつるんでいたくない」
密偵のディーター様があけすけに言い放った。
ディーター様は、癖っ毛の亜麻色の髪に青い瞳をした甘いマスクのイケメンだ。確かゲームでは、元盗賊団の棟梁で、今は国王の影として仕えている、っていう設定だったか……
ディーター様の言葉に呼応して、誰ともなく互いに顔を見合わせ合った。
その時、俺たちの想いは一致していた——魔王討伐なんてさっさと終わらせよう、と。
初対面で雰囲気は最悪だが、とにかく目的だけは皆同じだ。こんな俺たちでも、どうにかやっていけるかもしれない——
***
勇者一行が王都を旅立つ日、俺の元に婚約者のシビラ・キルシュ公爵令嬢が見送りに来てくれた。
「エトムント、どうか気をつけて」
シビラは、腰まで届く艶やかな黒髪をしていて、透けるような白い肌の儚げな清楚系の美人だ。
澄んだ菫色の瞳は、うるうると涙に滲んでいて、心配そうに俺を見上げていた。
俺の手を握るシビラの手は小さく震えていた。
——控えめに言っても、尊い! 尊すぎる!!
「できるだけ早く魔王を討伐して帰って来るよ」
俺はシビラの細い肩を抱き寄せた。
爽やかで落ち着きのあるアネモネの花の香りが、ふわっと香った。
「浮気の心配は……ありませんわね」
シビラはざっと魔王討伐メンバーをチェックして、ほっと息を吐いていた。
うん。男所帯だからな。そこは安心してくれ。
国民に盛大に見送られて王都を出立する時、アクセル殿下がぼそりと呟いた。
「エトムントは既に婚約者持ちか……羨ましい。『勇者』のスキル持ちとして、いつかは『聖女』様と……と今まで婚約者を決めずにきたが、今考えると、そんなことは気にせずにせめて候補者だけでも決めておけば良かったと思うよ」
「……は、ははは……」
アクセル殿下の恨みのこもった言葉に、俺は苦笑いで受け流すしかなかった。
本っ当にごめんなさい!
文句は全て、女神様に言って下さい!!
それだけ長年聖女様に期待していたなら、あの落ち込みようも仕方がないよな……
***
こうして、どうにかこうにか俺たちの魔王討伐の旅が始まった。
王都の外に出ると、早速、魔物に襲われた。
敵はスライム二体——ゲームのチュートリアルと全く同じだ。
「攻撃は、前衛のアクセル殿下たちがメインでしてくれる。我々後衛は、彼らが戦いやすいようにサポートするんだ」
同じ後衛同士、クリストフ様がバトルの説明をしてくれた。
その時、俺の脳内にありえないものが浮かんできた——
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▷こうげき
ヒール
ぼうぎょ
にげる
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は? 選択肢、だと……?
「ぐわっ!」
アクセル殿下がスライムから一撃を喰らった。
腕を怪我したようで、殿下が腕を押さえている。
「殿下!? エトムント殿、ヒールだ!」
クリストフ様が俺に指示を出した。
「??? ヒ、ヒール!」
俺が半分混乱しながらも、アクセル殿下に手を向けて呪文を唱えると、殿下の傷がたちまちに治った。
「うおおぉっ!」
ベルンハルト様が二連撃を決め、スライムが一体倒された。
「ファイアボール!」
「はっ!」
クリストフ様の魔法とディーター様のナイフ攻撃で、もう一体のスライムが倒された。
そして、俺の脳内に例のイメージが浮かんだ。
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経験値を二かくとくした。
ぜんいんの好感度が一あがった。
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ぬわにぃいいっ!?
好感度、だと……?
ま、まさかな……
俺の背中を一筋の冷や汗がツーッと滑り落ちていった。
もしかして、ゲームのヒロインみたいに、好感度とかも気にして魔王討伐に行かなきゃダメなの……?
「すまなかったな、エトムント」
アクセル殿下が声をかけてきた。
一瞬にして、脳内にとあるイメージが思い浮かんだ。
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▷「大丈夫です。サポートは任せて下さい」
「もう、気をつけてよね!」
「次やったら、パイルドライバーに処しちゃうからね!」
「べ、別に。大したことないから……」
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おのれ、選択肢ぃぃぃっ!!!
しかも女言葉をしれっと選択肢に入れるのはやめろっ!!!
今まで普通に生活してたが、こんなもん現れたことなかっただろっ!
……それとも、これがいわゆるゲームの強制力…………なのか?
「……だ、大丈夫です。サポートは任せて下さい」
俺は口角を引き攣らせながら、どうにか答えた。
「ああ。頼んだ」
アクセル殿下が、はにかんで答えた。どこか幼さ感じさせる純粋な笑みだ。
流石、攻略対象者だ。普段は爽やかにキリッとしている殿下の少し違った一面が垣間見えて、一瞬、俺までドキッとした。
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アクセルの好感度が一あがった。
======
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王都を出立してから約一ヶ月。
いろいろと分かったことがある。
ゲームとは違って、好感度が上がっていない仲間とのイベントがスキップされるということはなく、全員平等に全てのイベントが発生した。
まぁ、一緒に旅してるんだ。当たり前か。
そして、選択肢はゲームと変わりなかった。
選択ミス——すなわち、バッドエンド! そして、この世界の滅亡!! ……の可能性がある限り、選択ミスをわざと選んで様子を見る、という勇気も出なかった……
もうどうしようもなくて、「全員攻略ルート」に進むしかなかった。
そして女言葉の選択肢を選んだ時は、なぜか俺の口から出てくる言葉も女言葉になった——他のメンバーからは一瞬「あれ?」って顔をされるけど、流石にもう慣れてきたのか流してもらっている……
おのれ、ゲームの強制力めぇえっ!!!
もちろん、好感度が高くなった時の特別ブーストイベント……ちょっぴりエッチなラッキースケベイベントも発生した——全員、総スカンだったがなっ!!!
多少好感度が下がったが、普段マメに好感度を上げてた分、大きな影響は無かった。俺のメンタルを除いてな……ぐふっ……
ある日、ディーターが困ったように眉を下げ、ボロ雑巾のような物を掴んで持って来た。
「エトムント、こんなのがいたんだが……」
好感度が高まるにつれて、俺たちは互いに敬称無しで呼び合うようになっていた。
「? これは……?」
「キュキュウ……」
ボロ雑巾が鳴いた!?
ボロ雑巾がむくりと頭を上げた。うるると涙ぐんだ青い瞳が、薄汚れた毛の間からこちらを見つめている。
もしかして、これって聖獣じゃないか?
不意に俺の脳内に、いつもの選択肢が現れた。
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▷「元いた場所に捨てて来なさい」
「可哀想に。迷子かしら? 連れて行きましょう」
「ちょっと待って。今、浄化魔法をかけるわ!」
「連れて行きましょう。弾除けにちょうどいいわ。ニヤリ」
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「ちょっと待って。今、浄化魔法をかけるわ!」
俺はそう言ってボロ雑巾を受け取ると、浄化魔法をかけた。語尾が女性らしくなってしまうのは、ゲームの強制力のせいだ。決して、そう決して俺の趣味じゃない。
ディーターが残念そうな目を俺に向けてくるが、そんなことは気にしてられない。
「キュキュウ!」
聖獣は、薄汚れたボロ雑巾のような色から、洗い立ての洗濯物のような目に眩しい程に真っ白な色に変わった。
心なしか、嬉しそうに鳴いている。
だが、やはり毛むくじゃらのモップ犬みたいだ。
モップ犬な聖獣は、尻尾っぽい毛の房をブンブンと振って、俺の足にじゃれついてきた。
「エトムントのことを気に入ったみたいだな」
ディーターがくすりと笑った。
甘いマスクのイケメンってこともあるが、なんだかその笑顔がキラキラと綺麗に見えた。流石、攻略対象者。
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ディーターの好感度が三あがった。
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——さらに半月後、遂に魔王城に到達した。
瘴気漂う薄暗い森の奥地に、魔王城はあった。
魔王城らしくおどろおどろしい雰囲気の城だ。瘴気で暗く澱んだ空には、稲光まで走っている。
王都を出立してから一ヶ月半——歴代最速で魔王城に到達したことになる。
まぁ、今回の魔王討伐メンバーは全員が男で、体力があったからな。
それに、エトムントの元のスペックが高すぎた——元々、完璧主義で高スペックなキャラクターだということも関係してるが……
本来の女子高生ヒロインの聖女であれば、回復役に徹するだけだったが、エトムントは違った。
この世界の男子として、一通り剣術は習っていたこともあり、戦えたのだ。——そして完璧スペックゆえに、勇者パーティーにとっても重要な火力になった。
「遂に、魔王城だな」
ディーターが、険しい崖の上の魔王城を見上げて言った。
「ようやくここまで来れたな」
クリストフが、今までの辛い旅を思い返すように渋い表情を浮かべた。
「いよいよだな」
ベルンハルトが、ごくりと喉を鳴らした。武者震いするように、拳が震えている。
「ああ。魔王を倒して、平和を取り戻そう」
アクセルが胸の前でグッと拳を握り、覚悟を決めた。
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▷「ふっはっは。よく来たな勇者どもよ。吾輩が魔王だ(大嘘)」
「ええ! 私たちの力を魔王に見せつけてやるぴょん!」
「あ。自分ちょっとお腹痛いんで帰ってもいいですか?」
「もし言い伝えが本当ならこの笛で……ピュー(口笛)」
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……ふざっっっけるなっ!!! ここに来てなんちゅう選択肢だっ!!! 罰ゲームかっ!!?
「え゛ぇ……わたしたちのちからを魔王にみせつけてやる……ぴょん……」
俺は実質一つしか選べない選択肢を選んだ。思わず棒読みになったのは仕方がないだろう。
むしろこんなもん、口にしただけでも褒めて欲しいわっ!!
俺の発言に、全員が驚愕の表情でこっちを振り向いた。全員が「今それ言うか?」って顔をしていた。
——くそぅ!! ゲームの強制力めぇえええぇぇっ!!!
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クリストフの好感度が十あがった。
======
お前はここで好感度が上がるのかよっ!!?
全員の好感度はほぼほぼMAXなので、全員攻略ルートには無事に進めたと思う——ある意味、俺に選択肢は無かったが。
そして、モップ犬な聖獣は……巨大なモップになっていた。チワワが軽トラになったようなサイズ感だ。
聖獣はどのルートでも必ず現れるが、全員攻略ルートでだけ、好感度を上げれば上げる程、大きく成長した。
そして特別ボーナスとして、大きく成長した聖獣は、俺たち勇者パーティーを背中に乗せて、魔王がいる玉座の間まで連れてってくれるのだ!
聖獣、なんて便利な子!!
「行け! モップ!」
「いや、ロシナンテ!」
「ハイヨー! シルバー!」
「出発だ! ゴーイング・ケルベロス号!」
「バフッ!」
聖獣は、何と呼んでもとりあえず元気よく返事をした。だから、みんな思い思いの名前で呼んでいる。ちなみに俺は適当に「シロ」と呼んでいる。
俺たち四人が聖獣シロの背中にしがみつくと、そのままシロは猛然と魔王城下の崖に向かって駆け出した。
器用に崖の岩に飛び乗り、ジャンプし、壁を垂直に走って魔王城へと駆け上っていく。
「ぐわぁああぁあっ!!」
「しっかり掴まえれ! 振り落とされたら、死ぬぞ!!」
「Gがっ! 遠心力が!」
「…………」
「クリストフの意識が飛んでないか!!?」
「起きろ、クリストフ! 寝たら死ぬぞ!! マジで!!!」
俺たちは、命綱も無い乗り心地最悪のジェットコースターのような聖獣に必死にしがみついて、魔王がいる玉座の間上部にあるステンドグラスを突き破って中に侵入した。
勇者達ってこんな風に聖獣で玉座の間に行ってたのか!?
ゲームだとロード待ちするだけだったけど、ロード中にこんな酷い目に遭ってたのかよ!!
ガッシャーーーーンッ!!!
色とりどりのガラスの破片が飛び散り、大きな玉座に座るイケメンが口をあんぐり開けて、俺たちを見上げているのが見えた。
——あっ! この顔! 魔王は攻略対象者だ!!
走馬灯のように前世の記憶が駆け巡り、俺はただただそれだけを思った。
「侵入者か!?」
魔王が俺たちの前に立ち塞がった。バサリと漆黒のマントが翻る。
魔王は漆黒のストレートの長髪に、赤く鋭い瞳の俺様系のイケメンだ。頭からは、魔族らしい二本の立派な巻き角が生えている。
「我々は王国の戦士……」
ヨロヨロと、ベルンハルトが剣を杖にして立ち上がった。
「……勇者アクセルとその一行……」
ヨロヨロと、ディーターも膝をつきながら苦しげに立ち上がった。
「……覚悟せよ、魔王よ……」
ヨロヨロと、アクセルも気合いで立ち上がった。
「…………」
クリストフは気絶したままだ。
「おいっ。起きろ、クリストフ。見せ場だ。寝てる場合じゃない」
俺はクリストフの頬をペチペチ叩くと、状態異常回復魔法をかけて叩き起こした。
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ベルンハルトの好感度が三あがった。
======
どういうことだっ!?
「……悪の魔王を倒しに来た……」
クリストフがヨロヨロとかろうじて上半身を起こして、決め台詞を吐いた。
「満身創痍じゃねぇか!!」
魔王が腕を組みつつ、スパッとツッコミを入れた。
——その時、突然シロが甘えるような声を出して、魔王に近づいて行った。
「キュウ〜ン、クゥ〜ン……」
「あっ! 待て、シロ!」
俺は慌てて呼び止めようとした。
「シロリアン! よくぞ無事で!!」
魔王が涙目になって、シロに抱きついた。わしゃわしゃとモップ毛を撫でくりかえしている。
「「「「へっ?」」」」
俺たち四人の声が重なった。
「キュキュ〜ン、ク〜ン……」
「うん、うん。そうか。……お前、うちのシロリアンを救ってくれたようだな。コイツは迷子になっていたんだ。それを、魔王城まで届けてくれたのか。しかも、洗濯までしてくれたようだな。飼い主として礼を言おう。ありがとう」
シロをモフっていた魔王は、急にくるりと俺の方に振り返ると、お礼を言い出した。
「は、はぁ……どういたしまして……」
俺は急な魔王の態度の変化に、呆気に取られてとりあえず返事だけした。
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魔王の好感度が五百あがった。
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……嘘だろっ!? おいっ!!?
「あの〜。俺がモップを見つけて来たんですが……」
ディーターが少し言いづらそうに、横から口を挟んだ。
「ああ、お前か。シロリアンは、お前の抱っこの仕方が悪かったと貶してるぞ」
「けなっ…………」
魔王の一言に、ディーターは言葉を失った。
ディーターが固まっている間に、シロは魔王のマントを咥えると、クイッと引っ張った。
「キュ〜ン!」
「何? 何か一つ願いを叶えてやれだと?」
「キュン!」
シロに何やらキュンキュン言われ、魔王が鋭い視線を俺に向けてきた。
「お前は我に何を望む?」
魔王が重々しく問うてきた。こちらから膝を折りたくなってしまうような圧倒的な威圧も放っている。
「それなら、この世界の平和を。王国や他国への侵略をやめて下さい。私は平和を望みます」
俺は威圧になんか負けずに、真っ直ぐに魔王の目を見つめて言った。
彼の鋭い赤い瞳が、一瞬だけ丸く見開いた。
「フッ。それならこの魔族の国の平和も入れてもおう。お前達人間は、勝手に我らの国にやって来て、勝手に荒らして帰って行く。それを止めるというのなら、侵略とやらを止めてやろう。元はと言えば、そちらから始めたことだ」
俺がチラリとアクセルの方を見ると、彼も深く頷いた。
「それならば、互いに不可侵の和平条約を結びましょう。我が国が責任を持って他国にも呼びかけます」
今度はアクセルが魔王の前に出た。胸に手を当て、真摯に言葉を重ねる。
「ハッ。今度の奴らは話が分かりそうだな。俺たちは静かに暮らせればそれでいいんだ。何もしてないのに毎回攻め込んで来やがって」
魔王が皮肉げに言い放った。だが、その表情はやけに晴々としていた。
「ええ。これからは敵対ではなく、友好を築いていきましょう」
「いいだろう。それからステンドグラス代は弁償しろよな」
アクセルと魔王は、ガシッと力強く握手をした。
——こうして、人間の国と魔族の国に平和が訪れた。
***
魔王城からの帰り道、不意にアクセルに声をかけられた。
「エトムント。私のものにならないか?」
えぇええっ!? 俺、男ですけど!? 可愛い婚約者もいますが!!?
——ってか、それは正ヒロインの女子高生に言うべきセリフ……
「…………」
俺がびっくりしすぎて何も言えないでいると、
「……いや、言葉選びが悪かったな。国に戻っても、側近として私を支えて欲しい、ということだ。今回の遠征で、互いの命を、背中を預け合った仲だ。これから王位を継いで政をしていくには、信頼できる仲間というのは重要だ……どうだろうか?」
アクセルが一番最初に見せてくれたような、はにかんだ笑顔を見せてくれた。
彼が素の時に見せてくれる純粋な笑顔だ。
「ああ。俺でよければ、アクセルの役に立とう」
俺が笑顔で快諾すると、アクセルは一瞬目を瞠って少し頬を赤らめたかと思うと、「ああ、よろしく頼む、エトムント!」とくしゃりとした笑顔で返してくれた。
周りのみんなも、俺たちのそんなやり取りを微笑ましげに眺めていた。
「さぁ、王都へ帰ろう! 皆が待っているぞ!」
「「「「おう!」」」」
アクセルの掛け声に、俺たちは笑顔で答えた。
——最初の顔合わせの時はどうなることやらと思ったけど、最後はみんなと仲良くなれて良かったよ。
***
「さすが! 私の最推しのエトムント様! 全スチル、コンプリートよ!! しかもまさか、魔王様まで味方にしちゃうだなんて!」
女神は、神界の女神の部屋に飾られた、攻略対象者たちの美麗スチルをニヤニヤと……いや、満面の笑みで眺めていた。
「これで魔族の国とも仲良くしてくれるなら、もう聖女を召喚する必要もないし……!」
女神はチラリとプラ◯ドポテトの方を見た。まだ全種類は味見していないのだ。
じゅるりと期待のよだれを飲み込む。
「世界は平和だし、他のポテチも召喚できるし、万々歳よ!!」
女神がはしゃいでバフンッと真っ白な雲にダイブすると、ふわふわっとちぎれ雲が舞い上がった。
「あら? これはボーナスかしら?」
キラキラしいエフェクト音と共に、神界の女神の部屋に現れたのは、額縁に入った勇者パーティーメンバーと魔王が仲良く肩を組む美麗スチルだった。
***
王都に戻ると、町中の人たちが盛大に祝ってくれた。
王宮側で用意してもらった凱旋のお披露目用の馬車に乗せられた。王都の大通りを通って王宮まで戻るパレードだ。
俺たちは、喜び歓声をあげる民衆に、笑顔で手を振った。
「ただいま、シビラ」
「お帰りなさい、エトムント!」
王城に到着すると、俺の胸にシビラが飛び込んできた。ほんのりと甘く爽やかな鈴蘭の香りがした。
急に飛び込んで来られたから、よく顔は確認できなかったけど、少し涙声じゃなかったか?
「……あなたが無事に帰って来てくれて良かったわ。もう、それだけでありがとう……」
「うん、心配かけてごめんね。待っててくれてありがとう」
しばらく会っていなかったということもあるけど、小さく震える細い肩を抱くと、余計にシビラを愛おしく感じた。
クスン、クスン……という涙を押し殺すような音も胸元から聞こえてくる。
紳士として、しばらくはこのままかな?
まだもうしばらくは、このままシビラのぬくもりを感じていたいっていう本音は秘密だ。
アクセル達は、やれやれ、とか「帰って早々、お熱いな」と苦笑い半分に、微笑ましく俺たちを見守ってくれていた。
シビラにはあとで、「俺がアクセル殿下の側近になるんだ」って言って驚かせよう。
魔族の国と和平条約も結ばなきゃだし、これからは忙しくなるな——
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
前作『悪役令嬢♂でございます。』はこちら。異世界恋愛の短編です。
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