自滅への近道sheet7:エピローグ
スナック『エンター』定休日の朝は遅い。
…はずだった。これまでは。
猫のオムを飼うようになってから、やたら朝の早い時間に起こされるようになった。
エルはもちろんの事、アキラも知らなかったのだが猫は夜行性ではない。
『薄明薄暮性』といって薄暗い明け方や夕暮れ時に活発に行動する動物なのだ。
部屋中を駆け回る騒音に耐えていると、立て掛けてあった何かがバタンと倒れる音や、長い間触れていなかったベースギターの弦がビィーンと鳴る音が響いてきた。まるで、あらゆる物から音を引き出さずにはいられないかのようだ。
そしてウォーミングアップが済むと、ベッドの二人を起こしにくる。
ゴロゴロいいながら二人の間を出たり入ったり、反応が無いと恨めしげに「ナォーン」と鳴いたりする。
「ああ、分かった。起きる起きる」
根負けしてアキラは身を起こす。エルはまだ目を覚まさない。
アキラはオムを肩に担ぐと、店のある一階へ降りていった。
営業日は店への出入りを禁止しているが、今日は定休日。
オムも今日は店の中を探検出来る日だと分かっているのかも知れない。
階段を降りる途中からすでにアキラから逃れようともがき出した。
アキラはコーヒーを淹れる準備を始め、オムは店内を探索している。
エルも間もなく目を覚ますだろう。アキラが隣にいないとすぐに目を覚ますのが常だからだ。
(ルールか…)
アキラは先日の大学の事件を思い出す。
エルはルールに固執していた。
この異世界でルールを守ることに気を張って生きてきたのかもしれない。
エルが目を覚まし、一階へ降りてきた。
「アキラ、おはよう」と声を掛ける。
寝癖の髪と少しはだけたパジャマ姿のエルを見て、少なくとも今この瞬間は"気を張ってる"ワケではなさそうだと、アキラは微笑みながら声を掛けた。
「おはよう、エル」
〈完〉