自滅への近道sheet2:未練
それから程なくして川口が来店した。
「悪い、遅くなった。クライアントとの打ち合わせが長引いてな」
カウンターの定位置、一番右端に腰を下ろすとおしぼりで手を拭いながらそう告げた。
「そういうところは腐っても経営者って感じだね」
アキラのイジリ、遅れた分を取り戻すワケではないが最初から飛ばしてくる。
「腐ってない、腐ってない。熟成されたとか、円熟味を増したにしてくれよw」
アキラと川口にとっては平常運転のやりとりだ。
チームミーティングといっても、先のクイズのネタ出しと新規で話のあった事案の共有、後は川口からの収支報告くらいだ。
「俺の方からは特にないな。現状の定型業務の報酬のみだ」
「こっちもさっき育美さん達に話したけど、コレの案件だけ」
アキラが指さしたのはボトルキープされた余市と響。川口には報告済だ。
「川口さん、これオムちゃん」
育美はさっきスマホで撮ったばかりの猫の写真を見せた。
「おぉ可愛いな。それにしてもまだこんなに小さいのか」
「グッさんも猫好きだっけ?」
アキラが尋ねる。
「あぁ、今は飼ってないけどな。俺は昔からどっちかというと猫派だな」
「あー、悪の組織のボスとかも猫を愛でてるもんね」
「そうそう、あれ007が元祖かな。スペクターのボス」
アキラのイジリを素でかわしマジレスする川口。
「たしかゴッドファーザーでもそうでしたよね。ドン・コルレオーネ」
薔薇筆が話に加わる。
「非道な人間なのにその反面猫は愛でるっていう、今どきの言い方だと"ギャップ萌え"みたいな手法ですよね」
育美らしい解釈。
「そういや"あっちの世界"には猫いたんだっけ?」
アキラがエルに尋ねる。
「猫みたいな動物はいたけど、ペットとして飼うようなのはいなかった。野性のどっちかといえば害獣。だからこっちでオムに出会えて飼えるようになって嬉しいんだ」
「その…今さらこんなこと聞くのも何だが…向こうの世界に未練っていうか、帰りたいって気持ちは無いかい?」
川口がその場の誰もが思ってて口に出来ない、聞いてはいけない"暗黙の了解"となりつつある質問をぶつけた。
「たぶん皆んなが思ってる以上にミレンはないよ。両親とか兄妹…兄が一人いるけど、もう長いことあってなかったし」
エルフ族の"長いこと"が何年なのか見当もつかないが、長命な種族にとってはエルがいなくなった現在も"ふらっとどこか知らない地方を旅してるんだろう"位の感覚なのかも知れない。
もしかしたら、まだ居なくなった事に気付いてない可能性すらある。
「そうそう、長いこと合ってなかったといえば…」
川口が切り出した。変な空気にした自分の責任と言わんばかりに話題を変えようとしていた。
「打ち合わせが長引いたクライアントというのが、昔近所に住んでた幼馴染でな。長引いた大半が昔話だったってオチw 」
「だったら連れてくればよかったのに。積もる話もあったでしょ」
アキラが言う。
「あぁ、一応声はかけた。今日は別件があって寄れないってさ。ただ『エクセレンター』の事をやたら聞いてきて、どうやら困りごとがあるみたいだったな。次の機会に是非会わせてくれってさ」
"次の機会"は予想以上に早かった。
翌週には川口と幼馴染、そして相談者とおぼしき男性の三人がやって来た。