第43話 ポーカーフェイス
「天帝の過ちだと……? はは。お前、天帝でも裁くつもりか? それがお前の真の目的だと?」
僕の言葉に、蒼夜は穏やかに微笑み話を続けた。
「生まれつきってなに? それって良いも悪いもはっきり出来る事なのか? 過剰にも与えられるものと不足のもの。どっちにしたって人という概念から離れたものだ。だからこそ、その存在を神と堂々であると見做す。だけど一方は神であり、一方は神であろうとも悪神と位置付けられるんだ。自分たちが普通であるという基準が、欠けているものがある者を異形と決め付ける。それは鬼だってね……?」
……鬼……。
「蒼夜……お前……」
これじゃあ……。
左目を覆った手をそっと下ろし、僕の反応を窺うようにじっと見つめる。
おそらく、僕の表情で僕がどう感じたかを察した事だろう。
だが、それは彼にとって不愉快なものだ。
麻緋は生まれつき正邪の紋様を持っている。
一方で蒼夜は生まれつき左目がない。
だが、名代は片目である事が条件とされ、神社である九重家に生まれた長子に片目がなかったならば、名代として相応という事にはなるが……。
……複雑だ。
はっきりとも出せない答えは、それを良いか悪いかと分ける事を拒絶する。確かに蒼夜が言った通りだ。
言葉を続けなかった僕に、蒼夜はクスリと笑みを漏らすとこう言った。
「笑えるよね。本当の鬼の姿なんか見た事あんのかよ? って言いたいくらいだよ。所詮、恐怖を感じた姿が鬼になっただけでしょ。初めは神のようだと讃えられても、いつしか役目は変わっていく。大儺が追儺と名を変えたように……ね?」
ああ……やはりそこに繋がるか。
大儺は後に追儺と名を変える。方相氏は大儺、侲子は小儺と称され、追儺と名が変わると同時に、『儺』を持つ者は、鬼を祓う者ではなく、鬼そのものと変わっていった……。
儺を持つ者……か。
「……蒼夜」
僕は、麻緋に目線を向けたまま口を開いた。
「お前……名代を憎んでいるか」
「それって……僕が生まれつき名代である事をって事?」
「……ああ」
やっぱり……気づいているか。
僕が何を言いたいのか、何を聞きたいのかを。
「……そうだね。憎んでいないと言ったら嘘になるって言いたいところだけど、それは少し違うんだよね。お前も知っている通り、僕も塔夜も神社の息子。父親は神主だった訳だから、それはそれで普通なんだよ」
「だった……」
つい言葉を拾った僕に、蒼夜は少し嫌な顔を見せた。
一瞬だけ揺らいだ目の動きが、動揺したようにも思えたが……。
冷ややかにも睨むような表情、苛立ちを交えた声が返ってくる。
「そこ……今は追求しなくていいんじゃない? まあ……僕がそう仕向けたと思っているからだろうけど。気になっているならその話は時期に話してあげるよ。どう? 彼の容態は。回復出来そう? 僕……彼の死を見届けたらこの場から消えるから、そんなに話を引っ張らない方がいいんじゃない? 簡潔にしないと聞きたい話も聞けなくなるよ? 時間……ないでしょ」
「……そうか。そうだな……」
僕は、静かに頷いた。
助けられはしないと確信しているからこその余裕なのだろう。
確かに状況に変化は見られない。
麻緋の状態を診ている僕から焦りが消えたのも、蒼夜の確信を更に強めている事だろう。
「じゃあ……訊く。普通じゃないと思ったのはなんだ?」
「それ……本当に訊く意味あるの?」
「……どうかな。僕には、基準がなにかって答える事は出来ない。お前がこうだと答えても、それが本当に普通じゃないと同意する事は難しいだろうな」
「だったら訊く意味ないじゃないか」
蒼夜の呆れた声に僕は、ふっと笑みを漏らすと呟くように答える。
「馬鹿だな……これが僕の普通なんだよ」
安堵を交えた僕の口調に、蒼夜は怪訝な顔を見せた。
蒼夜は何か察したようだが、僕は構わず言葉を続ける。
「昔から伝わる回復の呪いは、苦痛から逃れる為の呪文を使うが、万能ではない。きっとそれは、呪文を唱える側と、呪文を受け止める側の思いの深さに関わりがある事だろう。だがそれも、重篤となった者には届かない……そう思っていた事もあったが、届く方法があるんだよ」
地からカッと光が弾けると、僕と麻緋を中心に一瞬で円が描かれる。
突然、光が走った事に、蒼夜は目を眩ませた。
「白間……お前」
「ああ、僕が何もしていないって? 諦めたとでも思ってたか? 口で唱えるだけが術の全てじゃない。勿論、文字や図柄を描く事もな」
僕が呪文を口にする事も、指を動かす事もなかった。
当然ここには医術の為の器材もない。
見ている限り、なんの対処も出来ていないようだっただろう。
『感情を表に出すな』って。
今回は上手く出来ただろ、麻緋。
僕は、ニヤリと口元を歪ませて笑うと、蒼夜に言う。
「簡単な話だろう? 術を使う側と術を受け止める側、互いの呪力を重ね合わせる……」
強い光が天に反射すると同時に続けた言葉。反応するように、麻緋がパッと目を開けた。
「それが『共感』って言うんだよ」