第42話 有耶無耶な二律背反
「麻……緋……」
霞んでいく視界で麻緋を捉えるが、うつ伏せに倒れたまま麻緋はピクリとも動かない。
思うように動かない体を引き摺るように這いながら、麻緋へと近づく。
「麻緋っ……! 白間っ……!!」
「だから……邪魔すんなって言ってるでしょ」
「っ……!」
塔夜が蒼夜を振り切って立ち上がったが、再び地に押さえ付けられる。
一体……どうなってしまったというんだ。
「麻……緋」
重なるのはあの時の出来事だ。
その記憶が鮮明に蘇ってくる。
突然、バタバタと人が倒れていった。
誰一人、救う事も出来ずに、この手に握ったものは自分の無力さだ。
「麻緋……麻緋っ……!」
今度こそ、救うと決めたんだ。
苦しさを意識の外へと追い遣ろうとしながら、僕は麻緋の腕を掴んだ。
「麻緋っ……!」
脈が弱い。
呼吸もしているのかしていないのか、あまりにも静か過ぎる。
この体勢では確かめる事が出来ない。
早くなんとかしないと……!
「……クソッ……」
僕は力を振り絞り、立ち上がろうとするが、思うように腕に力が入らず地に崩れる。
そんな僕の顔を、笑みを浮かべた蒼夜が覗き込んだ。
「無駄だと思うけど、まだ続ける?」
「……お前……あの時の事も……渾沌を隠れ蓑にして……全てはお前だったんだよな……」
睨む僕に見せつけるようにも笑みを浮かべたまま、蒼夜は答える。
「気づいてなかった訳じゃなかっただろ? なのになんでかな……? お前にとっては『失敗』を繰り返す事になるなんてね。あの時、お前……何をどうしたんだっけ……?」
「……っ……!!」
気づきを与える言い方に、一瞬で全てが繋がった。
僕が禁忌呪術を使ったんだと、あの時はそう思っていた。
それは僕が使った術が禁忌に繋がった事によるもので。
だけど、それは失敗に終わった。
失敗したんだとそう思っていた。
確かに、僕からしてみれば失敗だろう。
だが……。
それは全て反転されていた事だった。
救おうと思って使った術は逆に命を奪い、何もかもを失う事になった。
禁忌を犯した代償のように。僕自身もそう受け止めていた。
蒼夜……こいつは渾沌と同じだ。
命を奪って力を得る。
外部からの呪力を術者が利用し、それを自身の力として術を使い、術の成功を絶対的なものにする。
僕が苦痛に歪める顔を楽しそうに見つめながら、蒼夜は言った。
「藤堂 秋明の力を使えば、反転出来るでしょ? だけど、呪符の所有者が他に移ったみたいでね……? 揃って貰わないと動かせない」
「お前……呪符がある事も……それが僕だと知っていたな」
「うーん……そうだな……正確に言えば、藤堂以外で呪符を使える奴がいるとすれば、白間だけって事かな。そもそも、藤堂 麻緋に呪符は不必要だし、僕の力が不安定になった時点で、藤堂家所有ではなくなったって分かる事でしょ。だけど白間……お前が生き延びていたのは誤算だったんだよね」
もしもあの時、あのまま死んでいたらと思うとゾッとした。
こいつの思うがまま、犠牲が増え続けるだけだ。
『東南の地が傾いた』
あの言葉も蒼夜に対しての意味を含めていたならば、東南に位置する九重家が傾いたという意味だ。
クソ……。
何かがあると気づいていたのに……渾沌に意識を取られ過ぎだ。
塔夜が反転しろと迫っていたのは、この為の布石だったのかとも思ってしまう。
あの時の塔夜に、本心が言えるはずがなかった。
敵であるように見せて、所々に状況を伝えていたのは、後に気づいたが。
僕が、僕たちが使う術の目的が反転させられ、僕たちが望まない結果を招くという力が動いてしまった。
術を使えば使う程に、相手の思う壺だという事だ。
術を使った瞬間が、こいつにとっての術の発動だ。
発動させる条件を僕たちが術を使う事で揃えてしまう。
まるで供物だ。
そしてそれは、代わりではなく、そのものであり、そう自身の存在を置き換えてしまう。
蒼夜自身の代償など何もなく……。
無条件の禁忌だ。
麻緋の力も……命までも奪われてしまったら……。
何もかもが蒼夜の自由になる。
『だから必要なんだよ。格式がな』
「麻緋……麻緋……麻緋ーっ……!!!」
頼むから……目を覚ましてくれ。
無力だと嘆くのは諦めだ。
同じ思いはもうしたくない。
そう強く思い、自分を奮い立たせるが、体を支える手に力が入らず、何度も何度も崩れ落ちた。
それでも僕は、立ち上がるのをやめはしなかった。
絶対に諦めはしない。
もう目の前で何も出来ずに失っていくのは嫌だ。
そんなものを見る為に生きているんじゃない。
無力さを嘆く為に生きているんじゃない。
だけど、後悔したからこそ、今がある。
「へえ……? まだ助けようとするの?」
蒼夜は、無駄だというように嘲笑する。
「当然だ……僕は……」
蒼夜を横目に、震えながらも立ち上がろうと地に膝を付く。
僕は……。
「医者だからな……!」
僕が……必ず助ける。
なあ……麻緋。
お前は僕に言っただろ。
『俺にも頼れ』
ああ、分かってるよ、麻緋。
だから互いの力を重ね合おう。それが……。
相棒だろ?