第40話 リプレース
ああ……そうだ。
あの呪符は、分け与える為に残されていた。
藤堂 秋明。彼が言ったとされる言葉。
麻緋と悠緋に紋様を分けようとしていた事はその名でも明瞭……か。
麻緋が陽で悠緋が陰。
悠緋の雰囲気から勝手に思っていたが、それは悠緋自身もそう思っている事だろう。
確かにそれはそれで合っている部分はあるだろう。
だが……本当のところは。
天と地の紋様だ。
「天一地二、天三地四、天五地六、天七地八、天九地十……」
「白間……!」
僕を制止しようと立ちあがろうとする塔夜を、蒼夜が押さえ付けた。
「っ……! 兄っ……!」
「うるさいな。邪魔すんなよ、塔夜。あの面に宿った神降巫が天帝の力を分け与えられたんだから。それが爻で表されるんだ。大人しくしてろよ」
塔夜の頭を地に押し付け、起き上がるのを蒼夜が阻む。
「僕もやっと……仲間になれるんだから」
笑みを含んだ蒼夜の声を片耳に聞きながら、僕は言葉を続けた。
「天に在りては象を成し、地に在りては形を成して変化現る。天、二十五、地、三十……」
天から地に降り落ちた光の粒が組み合わされ、爻を表していく。
爻が組み合わされていくのを見つめながら僕は、二人の会話を片耳で聞き続けていた。
「仲……間……? 兄……それってどういう意味だよ……」
「言葉通りの意味だよ。お前はよく分かるんじゃないの? 天の枢が見える僕たちは名代にはなれるけど、降臨させられる神は天帝以外だ。天帝が降臨する事はないからね。藤堂 麻緋……生まれながらに正邪の紋様を持つ天才は、天帝の力そのものを持っているも同然。だから『天才』なんだよ。だってそうだろう? 天から与えられた才能なんだから。ねえ、塔夜。お前がなりたくてもなれなかった彼に抱いた感情は、絶望に辿り着いたんじゃなかったのか?」
「違……う。俺にとって麻緋は……」
「憧れや羨望なんて、結果的に欲するに値するものなんだから。感情は一定に留まらない、行き着く先は妬みに過ぎないよ」
「違う……」
「お前に否定出来んの? 塔夜。彼なら死ぬ事はないと信じたからだとしても、常人なら死ぬレベルの呪いを掛けたクセに」
「っ……!」
「もしも彼がお前の意に反して弟を庇わなかったら、弟は間違いなく死んでいただろうね? 弟にはそこまでの力はないみたいだったし……僕みたいに……ね」
「兄……! それは……!」
「否定すんなよ。僕自身が感じている事を口にしているんだ。お前が否定したら、僕の能力は何か変わるのか? そういうの、同情って言うんだよ。不愉快だ」
「……兄……」
降り落ちた全ての光の粒が爻を表し、僕の声が止まると、麻緋がそっと僕へ手を差し出すように向けた。
僕も差し出すように手を麻緋へと向ける。
その瞬間に天と地に紋様が広がり始めた。
互いが互いを呼び寄せるように、紋様が重なり合うのと同時に僕と麻緋の声が重なる。
「「鬼神陰陽の影響を遂行する」」
カッと紋様が強い光を放つ。
僕と麻緋は、再び声を重ねた。
「「東に青。南に赤。西に白。北に黒。四色は四神を象り、四象を顕せ。中央には金を顕し、五色を象れば、五象を顕す。そして、五象を補佐する五佐を顕せ」」
僕と麻緋が声を揃える中、蒼夜は淡々と言葉を続けていた。
「変わらないんだよ。同じに染まらない限り……それそのものにでもならない限り変わらない。ああ、だけど……塔夜、彼らにお前がしてきた事は否定してあげる」
「やめてくれ……それを言ったら俺はっ……」
「お前は僕のスケープゴート。あれは僕が全てやった事……彼の弟に掛けた呪いも発動させたのは僕だ。自覚はあるだろうけど、ね?」
「兄を憎まざるを得なくなるっ……!」
塔夜は、蒼夜の手を振り切って立ち上がった。
「麻緋っ……! 白間っ……!」
焦りを見せる塔夜を他所に、僕と麻緋は声を重ねた。
「「変易錯綜」」
天地の紋様がグルグルと回った後、ある位置でピタリと止まる。
麻緋の手が天を差し、はっきりと声を響かせた。
「乾為天上爻 亢龍有悔」
バリバリと天に稲光が走ると吐き出されるように雷が落ち、顔のない面が地に転がった。
「……」
無言でじっと麻緋を見る蒼夜に、麻緋は言った。
「昇り過ぎた龍は地に落ちる。染まらなかったな……あんたと同じ闇には、な」
麻緋の言葉に、蒼夜はなんの反応も見せなかった。ただじっと麻緋を見つめている。
……なんだ……?
妙な雰囲気に僕は眉を顰める。
沈黙が続く中、蒼夜の口元に浮かんだ笑みが目に映った瞬間。
「っ……!」
糸が切れたようにバタリと麻緋が地に倒れた。
「麻……緋……?」
どうしたんだと麻緋に駆け寄ろうと一歩踏み出した僕は、強い圧迫感に地に崩れた。
……苦しい。
キシキシと締め付けられるような苦痛に体が動かない。
苦痛から逃れようと繰り返す浅い呼吸が、意識を朦朧とさせる。
「兄っ……! もうやめてくれっ……」
意識が……遠退いていく。
遠く聞こえる蒼夜の言葉に、僕は悔しさを噛み締めた。
「塔夜……出来たじゃないか。僕を憎む理由が……ね?」