第39話 シンクロニシティ
渾沌を封じたのは南。それも社殿があった場所だ。
成介さんは先を見越していたのだろう。
だが何故か、それを僕と麻緋には伝えず、向かわせようとしたのは東南だ。
まあ……麻緋は気づいていたが。
成介さんは、僕たちが東南に向かわず、南へと向かった事は気づいていた事だろう。
東南に向かわせる目的は九重の父親についての事だった。
今、僕たちが目にしている現状はそれに関わるものだ。
結局行き着くところは同じだったんだ。どっちに転んだとしても、目的となるものは掴めていた。
こうなる事は早かれ遅かれ、といったところだ。東南で真意を探ってからの方がワンクッション置けたという事だろう。
九重が実の兄と対峙する事になると分かっていたから……。
なんだかんだで成介さん……九重の事、考えていたんだな。
九重は、そんな成介さんの気持ちなど無用といった行動を起こしていたが。
悪神である渾沌を崇めていた地は南。それは力を利用したいが為の崇拝であり、その暴虐に助けを求めた先が九重の父親だというのは、やはり因縁と捉えるべきだろう。
九重 蒼夜……彼との因縁だ。
「惜誦して以て憂愁を形に表し、発憤して以て思いを述べる。作すところ忠にして言う。蒼天を指して以て正と為さん。五帝に命じて以て正を示させ、六神を戒め審問に加わらせる」
空が……天が開く。
……蒼天、か。
真夜中とは思えない明るさが広がるが、それは夜明けとも日中とも違う蒼き天だ。
うっすらと舞う光が、オーロラのようにゆらゆらと揺れる。幻想的な光景だ。
「へえ……? 成程ね」
彼は動じる事もなく、天の動きに関心を示した。楽しそうな表情で天を仰ぎ、その様を見続けている。
無邪気にも感じる彼の雰囲気が、何を考えているのかを不明瞭にさせる。
無垢であり、純粋。そんな言葉を彼に当て嵌めるなら、これ以上の脅威はない。
無垢である程、残酷にもなる。
純粋も、何を以ての純粋であるのか……単に、いい意味であると捉える事は出来ない。
……曖昧なものだ。
「やっぱり『天帝』か……藤堂 麻緋」
天を仰ぎながら呟く彼は、満足そうに笑みを浮かべた。
やっぱり……天帝……。
彼は、ゆらゆらと舞う光を纏おうとするかのように、大きく両手を広げた。
その様子をじっと窺っていた僕は、ハッとする。
『その紋様は、染まらなければならないものに染まる』
同じに……染まる。
「ダメだっ……! 麻緋っ……!!」
咄嗟に叫んだ僕に、麻緋は静かな笑みを漏らした。
その笑みに全てを察する。
そうだ……。
麻緋は分かっていた。
僕が止めようとも、麻緋は封印を解いただろう。
『相棒なら相棒らしく、足りない部分は補えんだろ? お前が俺を補ってくれよ』
……麻緋……。
お前に足りないものなんて、初めからなかっただろう?
僕に補えるものなんか……。
「っ……!」
悔しさに僕は、歯を噛み締め、手をギュッと握り締める。
そんな僕の様子に、麻緋は静かに頷きを見せた。
……僕だって分かってるよ、麻緋。
無垢な程に残酷で。
純粋な程にその思いは深く。
多を受け付けず、単に染まる。そのものの色に。
たった一つ手にしたいものの為に、手に出来る色に染まるんだ。
彼は、面を天へと放り投げた。
ゆらゆらと舞う光が面を追い、カーテンのようにふわりと柔らかに包んでいく。
パッと光が弾けると、無数の光の粒が地に転がった。
「兄っ……」
九重は焦った声で彼を呼ぶが、彼が何をしたかは分かっている様子だ。
身を起こすと九重は、地に散らばる光の粒を目で追う。
地に散らばった光の粒がそれぞれに結び付き、陰陽の配列を表し始めた。
これは……爻だ。長い横線と真ん中が途切れた二つの短い横線で陰陽を表す。
地に示されていく爻が増えると、九重の父親の姿がパッと消えた。
「クソッ……」
悔しさを地に叩きつける九重に彼は言う。
「塔夜……分かっていると思うけど、数えちゃダメだよ?」
地に散らばり結び付いていく光の粒は、止まる事なく陰爻と陽爻を示し組み合わされていく。
九重……そう気は合わないが、この状況ではややこしくなるから塔夜と呼ぶしかないか……。
「兄……なにを連れて来た?」
ギリッと歯を噛み締め、睨みを見せる塔夜。
「なにって塔夜……決まっているじゃないか」
蒼夜は、クスリと笑みを漏らすとさらりと答える。
「舞人……神降巫だよ」
「兄っ……」
焦りを隠せない塔夜を、蒼夜は楽しげに見ている。
……ああ、そうだよ。
止められないと分かっている。
だからこそ封印を解かなければならない、解く必要がある。
だが。
関わり合うものは一つじゃない。混ざり合っていくものが結果を決めていく。
「来っ!」
麻緋の声に、僕は口を開く。
「一から始める。両儀、四象……八、十六、三十二、六十四……」
「白……間……ダメだ……」
数えてはならない……。
「往を数うるは順、来を知るは逆。最下、初九、初六。続いて九二、六二、九三、六三、九四、六四、九五、六五。天を参とし、地を両にして数を倚つ……」
それは……どうかな。