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第36話 ディファレンシャル

「……随分と突飛だね?」

 彼は、嘲笑するようにも鼻で笑うが、僕は表情を変えなかった。

 散々、渾沌に振り回されてきたが、麻緋は奴を三流と言っていたが、確かに僕から見ても、奴一人だけでここまでの状況を作り上げる事は出来ないだろう。

 あの時、既に麻緋の家に潜んでいた九重は、僕があの呪符を手にするまで姿を見せなかった。

 そういえば麻緋は、九重が僕の力量を見定めていたような事を言っていたな……。


 この為にも繋げたか。

 九重はあの呪符が何処にあるか知らなかったと言ったが、呪符の存在自体は知っていた。

 その呪符が僕の家と関わりがあった事は、やはり、といったところか。


 初めから渾沌一人ではないと分かったのは九重が現れたからだが、九重の態度は何処か矛盾していて、渾沌も九重に頼り切っている訳ではなかった。

 そもそも、麻緋が家に張った結界にわざと干渉し、僕たちを呼び寄せた九重に、渾沌はついて来ていなかった。

 再び会ったこの地では、九重を見張るようにも姿を現したのに……。


 九重が僕たち側に回り、渾沌を地に封じた後でも大きな変化が見られないのは、他の存在があると思わざるを得ない。

 だが……その存在は静かなものだった。

 元々あったその存在に気づくまで、遠回りさせられたような気分だ。


 この男……。

 僕は、探るように彼をじっと見つめる。

 九重に兄がいた事を誰も口にしていない。麻緋が知らないとも思えないが、麻緋が知らなかったとしたら、尚更に複雑な兄弟関係だ。

 僕が見た九重の過去は、事が大きく動き始めた時の一部分だけだしな……その中で彼の存在が欠片も見当たらなかったのは、隠しておきたい事だったのか、矛先を向けさせない為だったのか……。

 顔はよく似ているが、性格は何処か……いや、兄弟であっても、という訳ではなく、僕の理解から外れる。引っ掛かる彼の言動が、不穏を感じさせる事の拒否感か……。


 僕は、不機嫌に顔を歪め、彼に言う。

「それは出し抜いてきたからこその発言か?」

「出し抜いたって……それも随分な話だけどね?」

「随分? それはどうかな……」

 呆れたようにもハッと息を漏らす僕に、彼の笑みが止まる。

 互いに真顔で目線を合わせ、少しの間を置いた。

 僕も彼も腹の中を探り合うような態度だが、彼は僕が先に口を開くまでは絶対に自分から話しはしないだろう。

 僕は、小さく息をつくとゆっくりと口を開いた。


「渾沌が力を得ている時程、本体を現しているのは理解出来ない話じゃないが……その本体には顔がない。顔のない本体が、顔を隠すようにフードを深く被る意味って……なんだ?」


 僕の問いに彼は、答えはせずに口元に笑みを浮かべた。

 足を踏み出す僕は、彼との距離を縮めていく。

 ゆっくりと近づく僕を待つように、彼は目を逸らさず、その場に留まっている。

 僕は、彼の真ん前に立つと、失っている左目をじっと見つめた。


「父に言っていたのは確か、その左目……視力が落ちていくと同時に、右目とは違うものが見える。暗い闇の中に広がる、紋様のような光が……ってな」

「よく覚えていたね。ああ、そうだよ……」

 彼が片手で左目を覆うこの仕草も……やはり似ているな。

 失ったのは共に左目……。

 渾沌が新たな名代を求め、九重の目を潰したのは彼との一致……? だが……。

 彼を見つめながらも考えを巡らす僕だったが、彼の言葉を聞き逃す訳にはいかない。集中しなくては。


「だけど僕はね……治療して欲しい訳じゃなかったんだけど」

 彼の言葉に僕は眉を顰めたが、先に続く言葉が想像出来た。

 頭の中を掠めるのは、自分で言った言葉だ。


 僕の表情の変化に、彼は少し呆れたように息をつくと言う。

「だって治る訳がないでしょ。失ったものが元通りになる事なんかね。例え元に戻ったとしてもさ……」

 クッと肩を揺らして笑うと、彼はこう言った。


()()()()()いたんじゃ、戻ったって不都合なだけだろ? 元通りに治してくれなんて、誰が言う?」


 ニヤリと歪める口元が僕に可能性を提示させるようで、意味を含んだその言葉に返す言葉が見つからない。

 理解出来ない訳じゃなかった。

 望んでいる答えに理由が欲しかった……その理由を父に委ねたんだ。

 怒りとも悔しさとも、悲しさとも違う複雑な感情が、僕に言葉を選ばせない。



「……どう……考えても……どう理解しようとしても……何を考えているのか分からなかった……」

 僕と彼が対峙する中、苦しげな九重の声が流れた。

「何が正しくて……何が間違っているのか……間違っていたのか、それさえも分からなくなっていた……近くにいれば同じものが見えるかとも思ったが……やっぱり分かんねえよ……なあ…… (にい)……教えてくれよ」

 父親に覆い被さったまま顔を上げる事なく言葉を続ける九重。地にダラリと置いていた手が悔しさを掴むように地を削る。

「どう……やって……(にい)を……どうやって」

 九重の声が悲痛に響いたその言葉に、麻緋は悲しげに目を閉じた。



「憎めばいいって言うんだよっ……!!」

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