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第35話 Overturn

 現状を示していた水火既済(すいかきせい)

 それを打破するにはこれしか方法はない。

 その方法が火水未済(かすいびせい)だ。

 完成しているものを未完に変える。

 これが運命を曲げるというのなら、それもいいだろう。

 そもそも僕たちが全てを失ったのは運命を曲げられた結果だ。

 それなら尚更、ひっくり返すしかない。


「水火分離、陰陽正位を失う象を取る。言うは『未完』……火水未済(かすいびせい)……」

 動き出す天地の紋様。配置が変わり始め、坎と離の位置が逆になる。


 白が正しいとも限らない。黒が間違っているとも言えない。

 白が正しくて、黒が間違っていると決められるものでもない。

 だからこそ……。

既済傾覆(きせいけいふく)

 交じり合った相互の光がバラバラに散ると、九重が目に捉えられた。


 僕と麻緋は同時に中心へと歩を進め始めた。

 歩を進めながら僕は、呟くようにあの時の言葉を口にする。


「術者の力量は中心によって決まる……そもそも両儀が生まれる中心には、人が左右出来るものなんか何もない」


 それは九重と対峙した時に、僕が九重に言った言葉だ。


 複雑な思いに溜息が出た。

 人が左右出来るものではないものを、人が左右する。

 強引に、強制的に。

 それが出来る力を僕たちは持っている。

 だからこそ。

 僕は、思いを掴むように手を握り締めた。


『強大な力を持っていれば持っている程、その力を利用して違う何かに対抗させるように矛を向けさせるのが反転だ。もっと分かり易く言えば、悪を以て悪を制す、といったところか。悪を制した悪は善に変わる。俺の干渉などなくても……それは自然にな』


 麻緋の言葉が胸に響く。


『だから必要なんだよ。『格式』が……な』



 九重は、父親に覆い被さるように倒れている。

 どうやら(よりまし)とされていた父親を取り戻す事は出来たようだが……。


 安堵の息を()く間などない。


 僕は目線をちらりと動かした。

 目に映すその影に僕は言う。


「似てんな……誰に、とは言わないが……よく似てるよ」


 僕の言葉にふっと笑みが返される。

 僕はその笑みを片耳に聞きながら、父親を守るように覆い被さったままの九重に目線を落とした。

 九重はピクリとも動かないが、麻緋は何も答えず、焦りも見せない。気を失っているだけなんだろう。

 だが今、この地の中心に立っているのは、九重の父親でも九重でもない。二人の側にいる男だが、それに対しても麻緋は危機感を伝えない。

 九重には手を掛けないと感じるものがあるのは、僕も同じだった。

 僕は、その姿を見ながら言葉を続けた。


「九重は僕の父に目を診て貰っていたと言っていたが、僕には覚えがない。だけど……あんたには覚えがあるよ」

 左目を覆う包帯に目線が止まる。

「僕の父の元に来ていたのは九重ではなく、あんただ。今やっとはっきりしたよ……九重は渾沌に逆らえなかった訳じゃないってな……確かに父親の魂魄を奪われていた事は九重にとっての弱点だっただろうが……気づいていたんだよ。渾沌の存在がどういうものであるのか……」


 渾沌が今、封じられているのは地中……それは気になっていた事だった。


 僕の言葉を笑みを湛えた顔で聞きながら、男は包帯を(ほど)き始めた。

 僕は、その様子を見つめながら言葉を続けた。


「あんたが渾沌を……あの男を存在させたのか」

 僕の言葉に男はクスリと笑みを漏らし、返してくる言葉は僕には理解出来ない感情だ。


「あーあ。台無しじゃないか。折角の完成がまた振り出しに戻るなんてね……」

「よく言ったもんだな。それもあんたの狙い通りの事だろ」

「はは。いい人形なんだけどね?」

「人形……誰が、だ?」

 この男の口から聞きたくない。

 僕が口にする言葉は、この男にとっての思いそのものだ。


「それは九重にも言っている言葉か? あんたにとって自分以外の人間は全て駒に過ぎないんだろう」

 睨むように男を見る僕は、男が言葉を返すのを待たずに答えた。

 

「左目を覆うその包帯……あんたにも見えていたんだろ……? 九重と同じに天の枢が」

 男は、解いた包帯を地に捨てると、僕を真っ直ぐに見たが、やはり……片目がない。

 男は笑みを浮かべたまま、僕の言葉を楽しむようにも待っている。

 正直、この男の予想通りに動かされているように感じる事が不快ではあったが、話をしない事には進まないだろう。

「その目……見えるとはいっても、九重のようにはっきりと見えはしないだろう。条件を揃えない限り……な。それが『儀式』なんだろう? だが……東隣の牛を殺すは西隣の禴祭(やくさい)して、福を受くるにしかず……それは東と西の儀式の差だ。あんたはやり過ぎたんだよ」


 曰く付きの舞人の面は、母親の形見でもあると九重は言っていた。

 その面は渾沌が九重の前に現れる時まで、何処かに消えていた。

 きっと……いや、九重は分かっていたはずだ。

 消えた理由が。


「その帳尻を合わせる為にこの地を奪った。過剰な程にな……それはここに限らず、南も、西北のあの収監所も……麻緋の両親の事もだ」


 その面を持って消えた者がいる……それが。



「なあ……そうだろう? 九重の()()()()()……?」

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