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第33話 アブストラクト

 青色の火の玉が僕の周りを回っては、ゆらゆらと漂う。

 鬼火は陰火(いんか)、つまりは亡き者の姿を現すという。

 何故、どうして死ななければならなかったんだと、恨めしくも苦しみを吐き出すように、火を燃え上がらせている。

 熱を感じない青火が、却って恨みの深さを表しているようだ。

 


 これは幻影だと捨て去る事も出来たかもしれない。

 幻影は後悔を織り交ぜた、残酷な過去の延長だ。

 だが、例え幻影であったとしても、目を背けられるはずがない。


「今度こそ……助けるから」


 僕は息を整えると、陰火に触れるように手を動かしながら声を発する。

「|両儀……四象八爻《りょうぎ  ししょうはっこう》……(しん)()()(けん)(そん)(かん)(ごん)(こん)

 ぐるりと陰火を囲むように下方に円が広がると、麻緋の声が僕に続くように流れる。

(けん)()()(しん)(そん)(かん)(ごん)(こん)

 

 天地に広がる紋様が、共鳴するように光を放ち始める。

 カッと強い光が弾けると、僕と麻緋の間に位置する九重の父親に光が降り落ち、柱のように天地の紋様を繋いだ。

 地から伸びた無数の手が、陰火と共に九重の父親の元に集まり始める。


「白間」

 九重が僕の隣に立つと、面を外して僕を見る。

 辛い気持ちを抑えながらも僕と麻緋同様、目を背ける事のない九重だが、やはりその思いは顔に滲んでいる。

 それは僕も同じだが、突きつけられたのは越えなければならない現実だ。


 九重は面を表に返すと思慮深い様子で、面に目線を落としながら口を開く。

「この面……曰く付きだって言っただろ」

「……ああ」

 僕は、目線を前へと戻し、続けられる九重の言葉を聞いた。


「白間……お前に見せた俺の過去……あの後、俺は巫女に会いに行ったんじゃない。白間先生に会いに行ったんだよ。親父の伝言があったからな……」

「……ああ」

 僕は相槌を打つだけで、僕から問いはしなかった。

 話そうと決めた九重の思いを優先させたいのもあったが、九重が口を開かなければ、目にしているこの現状に説明がつかない。

「そもそも舞は奉納だ。舞人も……巫女や覡が供犠な訳じゃない。勿論、名代もな……だから失うものなんかあっていい訳がない。奪われるとなったら尚の事だ」


 九重の言葉を聞きながら僕は、九重の父親が口にした言葉を重ねていた。

『阻まれているなら……白間に……白間なら……』


 儀式の中心である名代。神と同格と崇められ、捧げられるものは。


 犠牲にしたものは。


 過剰にして相剋だ。


 九重の父親の周りを舞うように陰火が巡る。

 ……名代の元に……舞人が集まったかのようだ。


 陰火に浮かんだ一つ目は、まるで、九重が手にしている面みたいだ。

 九重は面を高く掲げ、話を続ける。

(よりまし)となる者は片目でなければならない……儀式の中心になる名代も、人身供儀と同じだ。『尸』……生きながらにしてそうなるのは、死を決定付けられているのと同じなんだよ。だから……」

「……ああ」

「名代は引き継がれるんだ。儀式が終わった後、次の名代が決められる。この面も……次の神降巫に引き継がれるんだよ」

 ……引き継がれる……か。

 これが渾沌が九重の父親を殺した理由……。


「なあ……九重。成介さんが言ってただろ。一度繋がりを持った者に力は望めない……それが不可解だって。その意味ってさ……新たな儀式の為には新たな名代が必要って事なんだろ……だから」

「ああ。だから俺なんだよ」

「……九重……」

 覚悟を持った九重の声に僕は分かったと頷くと、向かい側にいる麻緋へと目を動かした。

 僕の目線に気づく麻緋は、差し出すように僕へと手を向ける。

 僕も麻緋と同じに手を向けた。


 僕と麻緋の背後に、ふわりと大きな光が浮き上がった。

 

「志極まる有りて(かたがた)無し……だから俺のような存在がある……」

 九重が父親の方へと向かって面を放り投げた。

 天地を繋ぐような一本の光の柱、名代が纏う光が強くなる。

「そうだろう、親父っ……!」

 面がその光に触れた瞬間。バチッと火花が散り、面が粉々に砕ける。

 バラバラに散った面の破片が陰火を吸い込むと、その破片はキラキラと光り輝いて、星空を描くように天の紋様へと広がっていく。


 僕と麻緋は、同時に大きく腕を振る。その動きに従うように天地の紋様が動き出し、ぐるりと左右に旋回すると、ある位置を示して止まった。

 (かん)()の上……か。


 僕は、天地に描かれたその紋様を見た後、静かに口を開く。

「陰陽正位……水火相交わり、事既(ことすで)に成る……」

 僕の声が流れる中、九重は父親の元へと歩み始めた。


 麻緋も僕と同じ言葉を口にしているだろう。

 そう思うのも、天地陰陽の紋様がその言葉通り、正しい位置を示しているからだ。

 だが……これは幸先のいい話じゃない。

 僕は、九重の背中を見つめながら言葉を続けた。

「東隣の牛を殺すは西隣の禴祭(やくさい)して、福を受くるにしかず……」

 僕と麻緋の背後に浮かんだ光が、体を擦り抜けて中心へと向かっていく。


 父親の元へと向かう九重は、互いに向かっていく光よりも先へと走る。

 九重の力を信じながらも僕は、麻緋は、その言葉を口にした。



「「水火既済(すいかきせい)」」

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