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第31話 陰陽盛衰の境界

 渾沌を封じている南にあった顔のない面は新しいものだった。

 たけど……。


「白間……お前は見た事あるだろ? 隠したのはこの面だ」


 九重が手にしたのは、僕が九重の過去の中で見た面だ。

 一つ目は浮かんだまま、全体的にだいぶ汚れてはいるが、流れた血の涙の跡が残っているのが分かる。


 九重は、面の汚れをそっと払いながら苦笑を漏らし、静かに口を開いた。

「名代は片目なんだからな、面を被るのは舞人だけだ。片目の名代も、顔のない面を被って舞う舞人も、常人との区別であり、それは力を宿す者であると象られた存在だが、舞人は神を招く為の位置付けだけで、力を宿すのは名代だけだ。だが……この面は(いわ)く付きなんだよ」


 当時の事を思い出しているのだろう、九重はゆっくりとした口調で言葉を続けた。


「まあ……そうは言っても、この面は巫女であった俺の母親の形見みたいなもんなんだがな……」


 あの面が母親の……形見……。複雑な事情があるのは面を見た時から感じていたが……。

 九重の言葉に、麻緋が小さくも溜息を漏らした。


 ああ……麻緋は知っているんだな。



 面を見つめ、ふっと悲しげにも笑うと、九重は面を被った。

「だから……俺がやる」


 そして、バサリと身丈の長い上着を揺らし、右腕を横に強く振るとピタリと動きを止める。


 九重……ここで神舞をやるつもりなのか。


 だけど……なんだ……? この鬼気迫るような感覚は。

 あの時、九重の神舞を見た時に、確かに力強さは感じていたが……その反面、繊細で、儚くも美しいとさえ思えたんだ。


 だが……今夜は違う。


 九重は再び腕を振ると右足を軸に左に旋回し、舞い始めた。


『舞には意味がある。意味を持って舞うのが舞だ』


 意味……か。

 九重の舞を見ながら、何を意味しているのかを考えていた。


 舞は右を軸に左に回る……それは陰陽と天地が混ざり合う混沌を表しているというが……。

 九重は、左旋回の後、右旋回と順逆双方を交互に繰り返す。

 旋回するその速度は次第に速くなっていくが、軸とする右足はブレる事なくしっかりと地を捉えていた。


 ……力強い舞だ。


 九重の舞に圧倒されたかのように、じっと見る僕に麻緋が言う。

「巫覡の舞……神降巫だ」

「神降巫……そうか」


 ……これが僕たちについて来た理由か。


 九重の動きがピタリと止まり、舞が終わりを告げたように思えたが、九重の踏み締めた地を中心に円が描かれ始める。


 天の斡維(あつい)は何処に繋がれ、両極は何処に置かれ、八つの柱は何処に当たるのか。

 だが、東南の柱だけは抜けている。『九重(くちょう)の天』の境界は何処に至り、何処まで続くという……。


 実に単純な事だ。

 答える事のない問いは、同時に答えを示している。その答えはその問いによって感覚的に理解出来るものだ。

 それが自然というものであり、自然を納得出来てこその問いであり、そして答えとなる。

 そしてそれは、言葉にしようとすればする程に追求せざるを得ない深みへと嵌っていく、出口のない終わりなき追求となっていく。

 求めれば求める程に、自身の存在を組み込んでいきたくなる。

 神秘という、魅惑的なその力に心酔するように……だ。



 地から……いや。天と地を繋ぐ柱は天から立てられたのか、地から立てられたのか。

 九重は面を外し、天と地を交互に見た。そして、面に目線を落としながら呟くように言う。


「魂は天に昇り、魄は地に下る。魂は精神に宿っていた陽の気、魄は肉体に宿っていた陰の気……死ぬとその陽と陰の気は天地に散る。天に昇った魂は神になり、地に下った魄は鬼になる。鬼神とはよく言ったもんだよな。そう思うだろう? 白間」



『ゴーストタウン』

 この地はいまだに、誰一人として住む者はいない。

 突然、降り掛かった禍いに、生存者がいなかったのも大きな理由になるのだろう。

 大勢の命が飲み込まれた地だ。

 だが……そうなっても仕方がないとは言わない。


 だから僕は、ここに来なければならなかった。

 今なら……それが出来ると自信を持てたから。


 九重を中心に描かれた円は、この地の境界を示すように広がっていたが、天地の柱は全ての地の場所を示すように伸びていた。


 間を置いて僕は、九重に返事する。

「……ああ……そうだな」

 ザワザワと感じる妙な気配。

「白間……散った陽と陰の気は再び戻る事はない。だが……」

「分かっている。死者を利用するから尸と書いて『よりまし』だろ」

「ああ」

 僕は、ある方向へと歩を進め出した。麻緋も歩を進めたが、僕とは正反対の方向だ。



 僕は足を止め、麻緋へと目を向ける。

 やはり、何も言わなくても麻緋は察しが早い。

 距離はあるが互いに向かい合い、頷き合った。


 僕と麻緋が立つ位置は、この地から見ての北東と南西だ。

 鬼が出入りする鬼門と……裏鬼門。それに位置する。



 天に昇った魂は神になり、地に下った魄は鬼になる。

 散った陽と陰の気は再び戻る事はない。だが……。

 それが結び付けば、結び付いていたならば。


 妙な気配は次第に膨らみ、象られていく。



 ……生まれたものは。


 鬼神だ。

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