第30話 起死回生の条件
「何を考えている? 来」
「……いや」
「悠緋の事なら気にするな。あいつはもう大丈夫だよ」
「……ああ……うん……」
返事をしながらも僕は、昨日の悠緋の話を思い返し、考えていた。
覇気のない、ぼんやりとした僕の様子に、麻緋なりに気を遣っているようだ。
今夜の麻緋の運転は静かなものだった。
次に向かうのは南西……そう思っていた。
東南の任務を放棄し、南に向かった僕と麻緋に、次の任務が南西でなくとも今度は無視出来ない。
だが……。
『今宵……南西に向かって下さい』
悠緋を部屋まで送った後、部屋に戻る途中の僕と麻緋は成介さんに呼び止められ、そう伝えられた。
多少、驚きはあったが、次の任務がそうなった事は悠緋が話をしに来た事にもあるのだろう。
伏見司令官と成介さんの間の部屋が悠緋だ。悠緋が部屋を出た事も、戻って来た事も、僕と麻緋がいる事も気づいていたはずだ。
きっと、悠緋が僕たちの元へと来たのも、伏見司令官の許諾あっての事だろう。
任務を放棄した僕たちに伏見司令官の怒りは相当なものだったが、そもそも彼は分かっていた。
だから僕たちを迎えにと、あの場に現れたのだろう。
渾沌に押され、地についた時に手に触れた式盤……あれは伏見司令官だ。
お陰で示された指針を信じ、窮地を脱する事が出来たが……。
伏見司令官から聞いたのもあるかもしれないが、成介さんは僕たちに南に向かった事に関して何も訊かなかった。
そして、僕たちも成介さんに何も問わなかった。
おそらく、成介さんも僕たちが南に行くと気づいていただろう。
悠緋が話をしに来たのも、機会を見計らっての事だと気づく。
今回の任務が僕たちの意に添ったのは、成介さんが伏見司令官に口添えでもしたか……。
泣きながらも続けられた悠緋の話。
悠緋が九重に助けを求めに来た時、桜は既に命を奪われていた。
自分の意に反して桜の命が奪われてしまったから、悠緋は九重の元に戻って来たんだ。
その事は九重からも聞いている。
事が起きる前に渾沌と会っていた悠緋は、そこで巫女の存在を知った。
悠緋にとって一つ一つも結びつく言葉が、窮地を脱する方法になったのだろう。
神をも重ねる神秘的な巫女。
片目になった九重が手にしていた舞人の面。
名代が舞人を探していると、渾沌が悠緋に言った言葉がそう逆に重なったんだ。
九重と悠緋が話していたあの場にも渾沌が何処かに潜んでいたなら……九重が立ち去った後に悠緋に声を掛け、悠緋を誘導する事は出来た。あの時の悠緋の心情から、その行動は容易に想像出来てしまう。
まだ子供だった悠緋だ。助けてあげようと手を伸ばされたら、縋るようにも掴んでしまうだろう。
渾沌が舞人だと耳にしていた悠緋だ。
一度、会話を交わした男のその存在は、頼れる者を探していた悠緋には救いになった。
そして、その男が言う言葉を信じてしまう。
『正真正銘の巫女』
あの言葉は、聞いたからこそ出た言葉なのだろう。
僕が深い溜息を漏らす中、麻緋が口を開く。
「それで?」
僕はまた深い溜息をつき、外へと目線を向けた。
僕が答える事はない。
だって……。
「ああ? なんだよ……」
後部座席から眠たそうな声が返ってくる。
僕が答えなかったのは、麻緋が後方に向けて声を発していたからだ。
欠伸をしながら身を起こし、運転席と助手席の間から顔を出す……。
「もう着いたのか? なんだよ……まだ着いてねえじゃねえか。着くまで寝かせろよ、麻緋」
……九重。
「塔夜。任務は二人一組だ。なんでお前、ついて来たんだよ?」
「何を言ってる? 俺がいなけりゃ始まらねえだろ」
「だってよ、来?」
「……ああ」
「お。白間、お前もようやく俺を認める気になったか」
「調子に乗ってんじゃねえよ、九重」
横目で睨む僕に、九重はニヤリと笑う。
僕と麻緋が車に乗り込むタイミングに合わせて、九重も車に乗り込んできた。
向かう方角が南西じゃなければ、僕は黙認しなかっただろう。
九重の父親が僕の父に伝えたかった事……そして、その意味を知りたかった。
それに……。
以前の南西での任務の時、渾沌よりも先に九重が現れ、言った言葉。
『今やその四方も空席だ。どの地にしようか考えていてな……麻緋の地でも良かったんだが、お前と並んでも面白くない。だったら対角線上であるこの地がいいかと思って来たんだよ』
悪態をつく九重だったが、渾沌が現れた途端、その様子は変わった。
「九重……お前、あの地に何を隠した……?」
『では……鬼ごっこでもしましょうか……?』
鬼ごっこが始まってから、九重は何処かに姿を消して行った。
再び現れた時は、渾沌の力が弱まった時だ。
そして……悠緋を連れて来たのもこの時だ。
目的地に着き、車から九重が先に降りた。
僕の問いに答えないまま、先を行く九重の後をついて行く。
九重は足を止めると、その場の瓦礫を退け始める。
「白間……お前は見ただろ? 隠したのは」
僕と麻緋は黙って見ていたが、やがて九重は手を止め、僕を振り向いた。
「舞人の面だ」