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第28話 天上遊行

「そんな顔をするな、来」

 麻緋の心情を思う僕は、そのまま顔に出てしまっていたのだろう。

「あ……いや……それで……麻緋。結局は南だって事はやっぱり……九重は、父親の事で僕たちの力を貸して欲しいって事なんだろ」

 麻緋に掛かる重圧も、緩和出来るよう力になると僕は決めている。

 話を逸らす訳ではなかったが、やはり気になるところは本来の任務の事だ。

「ああ……そうだな。まずはこの話からいこうか」

 麻緋はテーブルに両肘をつき、顔の前で手を組む。そこから覗く目は、僕をじっと見つめている。

 そして、静かな口調で麻緋は言う。

 やはり僕たちにとってこれは、大きく繋がってくるものだ。


「『天の斡維(あつい)は何処に繋がれ、両極は何処に置かれ、八つの柱は何処に当たるのか。だが、東南の柱だけは抜けている』」

「……天問か」

「ああ。これは東南の柱が無いという意味じゃない。その意味は」

「西北の天の柱が折れて東南の地が傾き、東南の柱には隙間が出来ているという意味だ。それは天に当たる柱との隙間の事を言っている」

 麻緋が言うより先に、僕はそう答えた。

 麻緋はそうだと頷くように、ゆっくりと瞬きをする。

 僕は、麻緋を真似て両肘をテーブルにつけ、手を組んだ。


 互いに口元が見えない姿勢で、少しの沈黙が続く。


「次に向かうのは南西……だろ?」


 麻緋は、組んでいた手をゆっくりと解くと、ニヤリと笑みを見せて言う。

 どうやら、僕と同じ意見のようだ。

 南西……それは僕の住んでいた地だ。

 再び向かうべきだと思っているのは、成介さんのいた南同様、被害を受けたまま誰一人として住む事もなく、見向きもされなくなった地であるのもあるが……。


 僕にはもう一つ、気になっている事がある。


『白間に……伝えてくれ……東南の地が……傾いたと……』

 九重の父親が、僕の父に伝えたかった事。

 死を目前にした者が託すものは、自分の事じゃない。

 だから僕は……分かっている。


「伏見の説教は覚悟の上か?」

「はは。次の任務が南西なら、その心配はないだろ」

「そうならないのを分かって言っているんじゃないのか、 来? あの伏見の様子じゃ、次の任務は例え南西であっても俺たちには回ってこないぞ」

 クスリと揶揄うようにも笑う麻緋に、僕は苦笑する。

「だろうな……だけど」

 僕も顔の前で組んだ手を解き、麻緋を真っ直ぐに見て言った。


「これは僕の問題なんだ」


 僕のその言葉に、麻緋の目がピクリと動いた。


「僕の家系は代々医者……それも……術を使う医者だ。そうは言っても、父は術に頼っていた訳ではないけどね……麻緋の家にあった呪符、元は僕の家にあったものだっていうのも納得出来るのは、当時の医術レベルの問題だ。薬剤も器材も今に比べれば無いに等しい」

 ふっと苦笑を漏らす僕は、言葉を続けた。


「それでも、少しずつでも進歩し、術に頼らなくてもいいようになっていく。だから医者と術者は分かれたんだろう。だってさ……」


 あの日の事は忘れられない。

 あれ程の惨状を忘れる訳がないのは当然だ。

 だけど。

 そこに重なるのは……。



『来……』


 父の手に握られた呪符を父の手ごと握り締めた。


 その呪符を見た時、咄嗟に頭に浮かんだ回復術。


 父が握り締めた呪符と、僕の言葉に込めた呪力を重ね合わせ、より強力な呪力を求めた。


『……四神を象り……中央に……五色を……五象を……五佐は……』


 僕に託すように言った父の言葉は、僕に呪力を与えたと……そう思って。

 だけど。

 父が、自分が助かる事を望んで呪符を僕に託した訳ではないと気づいていながらも僕は……。


 医術よりも呪術に縋った。



「それしか……思い浮かばなかったんだ。僕に出来る事が他にあるならって……」

「来……口にしなくても、お前の気持ちは分かっているよ」

「だから話すんだ。麻緋が分かってくれているから、だから話せる」

「……そうか」

「頭の何処かで微かにも声が響いている。ずっとね……それは、忘れられないからじゃないんだよ。僕が自分で片隅に追い遣ったんだ。それは認めたくなかった事だ。それでも同時に認めている。認めろと言っているんだ、自分でもね……」

「言えよ、聞いてやるから。だが……それで楽になる訳じゃないだろう? 口にする事で、はっきりと認める事が出来る、認める事が必要なんだろ? そして認めたからと言って、そこで終わりじゃない。だが、お前の問題だと、自分一人でやろうとなんて思うなよ? 俺はお前の相棒なんだからな」

 麻緋の言葉に僕は頷いた。

 僕は、テーブルに置いた手をギュッと握ると口を開く。


「命を救う為に呪術に頼る事は……『治療の失敗』なんだ」


 その言葉を口にしても、僕は諦めた訳じゃない。

 麻緋の真っ直ぐな目。真剣な表情。

 それが僕の脆い部分を強く支える。

 麻緋は、それでいいと静かに頷きながら、僕が続けた言葉を聞いていた。



「だけど、人の命を奪うものが術によって齎されるなら、僕は呪術に頼るよ。勿論、縋る訳じゃない。確実な力としてだ」

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