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第27話 正邪の反転

 浴場から戻り、部屋に入ると麻緋がいた。

 僕は、濡れたままの髪をタオルでクシャクシャと拭きながら、部屋の中を見回す。


「塔夜なら自分の部屋に戻ったよ」

「あ……そう」

「なんだ? なんだかんだ言っても、やっぱり塔夜の事を気にしてるのか?」

 僕の様子に麻緋は、クスリと笑みを見せる。

 僕は、タオルを肩に掛け、椅子に座った。

「別に……そういうんじゃねえよ」

「へえ? あ、そう?」

 何か言いたそうな目を向ける麻緋に、僕は溜息をつくと呟くように言う。

「ただ僕は……取り戻せるものが手の届くところにあったから掴んだだけだ」

「だがそれは、来……お前じゃなければ掴めなかった、俺はそう思うよ」

「……麻緋」

「渾沌……奴と塔夜の繋がりは知っての通り儀式によるものだ。まあ……奴が強引に引き込んだものだろうがな……」

「なあ……麻緋」

「うん?」

「あの時、言い掛けてた事……僕たちに与えられた任務はスケープゴートだって……」

「ああ、その話をしようと思って待っていたんだ」

 だったら一緒に浴場に行けば、とも思ったが、それを避けたという事は。


「それは……九重には聞かせたくない事……だよな?」


 九重に与えられた部屋は浴場に近い。浴場は声が響きやすく、聞こえてしまう可能性は十分にある。

 麻緋が真顔で僕を見る。そして少し間を置くと、ああと頷いた。


 東南……僕たちが本来向かうべきところは、九重の住んでいた地だ。

 成介さんは、九重の父親の事を気にしていたが……。


「南なんだよ。塔夜の父親が名代として儀式を行ったのがな」


 咄嗟に、九重が父親に言った言葉が頭の中に流れる。

『大体、その目もその足も、首を突っ込んだ故の話だろ』



「……納得だ、麻緋。悪神である渾沌を崇めていた地が、南にあったと聞いた事がある。だがそれは祀ろわぬ神だ。一部の者たちが私利私欲の為に力を利用したかったんだろう。その暴虐に助けを求める者は当然いた。だからこその鬼祓いの儀……助けを求めた先が九重の父親……という訳か」

「塔夜の親父は神主だったからな……それだけに成就の(すべ)は確実だ。だが……」

 麻緋の口調が重く沈んだ。

「人を神にするのも人、人を鬼にするのもまた人だ。名代という存在もまた人によって仕立て上げられる」

 そう言って麻緋は、テーブルに指で文字を書く。


『尸』


「来……お前ならこの字をなんて読む?」

「『しかばね』と書いて『よりまし』……だろ」

「分かってるねえ、来」

 麻緋は、ふっと笑みを漏らす。

「まあ……僕たちの現状からしてそう読むべきだろう。僕はずっとそう思っていた。麻緋だってそうだろう? 人を鬼にするのも人……。渾沌は九重の父親を鬼にした……死者を利用するから『尸』と書いて『よりまし』だ」

 僕の言葉に、麻緋は小さく二度、頷きを見せた。


「成介さんは本物……勿論、妹の桜もね。その意味……分かるよ。僕たちが拠点としているこの地は西北に位置する。覆い茂った木々の中だから方向が分からなくなりそうだが、僕の初めの任務で麻緋、車使わなかっただろ。あの収監所は歩ける距離だ。道なき道で遠回りはしたようだけどね……」

「ああ、その通りだ」

「なあ……一つ、言っていいか?」

「なんだ」

「祓ったとはいえ、いつまた襲って来るか分からない。崇拝者がいる限り、復活は余儀なくされる。九重の父親は西北の神に宿った神子を、悪神を抑えるべく南に祀った……そうでなければ、こんな繋がりはない。その神の子は兄と妹の二人……それが成介さんと桜なんだろ……?」

「そういう事だ。なあ……来」

 麻緋は、両肘をテーブルにつき、手を組むと僕を真っ直ぐに見る。

 やけに真剣な眼差しだ。


「神に善悪はない……その善悪を決めるのは俺たち人間だ。悪神とされる鬼だって、何処かでは善神と崇められ、祀られる事もある。分かり易くなっただろ……?」

「麻緋……」


 ……ああ。深く理解出来た。


『その紋様は……染まらなければならないものに染まる……それは貴方が重々お分かりのはずでしょう』

 渾沌が言っていた事も全て。

『解かざるを得ない状況に追い込まれていると……お気づきになられているのでは? これもまた……その一つでしょう』


 麻緋は、静かな口調で言葉を続ける。

「強大な力を持っていれば持っている程、その力を利用して違う何かに対抗させるように矛を向けさせるのが反転だ。もっと分かり易く言えば、悪を以て悪を制す、といったところか。悪を制した悪は善に変わる。俺の干渉などなくても……それは自然にな」


 ……矛を向ける、か……。


 麻緋の正邪の紋様は善と悪を反転する事が出来る。

 だが、麻緋はそう簡単に反転する事はない。

 麻緋の存在がどれ程までに大きな影響を与えるか、それは同時に必要と不要の両義を示される。


 溜め息混じりに吐き出された麻緋の言葉を聞く僕は。

 正邪の紋様を生まれながらに持つ天才は、生まれながらに重責を背負っている事に切なさを知る。



「だから必要なんだよ。『格式』が……な」

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